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プロローグ

「貴様ら! なぜこのようなことを――!」


 俺の声が城の中に響き渡った。


 魔族の支配領域の中心にある魔王城の玉座の間。

 つい先日俺の父親である先代の魔王が死に、戴冠の儀を執り行ってすぐのこと。

 昨日までは家臣として働いていた魔族たちが、今は魔王である俺に対して刃を向けていた。


「なぜ――というのなら、あなたの血が魔王に相応しくないからでしょうな」


 四天王筆頭であるバルザークが前に出る。

 彼はいやらしい笑みをその顔に浮かべつつ、言葉を続けた。


「先々代が人間共に恐れをなし、先代もまた臆病者だった。先代が死んだ今、あなたが王の座に着くことは相応しくない――ただそれだけです」

「くっ……。俺が後を継ぐことは議会で決まっていたはずだろうに――!」

「さて、なんのことでしょうな。王――いや、元王の記憶違いでしょう」


 父の不審な死から間もなく。

 人間たちとの緊張が高まり、防衛力に人を割き城内に人が少ないこのタイミングで。

 ――いや、もしかするとその全てが、奴の思惑によるものだったのかもしれない。


「――謀ったな、バルザーク!」

「……やれ!」


 奴の号令の下、部下の構えた矢が放たれた。

 俺は剣を抜きそれを防ぐも、何本かの矢が切り傷を作る。

 焼けるような痛みと共に、傷口から煙が上がった。


「く……! (はい)()(どく)か……!」

「畳みかけろ! 何をしている!」


 バルザークの声に従い、部下たちがまた弓を構える。

 放たれた矢が再び宙を走り――そして、俺の前に誰かが躍り出た。


「うぐっ――!」

「――母上!」


 俺を庇ったのは、母マーラル。

 その胸にできた矢傷から血を流しつつ、母は俺の顔へと手を伸ばした。


「……リンド。あなた、だけでも」


 その瞳に魔力が宿る。

 バルザークは慌てて部下に叫んだ。


「転移呪文だ! 早く殺せ!」


 矢は全て放たれたようで、バルザークの部下たちは慌てて矢をつがえる。

 その間に転移の呪文が完成し、それが解放された。

 体が転移ゲートに呑み込まれる中、母の最期の言葉が俺の耳へと届く。


「――生きて」


 そして、俺の視界は闇に閉ざされた。



 * * *



 三日後。

 俺は見慣れぬ地をさまよい歩いていた。

 どれだけ歩いたのかはわからない。

 どこまで歩けばいいのかもわからない。

 混乱と憎しみと絶望のまま、俺はあてもなく歩き続けた。


 どうしてこうなったのか、どうすれば良かったのか――。

 木々に覆われた森の中、俺は地面に膝を着く。


 手先が重く、まともに動かない。

 体に受けた毒が全身に回っていた。

 いかに魔族の肉体とはいえ、もう治療したところで助かりはしないだろう。


 ――俺は、ここで、死ぬのか――。

 地面に倒れ込むと、土の匂いがした。


 そのとき。


 ざくり、と頭付近の土を踏む音。

 俺の最期は、おそらく獣か何かに食われて死んでしまうのだろう。


「……やめておけ。俺を食ったら、毒で、腹を壊す、ぞ……」


 限界が来たようで、意識が遠のいていく。

 俺がその意識を手放す直前に、頭上から聞き覚えの無い声が聞こえた気がした。


「――毒?」



 * * *



 溺れた、と思った。


 口の中に柔らかな感触。

 まるでナメクジが這うような感触を受けて、舌にくすぐったさを覚える。

 その次にどろりとした液体が流し込まれるのを感じた。

 息が苦しい。

 自然と液体は俺の喉を通り、胃の中に流れ込んでいく。

 何度かその感覚が口元に訪れた。

 次第に頭のぼうっとした感覚が薄れていき、それと共に聴覚が戻ってくる。

 水音と感触が続いた後で、それはぴたりとやんだ。

 感覚が無くなっていた手足の先に、痺れるような痛み。

 そして同時に、血が通って体が温かくなっていく。

 ――これは。


 ゆっくりと目を空けると、天井が見えた。

 木でできた人工物。

 少しずつ状況がわかってくる。

 どうやら俺は小屋の中にいるらしい。

 窓の外は夜で、明かりが灯っている。

 ――温かい。


 首を動かして周囲を確認する。

 俺はベッドの上に寝かされていて――。


「ひゃぁあっ!?」


 盛大な音を立てつつ、悲鳴が聞こえた。

 首を動かしてみれば、尻餅をつくようにして壁によりかかる少女の姿。

 人間なので若く見える気もするが、正確な年齢はわからない。

 長くつややかな黒髪に、その前髪の間からちらりと見える透き通る瞳。

 鼻筋の整った顔立ちに、柔らかそうな唇。


「――お前、は」


 思わず口から言葉が漏れた。

 俺は生まれたときから魔王城で暮らしており、それほど多くの人間を見たことがあるわけではない。

 しかしそこにいたのは、まるで神話を描く絵画から切り出した女神のような容貌を持つ女性だった。

