三幕ノ二、心象
ふと、どこからか子供の声が二人の耳に入った。
数人で何やら言い争っているような、穏やかではない声。
気になって声のする方に向かうと、三、四人程の少年達が一人を囲んでいるのが見えた。
「よそ者のくせに!」
「ここに何しに来たんや!」
「さっさと前のとこに帰れ!」
そんな罵詈雑言が飛び交っている。どうやら、囲まれている少年は別の町から越してきた子のようだった。
「やめなさい」
見兼ねた宇野が止めに入る。
すると、少年達は一斉に宇野とその後ろにいた遥海屋を睨みつけた。
「軍人がなんの用や」
「大勢で一人を虐げるなんて卑怯な真似はやめろと言ったんだ」
「うるさいねんおっさん!!関係ないやつは入ってくんなや!!」
思いの外鋭い剣幕にたじろぐ宇野。
すると。
「喧しいんはお前らや」
背筋が凍るような低い声。
振り向くと、先程まで穏やかだった遥海屋が少年達を見下ろしていた。
その温度差に、宇野の脳裏に気の所為だと思っていたあの時の…元帥室を出た時の事が過ぎる。
「やめろ言うてんのがわからんのか。しょうもない真似しとんちゃうぞ、帰れ」
「なっ……」
今度は少年達が後ずさる。言い返そうにも言葉が出ないのか、目を泳がせたかと思うと何やら叫びながらその場を走り去って行った。
「遥海屋…」
「すみません、取り乱しました」
「あ、ああ」
淡々と謝る遥海屋の声に表情は無い。
宇野は取り残された、囲まれて罵倒されていた少年の方に歩み寄る。
「大丈夫か」
「………余計なことすんじゃねえよ」
さっきの少年達に突き飛ばされたのか、座り込んで俯いたまま呟くようにそう言う。
傷だらけの顔や手足とは裏腹に綺麗な黒髪が顔を隠す。表情は見えないが、棘のある口調だった。
「…そういう訳にもいかないだろう。あんな状況で見過ごす訳には」
「正義ぶってんじゃねえよ!!」
突然顔を上げたかと思うと鋭く睨みつける。先程の少年達とは比にならない目付きだった。
「お前ら軍人のせいで、俺たちは散々な目に合ってるんだ!!金ばっか巻き上げて、潰れた町も放置して、俺みたいに差別されてるやつがいることからも目逸らしてまでやってることがこの國のためになったことがあんのかよ!!」
宇野は思わず言葉を失う。
無表情だった遥海屋も、少年の怒りの篭もった声に目を見開く。
「父さんも母さんも十年前に爆発に巻き込まれて死んだんだ。他のとこに預けられて、やっとここに帰ってこれたと思ったらこのザマだ。なんのための軍人だよ!!俺たちを守るためなんじゃねえのかよ!!なんで何も、誰も助けてくれなかったんだよ、この人殺しが!!!」
突き刺さるような言葉、泣きながら訴える声に返す言葉は無かった。
「はいはい、そこまで!」
ふと、明るい声が空気を打ち破る。
「……一条?」
現れたのは、特殊部隊の一条巴だった。
長い茶髪を靡かせながらこちらに駆け寄ってくる。
「二人とも何言い負かされてるんですか?君もほら、落ち着いて」
ね?と少年に笑顔を向ける。少年は諦めたのか、それとも呆れたのか、愛想の無い表情のまま背を向けて走って行ってしまった。
「ありゃ…まぁ、あの様子なら大丈夫そうかな」
「一条、何故ここに?」
少年を見送る一条に問いかけると、一条はくるっと振り向いた。
「半日休暇を頂いてたんです。たまにはお父さんとお母さんのお墓参りに来ようって、お兄ちゃんと」
「……柊の姿が見えないんだが」
「あれっ?」
見渡すと、兄である柊がいないことに気づいた。
「えっ、あれ?さっきまで一緒にいたのに!」
「もしかして、置いてきちゃったんじゃないですか?」
「やだ、そうかも!」
探してきます!と巴は慌てて兄捜索に向かった。
思わず失笑しつつ、その後ろ姿を見送った。
「………誰も助けてくれなかった、人殺し………か」
宇野の呟きに、返事はなかった。