表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

8話 かふぇ

 ふたりは、街に出る。あのとき滞在したのは、一か月にも満たなかったが、子どもの脳の構造によるものか、ビーンズにはそのときの街並みがしっかりと映像として刻み込まれていた。


 その映像と照らし合わせて、街の様子は一変していた。


 商店の数は、膨大に増えており、道行く人々は肩と肩をぶつけ合わなければ前に進めないほどの密集度合い。活気のある店主の声と、値切ろうとする買い物客の声が混ざり、町は賑やさをみせていた。


「…………」


 ビーンズは、呆然と街並みをみていた。街が発展するのは、一般的にはよいことだが、彼にとっては故郷が消えたように感じ、光景の華やかさに反して、心情は曇り空だった。


 ウルミが、ビーンズの手を引く。


「薬屋、行ってみましょうか」


「……うん」


 六十年も経てば、街は一変する。あの薬屋も例外ではないだろう。ビーンズは覚悟して、薬屋のあったほうへ歩いていった。


 すると、そこには、昔と変わらぬ建物があった。


 胸の奥から安堵が盛り上がったとき、しかし、残酷に真実が目についた。


『カフェ シルク』


「業態が代わってますね……」


 ウルミが気を使うような目を向けてきたので、ビーンズはぎこちない笑顔を作った。


「仕方ないよ。六十年だもん」


「…………。入ってみますか。神様からのおこづかいもありますし」


 ヘルメットから財布を取り出すウルミ。少し布生地が湿っていた。



 木製のドアを開けると、ベルが揺れた。カウンターに座っていた女が顔を上げる。


「……らっしゃい」


 女の風貌は、街ですれちがったどの人間とも異なっていた。獣の毛皮で作られた服を着て、長い赤髪を無造作に後ろで縛っている。傍らには猟銃と酒瓶を置いており、手では酒が入ったグラスを揺らしている。

 

そして、もう一度言うが、女はカウンターに座っていた。さらに言えば、カウンターのうえに。食品衛生の面から考えれば、非常によくないことだった。


 ウルミは、ビーンズを背中に隠しながら、女に尋ねた。


「……山賊さんですか?」


「ちげーよ!」

 女がカウンターから降り、ずかずかと近づいてくる。


「ご注文はあ!?」


 ウルミの鼻先(ヘルメットで隠れているが)五センチくらいの近距離で、女が叫んだ。


「お茶かなにかを」


 しかし、ウルミはたじろぐことなく応答した。ビーンズは怯えてその身を隠していた。


 そのとき、ビーンズは背後からひとが近づいてくる気配を感じて、振り返った。そこには、長身の茶色の髪のおっとりとした若い女性が袋を抱えて立っていた。


「あらあら、お客さん? テンネあんまりお客さんを脅かしちゃだめよ」


 テンネ、と呼ばれた獣服の女は、口を尖らせて言った。


「別におどしちゃいねーよ」


「大丈夫?きみ、怖かったでしょう?お姉さんがいるからねえ」


 女性はビーンズの頭を撫でた。ビーンズは恥ずかしくなり、顔を赤らめる。


「は、はい」


 それをみていたテンネは、むっとした顔で、女性に自分の頭を差し出した。


「留守番したから、ごほうび」


「はいはい」


 女性がテンネの頭を撫でると、赤髪が少し乱れた。



 


 女性は、この店のオーナーであり、名をマリーといった。数年前から空き店舗だったこの建物でカフェを始めたという。テンネは東の国からやってきた猟師で、近くの森で野宿をしていたところを、マリーに保護されて以来、この店で居候をしているらしい。


「おいおい、ひとを珍獣みてーにいうなよ。なんならそれを狩るほうだぞ、私は」


「でも、実際そういう出会いだったでしょう?」


「そうだけどさあ……」


 テンネは、グラスを揺らして、酒を一口含んだ。顔が赤いのは酔っているのか、照れているのか。


 ウルミとビーンズは、マリーに出されたお茶を飲んでいた。香が強く、マリーの淹れ方の上手さがあらわれていた。


「おいしいですね」


 ウルミはヘルメットを外し、床に置いていた。美少女の顔貌が外界に晒されると、こころなしか、周囲が光ってみえる。


 マリーはお茶を褒められ、上機嫌になり、クッキー菓子を焼いてくれた。


「これ、サービスね。ビーンズくん甘いもの好き?」


「あ、はい……大好きです」

 

 照れながら菓子を口に運ぶビーンズ。やはり、それも美味であった。


 テンネが手を上げる。

 

「私も好きだ。マリー、あーんしてくれ、あーん」


「はいはい、テンネもう十六でしょうに」


 そういいつつ、マリーはテンネに餌付けする。テンネの満足そうに咀嚼する様は、小鳥を連想させた。


「ここって前は薬屋ではなかったですか?」


 ウルミが世間話の口調でマリーに尋ねた。六十年もまえなら、覚えているひともいないかもしれないが、もしかしたらと思ったのである。


 マリーは困ったような顔をした。


「私も、ここで店を開く前には東の国にいたので、存じ上げないですねえ」


「そうですか……」


 その回答に、期待はしていなかったが、少し気落ちするビーンズ。しかし、意外なほうから情報が飛び出した。


「お?よく知ってるな、ねーちゃん。そうだよ、ここは昔薬屋だったんだ」


 テンネが得意そうに言う。マリーは首を傾げた。


「あら?あなたどうしてそんなこと知ってるの?」


「どうしてってそりゃ」


 そのとき、店内が大きく揺れた。カタカタと棚のカップが音を立てる。


「なんでしょう?地震……?」


 ウルミが窓をみると、あっと声をあげた。


「え?どうしたの、ウルミ」


 ビーンズも椅子から降りて窓を覗く。すると、そこには……。



 前世の宿敵、怪鳥ラニバが降り立っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