3話 くすりや
それからしばらくしたのち、ビーンズとウルミは宿屋から出ると、街を回ることにした。正確には、宿屋のおかみから、掃除をするから出ていきな!と追い出され、時間潰しをするほかなかったのだった。
「あ、リンゴみたいな果物がありますよ」
ウルミは、くだもの屋台を指さした。ビーンズが、その指先をたどると、確かに赤くて丸みを帯びた果実が山のようにかごに入っていた。ただし、へたの部分がリンゴとは違いまるでネジのようにうずまき形状になっていた。異世界に来れば、育つ作物もまた変わる。ビーンズはここでもまた、違う世界にきた実感がわいた。
「おいしそうだけど……。お金がないよ」
異国、異世界というのなら、いくら前世でお金を持っていても、ここでは使えない。そもそも、向こうに財布は置いてきていた。ビーンズは一文無しなのである。
すると、ウルミはヘルメットの内側に、宇宙服で覆われた分厚い手を突っ込み、がま口を取り出した。
「神様から、一応食費と宿賃くらいは支給されているんです」
「へえ、それは気が利きますね……あれ?」
ビーンズは違和感に気が付いた。
「そのがま口、ずっとヘルメットのなかに入れてたんですか……?」
ビーンズは、顔周りに財布を入れておくことの具合の悪さを想像して、顔をしかめた。
「この果物……エレッパ?ください。ひとつ」
ウルミは無視して屋台の男に金をはらう。その後ろ姿を見ると、ズボンにはポケットがついていないようだったので、仕方ない処置だったのかもしれない、とビーンズは納得する。
リンゴ(エレッパというらしい)を持ってきたウルミは、再びヘルメットのなかにそれを押し込むと、数秒後、半分かじった状態にして差し出してきた。
「はい、はんぶんこです」
「……ありがとう。脱いで食べたらどうです?」
「素肌を出したくないんです。あとで、きれいな肌があったことを、思い出したくないので」
「……?はあ」
ビーンズにはウルミの言っていることがよくわからなかったが、おそらく歳をとって日焼けのあとがシミになるのが嫌だ、と伝えたかったのだろうと、脳内でなんとか補完した。
「さ、今度はあっちのほうを見に行きましょう」
ウルミは、頭の上をしっかり押さえると、歩き出した。
「あの、ウルミ。財布は僕が持つよ……」
エレッパを食べている最中に、衛生的なことを考えたビーンズは、宇宙服の背中を追いかけていった。
「うう、うぐ……いてええよおお」
ビーンズたちが、街の西側に向かって歩き始めると、担架に乗せられた怪我人とすれ違った。その男は、全身に鎧をまとっていたが、右腕の部分だけ装甲がはずされ、肌が赤く染まっていた。
「戦争でもやってるのかな」
通り過ぎたあとに、ビーンズは小声でウルミに聞いた。するとウルミはなんてことない風に答えた。
「ああ、魔物にやられたんでしょうね。あれは冒険者です」
「冒険者?魔物?って、なに……?」
「ああ、そういえば女神さまから伝えておいてくれって言われてました。実は、この世界には私たちのいた世界と違って、人々を襲う魔物がいるんですよ。冒険者は、魔物たちを使役する魔王を倒すために旅をしている人たちのことです。……結構稼げるそうですよ」
ウルミはくいっと指で丸を作って見せた。しかし、ビーンズは、怪我人をみたあとだったので、まったく魅力的に感じなかった。
「それにしても魔王って、まるでゲームの世界みたいですね……」
ウルミは肩をすくめた。
「ま。ここでは死んだらよみがえりませんけどね。あ、あれが魔王城ですよ」
小高い丘につき、ぴたりと足を止めたウルミ。ビーンズが、彼女の視線の方向を見ると、広い樹海を超えた先に、おどろおどろしい雰囲気の古城がそびえたっていた。
「え、近っ」
「城下町というより、人間の最重要拠点、前線って感じみたいですね。あまり街の外にはでないほうがよさそうです」
物騒な町だな、と城を眺めていると、ビーンズは急に腹が痛くなって、しゃがみこんだ。
