5話 ぼーる
リンが、掌に意識を集中させる。すると、ぽうっと白い光球が手から現れる。
「魔力の塊よ。冒険パーティーの魔法使いたちはこれを攻撃に使ってるんだけど、えいっ」
ビーンズに向かって光球を投げつけるリン。
「うわっととと……。あ、暖かいね」
光球を両手で受け止めたビーンズは、ゆっくりと目を開く。手の中の球体は、人肌程度の熱を持っていた。感触としては、ふかふかのクッションのようで、手をうずめようとすると反発してくる。
一通り触った後、ビーンズはリンに光球を投げ返す。なんなくリンはキャッチする。
「じゃ、落としたら負けね」
「うん」
この日は薬屋が忙しく、ふたりは外で遊んでくるように老婆から言われていた。そこで、リンは裏庭にビーンズを案内すると、ボール遊びを始めようといい始めた。
「ふんっ」
勢いよくリンが光球を投げつける。さきほどとは打って変わった剛速球に、ビーンズは身を震わせる。
(かわす……?いや、受け止めてやる……!)
両手を前に出すビーンズ。風圧が顔のかわをたゆませる。
「…………!!!」
(あ、これ無理だ)
賢明な判断を理性が下し、ビーンズは身を翻して光球をかわす。
「ちょっと!」
リンが怒った声を上げる。後ろは森。光球は、木くらいの固いものに当たると霧散するといわれていたので、リンには申し訳ないが作りなおしてもらうしかないだろう。
「ごめん、ごめん」
謝りながら、後ろを向くビーンズ。すると、光球は地面に落ち、さらさらと粒子を空中にまき散らしながら消えかけていた。
そして、もうひとつ。その地面には、黒い巨大な影ができていた。
背の高い木が、日照時間の関係で影を伸ばしたか。否。その影は木のカタチではなかった。
「ん……?」
ビーンズは首を傾げる。なにが影を作っているのか。
「び、びーんず。上を見上げちゃダメ。はやくこっちに走ってきなさい」
リンの慌てた声が飛んでくる。しかし、もう遅い、ビーンズの首の筋肉はもう頭を持ち上げていた。
「あ……」
そこにいたのは。
巨大な鳥だった。
クチバシだけでビーンズの倍以上の大きさを持つその鳥は、ばさっと翼を広げて、ビーンズの周囲に、まっくらな影を落とす。
「…………!!!」
声が出なくなるビーンズ。しかし、恐怖と同時に脳内から記憶がせせりでる。その鳥の姿に見覚えがあったのだ。
先日、リンとともに図鑑で見た怪鳥。それとまったく同じ配色の翼が、そこにはあった。
「怪鳥ラニバ……」
『人間の子どもくらいなら簡単にさらっていく』
リンの言葉を思い出す。ラニバの脚に目を移すと、鋭い爪が地面に食い込んでいた。
(あ、死んだ……)
ビーンズは、かつて自分に起こった悲劇、からだがばらばらになった姿を想像した。あの爪でさかれたら、あのクチバシでついばまれたら。
また、無残に死ぬ……。
恐怖でからだが支配されそうになったとき、突然、怪鳥がきええええ!と叫び声をあげた。
何事かとビーンズたちが驚いていると、怪鳥の背中に、鎧を着た男が乗って、まがまがしい色の羽毛に剣を突き刺していた。
「よお、だいじょぶかい?」
剣を抜き、背中から飛び降りる男。がしゃん、と鎧の関節部分が重なり金属音が響く。
「あ、あなたは……」
男は、ビーンズが初めて薬屋にきたときにすれ違った、常連の冒険者だった。
「後ろに下がってな」
剣を構える冒険者。怪鳥ラニバは、きゅるるるる、とくちばしから威嚇のような声を出し、つつも、羽根をばたつかせると、地を蹴った。
空に飛び立つ怪鳥。冒険者の男は、剣を鞘に戻した。
「ありがとうございます」
ビーンズがお礼をいうと同時に、リンが泣きそうな顔で駆けつけてきた。そして、そのまま胸に飛び込んでくる。
「ビーンズ!生きててよかったあああああ!!!」
抱き着かれ、思わず態勢を崩すビーンズ。
「ちょ、ちょっと重い」
リンは感情が高ぶり、獣耳をはやしながら顔をこすりつけてきた。
「はは、無事でよかったな、ふたりとも……うっぐはっっ」
そのとき、冒険者の男が、血を吐いた。
「え……!?」
慌ててビーンズはリンを起こして立ち上がる。しかし、冒険者のからだには外傷がなく、戦闘でけがをしたようではなかった。
青ざめた顔で、口を押える冒険者。声が、震えている。
「実は、今日は薬を買いにきたんだ。すまないが、ちょっと、背負ってくれないか」
その言葉を最後に、男は気を失った。
老婆は、男の鎧を外して、寝かせた。そして、肌に緑色の斑点を確認すると、布団をかけて深刻そうな顔をした。
リンが心配そうに尋ねる。
「そのひと、病気なの?」
「…………。そうだね、流行り病さ。ここ数日。同じ症状のやつらがたくさんうちにきた」
ビーンズは、男の寝顔を見ようとするが、近づこうと一歩足を踏み出したところで、ウルミに腕を掴まれる。
「近寄らないほうがいいです。とくに、あなたはからだが弱いのですから」
ヘルメットから、無機質な……感情を押し殺したような忠告が届く。
老婆は、悲しそうな表情をした。
「この病にかかった人間は、いまのところ一週間以内にみんな死んじまってる。うちにある薬草を使えば、しばらく症状は緩和するが、根本は治せない。……移ったら、終わりと考えな」
リンが、ショックを受けた顔をする。
「え、じゃあ、その人死んじゃうの……?」
老婆は、黙って頷くだけだった。