4話 にちじょー
見慣れない房型の薬草を飲み込むことに、最初は抵抗感のあったビーンズだったが、老婆の容赦ない強制服毒法に諦め、結局胃の中に入れることにした。
すると、見る見るうちに腹痛は消えていき、ビーンズはからだを起こしてお礼を言った。
「ありがとうございます。すごいですね、まったく痛くないです。なんていう薬ですか?」
すると、老婆はにっこりと笑ってこう答えた。
「劇草 α‐εだよ」
「え?」
「薬草 α‐εだよ」
「え、いまなんか劇草って」
老婆はにっこりと笑って、お茶を入れに奥にいった。
部屋に残されたのは、眉をひそめながら腹を撫でるビーンズと、威嚇しあうウルミとリンの三人。
「ぐるるるるる」
獣のように唸るリン。それに対し、ウルミは手を振ってあやしている。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ」
しかし、リンの警戒は収まる様子がない。そのとき……。
ぴょこん!
「え……」
リンの頭から、『耳』が生えた。
その耳は、犬や猫などの四つ足動物がもつようなもので、おおよそひとの頭から生えることのない代物であった。
「あ、うわとと」
ビーンズの反応に気が付いたリンは、慌てて頭を押さえる。すると、手をどけたときにはもう獣の耳はなくなっていた。
「リンちゃんは、獣人さんなのですね」
冷静に、ウルミが言った。唇をかむリン。
「獣人……?」
事情を知らないビーンズが困惑していると、ポッドとカップを持った老婆が現れた。
「あらら、リン。出ちゃったの?」
リンは顔を赤くしてうつむいた。
ウルミは、ビーンズに耳打ちする。ゴツンとヘルメットがあたりつつ、聞く。
「獣人っていうのは、異世界で、時折突然変異で生まれてくる亜人というやつです。……差別があるわけではないですが、数が少ないのでもの珍しい目で見られることが多いんでしょうね」
「へえ……」
ビーンズは、じいとリンを見つめる。
「可愛いから、いいんじゃない?」
「え……」
顔を上げるリン。口を開けて、その言葉の意味を考えている。やがて、再びかああと顔を赤くすると、老婆の背中に隠れた。そして、ぷるぷるとビーンズのほうをゆびさした。
「す……」
「す?」
「すけこまし!!!」
「…………」
大音量の罵倒に、ビーンズは耳をふさいだ。老婆は、にやにやしながら、リンの頭を撫でる。
「この子はうちの孫でね、両親がはやくになくなってちまったもんで私が預かってんだ。でも獣人であることを恥ずかしがって、友達を作ろうとしなくてね。きみ歳も近いようだし、リンの友だちになってくれないかい」
耳から手を外し、ビーンズは頷く。
「喜んで。よろしくね、リン」
ベーと舌を出すリン。
「私もよろしくお願いしますね、リンちゃん」
ウルミも手を振るが、リンは無視した。
「あっはっはっはっは。これから楽しくなりそうだねえ!」
老婆が快活に笑う。
こうして、ビーンズ目覚めの一日は、新たな友ができ、順風満帆なスタートを切ったのだった。
それから、ビーンズとウルミは、宿屋で寝泊まりし、昼間には薬屋に足を運び、リンと老婆の手伝いをする日々を送った。
魔王城の真下という立地もあって、薬屋は繁盛していた。先日の腕を怪我した男ら冒険者をはじめ、魔力向上の効力がある薬を求めて尋ねてくる魔法使い、(どうやらこの世界には魔法というものがあるらしい)そして、街の住人が風邪薬を買いにきたりした。
老婆は、数年前から腰を悪くしており、棚の高い位置の薬が取れなくなっていた。しかし、リンもまだ七歳だったので、手が届かない。それより年下の、ビーンズも同様に、背が足りない。ここで活躍したのが、ウルミであった。
「ねえ、ウルミちゃん。そこの赤紫の液体と、縞模様の葉っぱを取ってくれないかい」
「はい、……こちらですか?」
「そうそう、ありがとうねえ」
ウルミに好ましい印象を抱いていないリンであったが、老婆が助かっているのは事実。リンも口には出さないが、次第にウルミを認めていった。それに加え、ウルミのほうからも歩み寄りを積極的に行っていた。
「リンちゃん、これはどういう薬なのですか?」
「え!?ああ、それはね……」
ウルミに聞かれ、得意そうに説明するリン。
リンが乗せられやすい性格だということもあったが、ビーンズは、ウルミの人心掌握の上手さに舌を巻くばかりだった。
ビーンズは時折、リンと奥の書庫に行き、一緒に図鑑を見て過ごした。店が混みすぎると、逆に子どもが邪魔になることもあったのである。そのときは、ウルミに老婆の手伝いを任せ、二人は客が帰るのも待った。
寝そべって分厚い本を眺めるふたり。リンがぺらりとページをめくる。
「これは、怪鳥ラニバよ。三メートルもあって、人間のこどもくらいなら簡単にさらっていっちゃうのよ」
図鑑に載っていた鳥は、写真ではなく、絵で描かれていた。まがまがしい色合いのその鳥は、大きな嘴で子どもをついばんでおり、読んでいるものに恐怖を与えるフォルムであった。
「これが、魔物って言われるやつなの?」
リンは頷く。
「そうね、魔物っていういのは、魔法を使える動物のことを言うんだけど、こんな風に外見が恐いものが多いの。主食が、人間含めた大型の動物だから、威嚇でひるませる意味合いがあるって学者さんたちは言ってたわ」
「へええ。リンちゃんは物知りだなあ」
「……べつに、褒めたってなんにもでないわよ」
顔を赤くするリン。なんとなく、愛おしくなったビーンズは、彼女のほおに指を突き刺した。
「むぐっ。……なによ」
「いや、可愛いなって……」
「…………」
リンは無言で、ビーンズのほおにも指を突き立てた。
「お返し」
そう言うと、リンは立ち上がって店のほうを見に行った。ひとまず、混雑は収まり、客はさばききったらしい。老婆とウルミは椅子に座って休憩していた。
「おばあちゃん、お疲れ様。お茶入れてあげようか?」
「おお、ありがとうね、リン。火に気をつけて」
「ウルミちゃんはその歳でお茶を淹れられるのですね。ご立派です」
「ま、まあね。……ところで。急にお客さんが増えたけどどうしたの?」
リンが尋ねると、老婆は首をひねった。
「なにやら風邪が流行ってるらしくてねえ」
遅れてビーンズも奥から店内に顔をだした。老婆はにっこりとビーンズにほほえんだ。
「ビーンズくんはまだ子どもだから、風邪にかかりやすいかもしれないね。気をつけるんだよ」
「あ、はい。リン、手伝うよ。カップはどこ?」
「裏の棚―」
こうした日常が確立してきたころ……。
事件は起こった。