一幕ノ三、目的
「一誠君やん」
名前で呼ばれたことが癇に障ったのか、柳葉魚は一瞬表情に不快の色を滲ませる。が、すぐにいつもの様子に戻り言葉を続けた。
「国をもう一度1つに、という理由の元での戦争なのに、このまま動きがなければ何も変わらないだろう」
「そうは言ってもなぁ…」
柳葉魚の言葉は最もだが、硬直状態が続いているのもまた事実。あまりに静かな状況は、平穏と思い違うほどであった。
「と言うか柳葉魚、戦争理由なんてよく知っていたな」
宇野が感心したように言うと柳葉魚は当然だ、と言うように一瞥する。
「入隊時に資料は一通り読んだ。何もわからない状態で戦場に立つなんて、いくら何でも不安要素が多すぎる」
「…俺ですら知らないことは多いのに」
年下の柳葉魚の方が詳しかったことに藤原は愕然とする。
何百年も前から続いているこの首都戦争
─通称”櫻菊戦争”。
戦前からの世代などとうにいなくなり、今の現役軍人達はこの戦いについては知らないことの方が多い。現在の上層部の人間や一部の成人は、国から歴史教育と称して残された資料を頼りにその発端やこれまでに起こった事項を教えこまれている。が、それ以降隊員の増加により教育が間に合わず、若い世代の中には自分の立つ戦場が、自分の生まれた故郷が、何故このような状況なのか知らない者も決して少なくはなかった。
「まぁ、正直言ってそんなことはどうでもいい。俺には俺なりの戦場に立つ目的があるからな」
失礼する、と言うと柳葉魚はその場を立ち去った。
「よくわからん子やなぁ」
井爪がぽつりと呟く。柳葉魚の姿はもう見えなくなっていた。
「目的、か」
「どうしました、宇野さん」
「……いや、なんでもない」
訓練を終えた軍人達の話し声が聞こえ始める。
日はもう高くなっていた。