 彼女の姿は俺が今までに会ったどんな魔族の女性よりも魅力的に見える。

 彼女はおびえた表情をこちらに向けると、声をあげた。


「あ! えっと! すみません、森の中でお倒れになられていたので、ここまで運ばせてもらったんです、が、あの、あなたは――」


 彼女は俺の額に目を向ける。


「――その角、もしかして魔族さんという奴で……?」


 俺は自身の額に、手を伸ばした。

 そこにはたしかに、俺が生まれながらにもっている一つの突起がある。

 ――角。

 魔族にもよるのだが、特に俺の血には一角獣(ユニコーン)の血が流れているらしい。

 そのルーツは遠く神代にまで遡るようだが、その遺伝としてなのか、俺の額には小さな丸い角が生えていた。

 高さが親指の横幅ほどなので、角というよりはコブに似ている。

 だがそれは角を持たない人間からしてみれば、異様に見える存在だろう。


 ――人間は力が弱い故に、魔族などの容姿の異なる存在を排斥すると聞く。

 おそらくはこの者もそうなのかもしれない。

 ……なぜか、胸の奥が痛んだ気がした。

 俺はそんな気持ちを振り払いつつ、彼女を真っ直ぐに見つめる。

 ――人間如きにこの俺が舐められるわけにはいかない。

 俺は体を起こすと、少女に向いて口を開いた。


「――余は歴代最強の魔王、リンド・リバルザイン三世! 何人(なんびと)も余の前にひれ伏し、恐れ(おのの)くがいい!」


 臣下には「歴代魔王に謝れ」と不評だったお手製の口上で名乗りを上げる。

 すると彼女は、その口の前に手を合わせた。


「かっ――!」


 ――クク、魔王の恐ろしさに、声も出ないようだ。


「――かっこいい……!」


 彼女はそう言って瞳を輝かせる。

 ……俺が期待した反応とは、少し違っていた。

 ま、まあいい。少なくとも女は俺を攻撃するつもりはないようだし、この女なかなかセンスが良いようだ。

 さきほどと変わってなぜかくすぐったいような気持ちがこみ上げてくるが、俺はそれを無視してベッドから立ち上がる。

 そして床に座ったままの彼女に手を差し伸べた。


「……して、人間。お前が……いや、まずは名を聞くべきか。名をなんという」

「え、わ、わたしですか……?」

「そうだ。お前以外に誰がいる。人間にしてはまあまあ美しい姿をしているお前のことだ、さぞかし良い名をしているのだろうな」


 俺がそう言うと、彼女は顔を赤らめて自身の頬を両手で押さえた。


「美、し……!? リンドさん、目は大丈夫ですか……!? よ、よく見てください! わたしはこんな痩せて背も低めだし、目ツキだって悪いし、隈だってほら……!」

「……そ、そう……だな。余の見間違い……か……?」


 彼女の言葉に従い改めてじっくりとその顔を見る。

 光を逃さないような漆黒の闇を彷彿とさせる瞳。

 時たま見え隠れする肉食獣の牙のような八重歯。

 どれも見ていると、次第に目が離せなくなってしまう気がした。

 じっくりと観察していると、彼女はふいに顔を横に向ける。


「あ、あの……あまり見つめないでくださいぃ……」

「む、す、すまん……」


 「よく見ろ」と言われたから見たというのに、女は俺から目をそらした。

 ――ええい、埒があかん!

 女の顎を押さえると、無理矢理こちらへと向けさせる。


「ひえっ!?」

「――それで! お前の名は! なんと言う!」

「あ、ひゃ、はい、わたし……アリーゼ、って言いますぅ……」

「アリーゼ……ふむ、悪くない名だ」


 アリーゼ、アリーゼ、アリーゼ……。

 心の中で彼女の名前を何度も呟き、心に刻み込む。

 ――よし、覚えた。

 俺は改めて彼女に向かって口を開く。


「……してアリーゼ。お前が――ん!?」


 そこで俺はとんでもない事に気付いてしまう。

 見れば彼女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいるようだった。

 ――まさか!


「い、痛かったか……? 今のでどこか傷付けてしまったか……!?」


 基本、人間よりも魔族の方が身体能力は高いし、男女でもまたその筋力は変わってくる。

 人間ような弱小なる下等生物が、今ので痛みを感じていたとしたら――!

 俺の言葉に彼女は首を横に振った。


「だ、だ、だ、大丈夫です! 全然、全然大丈夫……!」

「そ、そうか……! 良かった……!」


 ……じゃなくて!

 聞きたいことはそこではない!

 ええい、人間の分際でこの俺を翻弄しおって、忌々しい……!

 俺は気を取り直して、彼女に質問する。


「お前が、余を介抱してくれたのか……?」


 改めて自身の体に意識を向けてみるが、倒れる前に感じていた毒の倦怠(けんたい)感はまるでなくなっていた。

 尋ねた俺の言葉に、彼女は頷く。


「――はい。わたし、この山の中で薬師(くすし)をしているんです」


 そう言って彼女が笑うと、その表情に心臓が跳ねた気がした。

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