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6話 わかれ

 「宿から出ないでください」


 ウルミが、ビーンズに冷徹な声で言いつけた。


「でも、薬屋は忙しくなるよ」


「私が行きます。病気のひとが来る薬屋にいては、移る可能性が高いです。わかってください」


「…………」

 

 宇宙服が扉の向こうに消える。薄暗い宿の一室が、無音になる。


 ビーンズは、リンと老婆のことを思い浮かべた。


(確かに、僕は特別に移りやすいかもしれない。でも、ずっと薬を売っているふたりだって、危険だ!)


 ビーンズは立ち上がると、扉をあけ放った。


「…………」


「…………」


 扉のまえには、宇宙服の女がぬっと立っていた。無言の圧が、ビーンズを襲う。


「行ったんじゃないの?」


「一時間は様子を見る予定でしたので」


 ウルミがしゃがみこみ、ビーンズの頭の高さにヘルメットを合わせる。


「駄目です」


「……でも」


「でもではないのです。私には、あなたを守る義務があります」


ビーンズの肩に手を乗せ、宿屋に押し戻そうとするウルミ。ビーンズは力を籠めるが、五歳児のからだではふんばりにも限界がある。結局、ずるずると、土に二本の線を描きながら、室内に戻された。


「いいですか、ビーンズさん。あなたはいまごくわずかな魂で、この異世界に存在しているのです。からだが不安定で、ちょっとした怪我も一大事に考えなければなりません。ましてや、治療法が確立していない流行り病なんて……」

 ウルミは必死で説得するが、ビーンズは納得しないような顔だった。その様子に溜息をつくウルミ。


「そもそも、いまの期間は冷えた細胞を活性化させてからだに馴染ませるために設けられているんです。もうしばらくしたら、あなたはまたコールドスリープに入って次の魂がくるのを待たなければなりません。そこまでで死んでしまっては、完全な魂で転生することができなくなってしまうのですよ」


 段階的な転生プランのうち、いまの時間はわずかなすきま時間なのである。三途の川のどぶさらいは何十年、あるいは何百年もかかる。次の魂が届くまでの間はコールドスリープで待ち、届いたら少しだけ外に出れる。そのような計画なのである。


 ビーンズも頭では理解していた。しかし、目の前で頑張っているひとがいるのに、なにもしないのはどうにも我慢がならなかった。


「…………。わかったよ」


 ビーンズは、後ろを向き、諦めたようなふりをした。そして、部屋の奥へ進みつつ、頭のなかでイメージをする。先日、リンが見せてくれた光球を。


 ぽうっと暖かいものが内側からあふれる感覚。熱が、手のひらに集中し、放出される。


(できた……!!!)


「私はもう行きますからね。おとなしくしていてくださいよ」


「わかった……よ!」


 勢いよくビーンズは振り向いて、手の中の光球をなげつける。ウルミは、いきなりのその行動に珍しく、きゃっと声を上げる。


 その隙にビーンズは扉とウルミの隙間をくぐり外にでる。


「あ、ちょっと待ってください!」


 ビーンズは慌てたウルミの声を背中に浴びながら、小さな四肢を精いっぱい振って駆け出した。


 やがて、ウルミの視界からビーンズが消える。ウルミは腰に手を当て溜息をついた。


「……まったく、今回だけですよ」


 ウルミはゆっくりと薬屋に向かった。






「はっははっはっ……」


 ビーンズはすぐに息切れて止まってしまった。脇腹が痛く、肺が熱い。それでも前へ進もうと、一歩一歩、足を動かしていく。


 薬屋まであと少し、広場まで来たとき、ビーンズの前を馬車が通りかかった。いや、正確には『馬』車ではない。車輪のついた箱を引いているのは、角の生えた四つ足の生物……太ったユニコーンという表現が適切な魔物であった。