「あいたたたた」
ウルミが心配そうにのぞき込む。
「だ、だいじょうぶですか?ビーンズさんは生命体として不完全なので、からだを壊しやすいんですよ。もしかして、拾い食いでもしましたか?」
「いや、そんなみっともないマネ……あ」
ビーンズが起きてから口にしたものといえば、白湯と果物だけ。からだに合わなかったのだろうか。
「おんぶしてあげます。もとはどうであれ、ビーンズさんはいま六歳児くらいなんですよ。甘えちゃっていいんです」
「…………」
顔を赤く染めるビーンズ。無言でウルミの背中に乗っかった。
「とりあえず、薬屋に行きましょうか」
二人が丘をおりて、最初にみつけた薬屋に入ると、さきほど担架で運ばれていた男のひととすれ違った。
「おお、いつもありがとよ、ばあさん。すっかり治っちまったぜ」
笑顔で腕を振り回す男に対し、店主らしき老婆は、苦い顔をした。
「あんたいつも大したことないけがで来るんじゃないよ。こどもの擦り傷だってそんなに大騒ぎしないよ」
「はっは!あんたの薬草がいいからきちまうのさ!中毒性がある。また来るぜ!」
「営業妨害だ。帰んな。……ああ、いらっしゃい」
老婆と目があい(?)、ウルミは頭を下げる。
「すみません、この子がおなかが痛いって言いだしまして」
ウルミは、老婆に示されたベッドに、ビーンズを下ろして説明する。すると老婆は、じい、とウルミの全身を見回したあと、へえ、と頷いて、棚の小瓶を探し始めた。
「ええと、これと、これだねえ……」
このとき、老婆の内心はこうだった。
(やっばいやつきたよ!なにあれ?鎧?宗教?怖いなんなの、あの服。顔見えないし、こわっ!連れてる子にはさっさと売って帰ってもらおう!)
未知のものに対する警戒は人間に備わった機能である。怪しいものじゃない、中身を見てくれ!という人間はまずは信じてもらえるような服装をするべきなのである。
老婆が、棚から瓶を下ろそうとしたとき、手が震えていたせいであろう。となりの空瓶に触れてしまい、落としてしまった。
がしゃああん!音を立てて割れる瓶。ガラスの破片が飛び散り、老婆は溜息をついた。
そのとき、幼い声が店内に響いた。
「おばあちゃん、割っちゃったの?」
寝間着らしき、ゆるんだ服を着た少女が、店の奥からあらわれる。ビーンズと同じく六歳児くらいの少女であった。目をこすっており、いままで寝ていたことが窺える。少女は、ビーンズのほうを見ると、はっとして、頬を叩くと、きりりと取り繕った顔を作った。
「お客さんいたのかあー……。今日休みじゃなかったっけ……」
「お構いなく」
ウルミがくぐくもった声を出す。少女は、宇宙服のほうをちらりと見て、頭を下げたあと、きょろきょろとあたりを見渡した。
「ああ、おばあちゃん。片づけは私やっておくよ。ほうきとちりとり~……ってなにあれ!!!」
ぎゅるるうん、とウルミのほうを振り向く少女。ほうきとちりとりを取ったところで、場に紛れ込む異物に気が付いたのだった。宇宙服の丸っこいシルエットが、彼女には大きめのぬいぐるみに感じ、最初のうちは違和感を抱かなかったのである。
ウルミは、身振り手振りを交えて説明する。
「ワタシ、ウチュウジン、ジャ、ナイデスヨ。この子の保護者です」
ウルミは最初ウケを狙って片言でしゃべりだしたが、反応が悪かったので、途中で普通の喋り方に戻した。
案の定、余計に怪しさが増すウルミ。少女はうなりながら、距離をとる。
「おばあちゃん、あんまり変なひと店に入れちゃだめよ。物騒な世の中なんだから。こっちからそこの酸をぶっかけてやる時代にもうなってるんだよ」
「やめな、リン。大事なお客さんだ」
老婆にたしなめられる少女、リン。箒でガラスを集めながらも、いまだウルミのほうを睨んでいる。
「食べちゃうぞー」
両腕を上げるウルミ。奇声をあげるリン。抑える老婆。
そして、腹を痛めるビーンズ。
「あの、なるべく早く、薬を……」
情けない声を上げるビーンズだった。