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第15話 魔王は村を攻め落としたい

 それは昼間のこと。


「ボクに……魔族に手を貸せというのか!」

「そうは言っていない」


 目を覚ました冒険者と、俺は対話を試みることにした。

 相手の剣士の性格は大体把握したつもりだ。


「仲間になれというわけではない。共同戦線以下の、相互の不干渉。我々は村人を襲わない、お前たちは村人を守る……その二つに矛盾はあるまい」

「それは……そう、だが」

「逆にお前がいなければ村人が巻き込まれる可能性もあるだろう。それがお前の望む正義か?」

「――違う!」


 俺と剣士の問答に、隣から魔術師が割って入る。


「あの~……わたしたちとしてはその、冒険者ですんで、依頼料なんてあると嬉しいんですけどぉ?」

「無い。命を奪わないだけありがたく思え」

「ですよねー」

「……まあ一つ貸し、としてお前たちのことを覚えておいてやろう。この魔王がな」

「もっと現物で欲しいとこなんですけどぉ」

「少なくともその剣士はやる気のようだぞ」


 見れば剣士の表情は、こちらの伝えた事情に既に納得しているようであった。

 彼女以外の三人の冒険者たちも、隙あらば逃げだそうと様子を伺っていたのはわかっている。

 リーダーである剣士を一人で行かせることはないだろう。


「――なに、お前たちが望むならいつでも斬りかかってくるがいい。ただし、今の余たちに刃向かう道理はないと、もう理解しているはずだ」


 俺はそう言って、彼女たちの縄を切った。

 そうして彼女たちは当然のように、俺たちに刃向かうことなく協力してくれた。



 そして夜。

 手はず通り彼女たち冒険者は村へと潜入した。

 主な理由は村人を守る為。

 ――俺たちが村人を殺す必要はない。

 いやむしろ、殺した方が後々面倒なことになる。

 最終的に殺すならともかく、今の状態で殺すのはゴブリンたちと心中するのに近い。


 同時に、俺はゴブリンたちにある命令を下していた。

 それは松明を点けて回ることだ。

 ゴブリンの部隊とは言っても、その過半数が女子供や老人で戦闘員ではなく、そして戦える者たちもほとんどは訓練もしていない新兵だ。

 いくらゴブリンとはいえ、騎士相手にまともに戦える者など20人もいないだろう。


 だからこその策。

 ゴブリンは本来、夜目が利き松明など必要ない。

 それでも火を灯したのは、包囲網を錯覚させる為だ。

 非戦闘員にも手伝ってもらい、村の周囲に火を灯して大軍が押し寄せたと錯覚させる。

 ジリジリと近付きつつ、実際はまるで包囲などできていないのに、騎士たちを一カ所にまとめた。

 そうでなければ押し負けてしまうからだ。


 俺は前衛の騎士を切り倒しつつ、名乗りを上げる。

 騎士たちのリーダーと思われる男が声を漏らした。


「ま、魔王だと!? バカな……!? こんなところにいるわけ……!」


 男はうろたえながらも、剣を構える。


「――だ、騙されるな! はったりだ!」

「この大軍を従える余を見て、なんとも滑稽な言葉だ。状況把握ができない指揮官を持つ部下は大変だな」


 俺の言葉に騎士たちの間に動揺が走る。

 ブラフだが、相手の士気を下げるなら十分だろう。


 実を言えば、ここまでしても騎士たちとこちらの戦力はほぼイーブン。

 俺は強い……のだが、残念ながら一人で戦い続けられるわけでもない。

 村には極力損害を与えたくもない為、籠城でもされれば優位は相手に傾く。

 だからこそ。


「……それならば、どうだ? 一騎打ちというのは」


 俺は声を張り上げ、指揮官と思われる男に対してそう言った。


「余に勝てるというなら、全軍を引いてやろう。――ダン、聞いたな」


 俺の声に、すぐ後ろにいたゴブリンが頷く。


「ああ! ゴブリンがガの一族として誓おう」


 俺とダンの言葉に、相手の騎士たちにざわめきが広がった。


「……団長! ここは従った方が……!」

「ば、バカを言うな!」


 顎髭(あごひげ)の男は、部下の言葉に狼狽(ろうばい)して声を上げる。


「ま、魔族の言う事など信用できるか! 何か不正をするに決まって――!」

「団長、しかしこのままでは!」

「うるさい! 戦線を乱すな!」

「――あ、あんたのせいでこうなったんだろうが! あんたが責任取れよ!」

「なんだと貴様! 上官に逆らう気か!?」


 内輪揉めが始まる。

 ――これはチャンスだ。


 俺は隙を突いて、大きく飛び上がる。

 ――今の俺の魔力なら、単騎突入も難しいことではない!


