9話 とり
「うわあああああ!」
声を上げて、尻餅をつくビーンズ。ラニバの巨大な黒眼と、目があってしまったのだ。
ラニバは、こどもをさらって喰う。ビーンズは成長したとはいえ、あの巨大なくちばしには到底かなわないのだ。
「あらあら、また魔物?」
頬に手を当てるマリー。巨大生物が自分の店のまえにいるというのに、慌てる様子がない。
テンネが、猟銃を持って立ち上がる。
「私の出番ってか。喜べ、マリーこっから一週間は鶏肉パーティーだ」
ビーンズは目を丸くする。あの怪鳥と冒険者が戦っているところは見たことがある。しかし、鋼の剣を突き刺しても、仕留めきることはできなかった。それを、この女はできるというのだろうか。
ドアの外に出ていくテンネ。ビーンズも、気になり一緒に出ていく。
怪鳥は、ぐええええと、鳴き声をあげながら、空を見上げていた。テンネは銃に弾を込め、準備をしている。
「お、ガキ。おねーさんの活躍見に来たのか?」
「倒せるの?あの魔物を……」
ビーンズの心配そうな表情に、テンネは笑いかける。
「簡単だ。生物ってのはな、みんなそれぞれ弱点があるんだ。いくぞ」
銃を構えるテンネ。怪鳥ラニバが、その視線に気づき、翼を広げて、テンネを威嚇する。
つばを飲み込むビーンズ。ラニバがいつ襲ってくるかわからない。下手に刺激すれば、暴れてしまうのではないか。彼にはテンネを信じることしかできなかった。
「そこだ!」
放たれる銃弾。
びくんっとからだを震わせるラニバ。ヒットしたらしい。そして数秒後、瞼をゆっくりと閉じ、野原に横たわった。
煙の出る銃口に、ふっと息を吹きかけ、テンネは言った。
「ラニバの弱点……それは、脳みそだ」
ビーンズは冷や汗をぬぐいながら返した。
「たいていの生き物は、弱点ですよ……」
ヘッドショットは、すごい。
「テンネありがとー。もう一仕事お願いできる?」
マリーが血抜きのための、なたを持って店内からでてきた。
翌日。宿屋から出たウルミとビーンズは街をうろうろとしていた。街は混雑しており、はぐれないようにふたりは手を繋いで歩く。すると、ビーンズは、昔は何人かいた、鎧を身に着けた冒険者が全く見当たらないことに気が付いた。
それをウルミに話すと、確かにそうですね、とあたりを見渡した。
「昨日のラニバがやってきたことを考えると、魔物が減っているわけではないようですし……。そういえば、冒険者ギルドというのがありましたね。魔物の情報などはあそこにいけば手に入るはずです。安全のために寄っておきましょうか」
「旅のおかたですか?」
「ええ、そんなところです」
ギルドの職員に聞くと、怪訝な顔をされた。どうやら、これは常識的に広まっていることらしかった。しかし、それ以上職員は追及せず、親切に教えてくれた。
「この帝国は、四つの国からなっており、東西南北の方向にはそれぞれ魔王城があるのはしっていますね。そのうち、ここ、西の国が面している魔王城には数年前まで凶悪な魔王が住んでいました」
「……数年前までは?」
「はい。魔王の寿命は平均して1000年といわれています。数年前、西の魔王は寿命が訪れて亡くなり、いまあの城はもぬけの殻となっているわけでございます」
ビーンズは、ふと城のほうをみる。それを聞いた後だからか、以前城に感じたまがまがしさはなくなっていた。
「魔物は魔王の制御から解き放たれ、自由に行動するようになりました。街へやってきて、ヒトを襲おうとしてくる脅威は変わっていません。しかし、冒険者たちは魔王を倒すという大義を失ってしまったので、積極的に魔物を狩るようにはならなくなりました。ほかのまだ魔王が現役の城がある国、東や北、南に移っていったのです」
なるほど、とビーンズは納得した。最重要拠点だった昔ならともかく、いまは英雄を目指す者にとって、この街は終わった土地だったのだ。
そのとき、どでん!となにかが倒れる音がした。音の方向を見ると、酔っ払いが顔を朱色に染めて石畳に沈んでいる。手にはかじりかけの、フライドチキンのような揚げ物を持っていた。
「マリー……。もっと私を愛してくれよお……」
酔っ払いは、テンネであった。自然と、ウルミとビーンズは視線をずらした。
ギルドの職員が、溜息をつく。
「あのように、いまだにこの街にいる冒険者は素行に問題があるものが多いです。それでも魔物討伐の際には重宝されているのが現実ですが……」
手足をもぞもぞ動かすテンネ。毛皮に汚れがみるみるついていく。
「私、頑張るからさあああああ……」
ウルミは、ビーンズの手を引き、ギルドの外へ出ていこうとする。
「お昼はどうしましょうか」
「え、でもテンネが」
「ああ、ではマリーさんのところに行きましょうか」
「いや、あのそこにテンネが」
「テンネさんは、マリーさんの店にいるはずです。ここにいるはずがありません」
「…………」
ビーンズは、口をぱくぱくさせたのち、閉じた。
「そうでしょう?」
「そうだね」
ふたりの背後で、職員にたたき起こされる酔っ払いの悲鳴が響いた。
そのころ、森で一人の少女が目を覚ました。
「……ここは?」
懐かしい日差しに、少女は、状況を把握した。
「やったあ……。また生きられる……」
少女の名前は、フラン。それは、少女自らがつけた名であった。