「はあ、はあはあ……」


 肩で息をして、通り過ぎるのを待つビーンズ。魔物は眠たそうな瞼をちらりと開いてビーンズを一瞥し、もぉと鳴いた。


 と、そのとき馬車が止まった。そして、車から、ひとりの女の子が飛び出してきた。


「ビーンズ!」


 少年が顔をあげると、駆け寄ってきた女は、ビーンズを抱きしめた。


「う、ぐ……。あれ、リン?」


 胸にうずまる頭を脱出させると、文字通りのビーンズの目と鼻のさきには、リンの潤んだ瞳があった。

「えぐ……よかった、あえて……」


 嗚咽交じりのリンの声。状況のわからないビーンズは困惑するばかりだった。


「どうしたの、リン。どこかに出かけるところだったんじゃ……」


 リンは悲しそうな顔をして、首を振った。


「違うの。もう、帰ってこれないの。あのね、パパが東の国に住んでいるんだけどね、そこではあの風邪が流行ってないからって、ね」


 途切れ途切れの話をつなげると、いままで両親の仕事の関係で、老婆の家に預けられていたリンであったが、例の流行り病の話を聞いた父親が、リンを心配に思い、連れて帰ろうと提案してきたのだった。



 馬車から、ひとのよさそうな中年の紳士が、ビーンズに向けて頭を下げた。彼はリンの父親だった。


「おばあちゃんを残していくことなんかできないし、ビーンズと離れるのも嫌だっていったんだけど、でもおぼあちゃんもいったほうがいいっていってきて……」


「……そっか」


 ビーンズは、優しくリンの頭を撫でた。


「大丈夫、これが最後のお別れなんかじゃないよ。流行が終わったら、またあの薬屋で会おう」


 本心では、ビーンズも離れたくはなかった。しかし、リンを行かせた老婆の気持ちや、現在の状況を考えると、それが最も良い結論だと、わかってしまったのだった。


 もし、ビーンズが外見通りの六歳児だったのなら、駄々をこねられたのだろうが、彼はもう、それが『できない』精神に発達してしまっていた。


 だから、代わりにリンを強く抱きしめようとした、とき。


「びーんず……」


「げほっ……!?うううっ……!?」


「!? ビーンズ!?」


 ビーンズが、くちから血を吐いた。とっさに顔を背けてリンにしぶきはかからなかったが、その血は、六歳児が作るにしては、大きすぎる血だまりを地面に描いた。


 慌てて馬車から駆け下り、リンの肩を掴む紳士。


「リン、この子から離れなさい。……まずいな、すでに斑点が出ている」


 ビーンズは、自分のからだを見ると、緑色の斑点が浮かんでいるのに気が付く。


「ビーンズさん!大丈夫ですか!?」


 後ろから、ウルミが走ってきた。紳士は、ウルミの格好に目を丸くする。


「な、なんだね、君は」


「この子の保護者です。……ビーンズさん、意識はまだありますか?」


「ビーンズ、ビーンズ!」


 リンが、ビーンズに駆け寄ろうとする。しかし、父親に捕まえられて動けない。


「離してよ、お父さん!ビーンズが!」


 悲しそうに首を振る紳士。ウルミは、頭を下げる。


「すみません、この子は私に任せてください。……ごめんね、リンちゃん」


 紳士が、リンの手を引いて馬車に向かう。必死に抵抗するリンだが、ちからでは大人に敵わない。


「待って!待ってよ!……ビーンズ!だめ!死なないで!」


 リンが泣き叫ぶ。魔物が、もおーと間延びした声を上げる。

 

 車にのせられたリンは、紳士に抑えられながら、顔を出して叫ぶ。


「絶対に死なないで!ビーンズ!私、勉強して、おばあちゃんみたいな立派な薬屋さんになるから!薬、つくってあげるから!だから!それまで、死なないで!」

 

 この病気は、一週間と立たずに人の命を奪う。それを知らないリンではない。


 それでも、無力な子どもは、叫ぶ。


「死なないで!ビーンズ!」


 馬車が動き出す。リンの言葉にならない泣声が、次第に遠ざかっていく……。


 


「…………」


 あとに残されたウルミは、ビーンズを抱え上げた。


「ウルミ……」


 ちからなく、名前を呼ぶビーンズ。気力はもうなく、形容しがたい苦しみに、意識を保つのが難しくなっていた。


 ウルミは、ビーンズの瞼を閉じさせる。


「安心してください。……絶対に死なせません」





 


 数日後、老婆はウルミから送られた手紙で、ビーンズとウルミはこの地を去ったことを知った。老婆は、寂しくも、安堵して、その日も気休めにしかならない薬を作り続けた。



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