「――貴様に拒否権があると思ったか!」

「ひっ――!?」


 一飛びで、敵陣の中に飛び込み相手の指揮官の前に降り立つ。


「邪魔をしないなら、他の者に手出しはせん!」

「――貴様ら! 何をしている! はやく殺せ! 俺を守れぇ!」


 二歩。

 指揮官へと飛ぶ。

 それに反応して、俺へと襲いかかる者はいなかった。


「死ぬ前に名を聞こう!」

「ひゃ、やめろ、来るなっ……!」

「――名を覚える価値もない、愚将よ! 死ぬが良い!」


 一閃。

 まるでスライムを相手にしたときのようにその鎧は聖剣に切り裂かれ、首が飛んだ。


「――わ、わあああぁ!?」

「ボールデン様がやられたっ!」

「に、逃げろっ! 殺される!」


 恐慌状態に陥った騎士たちが、思い思いに逃げ出す。


「チッ……! 抵抗するなら容赦せんぞ!」


 逃げようとする手近な騎士を斬り殺す。


「ゴブリンたち! 奴らは一人も逃がすな! 村人には危害を加えるなよ!」

「――(おう)っ!」


 俺の後ろに控えていたゴブリンの戦士たちが、逃げ惑う騎士たちに襲いかかる。

 たとえ精鋭相手といえど、逃げる相手に数人で殴りかかるならそこまで悪い結果にはなるまい――!


「……く、来るなぁ!」


 大方の騎士を倒し、捕まえた中、一人の騎士の声が村に響き渡った。

 彼は手近な女性を捕まえて、刃を突きつけるとそれを盾にしていた。

 どうやら俺の言葉を聞いていたらしく、ゴブリンたちが村人に手を出せないことを知って人質を取ったようだった。


「――上官も下衆(げす)なら、部下も同じだな!」

「や、やめろ! この女を――殺すぞ!」


 彼の腕の中にいるのは、冒険者の四人が村に連れてきて引き渡した少女だ。

 その少女は首に刃を突きつけられながら――笑った。


「殺せるものなら――」

「……なっ!? これ、は……!」

「――殺してみろッス!」


 【エナジードレイン】。

 変身呪文を解いて、少女がその正体を現した。

 角と羽が生えた見習いサキュバスが、肌の触れる場所から男の力を吸い取っていく。

 変装していたモニが力を吸い尽くすと、男は剣を取り落として気を失った。


「……殺しておけ。捕虜なら他にいる」

「了解ッス」


 処理をモニに任せて、俺は村人たちが一同に隠れているはずの家へと向かう。

 そこには村人たちに冒険者四名と、ゴブリンたちと共に後から合流したアリーゼの姿があった。


「大丈夫か! アリーゼ! 怪我は無いか!」


 俺の言葉に、彼女は笑顔で答えた。


「はい、リンドさん! 村の方も全員無事です!」

「よし……!」


 俺は周囲を見渡し、声高らかに宣言する。


「この戦――我々の勝利だ!」


 俺の声に合わせて、周囲のゴブリンたちから声が上がった。


「うおおおおお! 俺たちが……人間に勝った!」

「魔王さまバンザイ! 魔王さま、バンザーイ!」


 歓声に包まれる中、俺は月夜を見上げた。



 * * *



 月の下、森の中を敗残兵が駆けていく。

 ゴブリンたちの包囲網から逃げた騎士が一人。

 彼は恐怖に身を震わせながら、闇雲に茂みを掻き分け逃げ続けていた。

 そんな彼の背中に、声がかかる。


「必死じゃな。良いぞ。死に恐怖する顔は、いつ見ても良い物じゃ」

「ひっ!?」


 声に驚き尻餅をつく男の前に、その少女が降り立つ。

 そこにいるのは竜の角、牙、羽、尾を持つ古の竜人。


「良いのか? 足を止めては――死んでしまうぞ」

「――ぎゃあああぁ!!」


 男の腕が飛んだ。

 クスクスと、少女は笑う。


「なあ、数百年ぶりだ。――もう少し、楽しませろ」


 魔族の英雄ローイン。

 古代において人間たちはその存在に畏怖し、こう呼んだ。

 ――戦場を翔る死神、と。



 森の中、男の悲鳴と少女の笑い声が響いた。

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