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2話 まち

 コールドスリーパーから身を起こし、周りを見る。木々が生い茂る緑の空間。風が木の葉を揺らす。冷え切ったからだには、少しお節介な風だ。腕をさすりながら、立ち上がり、ポッドの外の地面に足をつく。思ったよりも短かった六歳児の脚は着地に難であり、よろめくように外界に降りた。



 大きく深呼吸をする。肺に入り込む空気は新鮮で、全身の赤血球が意気揚々と酸素を運んでくれる。前世では都会のごみごみした空気に甘んじていたが、やはり自然のなかはいい。からだじゅうの汚れが落ちていく。



「どうぞ」



 宇宙服を着た少女が、手鏡を差し出してきた。元・少年、現・ビーンズという名を与えられた六歳児は、不審そうに、その手をじっと見る。コールドスリープを解いてくれたこの少女はいったい何者なのだろう。なぜ、そのようなへんてこな格好をしているのだろう。



 しかし、転生し、新たに得た自身の容姿を知りたいという好奇心には勝てず、おそるおそる鏡を受け取った。そして顔の高さに鏡を持っていき、自分をはじめて見る。



「…………」



 可もなく、不可もなく。



 成長後に期待することにした。思春期にもなれば、がらりと印象も変わるだろう。



 ビーンズは、手鏡を少女に返す。



「ありがとう」



 くぐ曇りつつも、高音域の声が、ヘルメットの内部から返ってくる。光の反射で、彼女の顔立ちははっきりとしないが、この声から性別は女性と判断していた。



「……あ……んん、あの、あなたは、誰ですか?」



 初めての発声、たどたどしくも、少女に意図を伝える。



 少女は、無言で、両手に頭を添えると、ぐっと力を込めてヘルメットを取った。



 ぽんっと真空が解き放たれるような音とともに、収納されていたピンク色の長髪が扇状に広がる。



「……お。はじめまして。私の名前は、ウルミといいます。女神さまから申し付けられまして、あなたのサポートをさせていただきます」



「…………っあ、はい!」



 ビーンズは、しばしウルミの容姿に目を奪われていた。年齢は十五くらいだろうか。同世代であれば、彼女以上に美しい少女を見たことがないかもしれない。



 顔を赤らめて動揺するビーンズを心配したウルミは、彼の額に手を当てる。



「熱が、少しありますね。外気との環境差で風邪をひいているかもしれません」



「あ、え、ええ。あのからだは丈夫なほうだったので、へへ……、あれ、れ?」



 急に、ビーンズの視界が傾いた。崩れるからだ。抜ける力。



 意識を失うビーンズ。倒れる直前に、ウルミは彼を支え、抱きかかえた。



「やっぱり、まだ魂が不安定なようですね。……絶対に、死なせはしません」





 濃い木材の臭いが、鼻を刺激し、ビーンズは目を覚ました。古びて、ささくれだった木の板でできた天井。からだを覆ってるのは、茶色がかった白い布。どうやら布団らしい。


 ビーンズが目をこすりながらベッドから身を起こすと、ウルミが木製のマグカップに入った白湯を差し出してきた。


「ん……ありがとう。ああ、生き返ったようだよ」


「生き返ったのでしょう?」


「……まあ、そうだけど」


 ビーンズは、温かいものを胃の中に入れると、すっかり体調がよくなっていくのを感じた。やはり、コールドスリープなんてものに入れられて、凍えないはずがなかったのである。


 ウルミは、宇宙服を着なおしていた。ヘルメットの部分が曇っており、さきほどの美少女が本当にこの中にいるのか、疑わしかった。相手の目が見えないというのは、真意を伺う手段が減ったということであり、簡単に信用できそうもなかった。


 一体、この少女は何者なのだろう。ビーンズは考えた。女神さまからサポートを頼まれたということは、女神の手下……天使?


 そうだ、きっとそうだ。ビーンズはその答えがあっているかどうか、ウルミに聞いてみことにした。


「ねえ、ウルミさん」


「ウルミでいいです」

 

 冷たい声で足止めを喰らい、うっとビーンズは詰まってしまったが、めげずに続けた。


「ウルミは、天使なの?」

 その瞬間、ウルミは、はっとしたように顔を上げ、じいいと、ビーンズのほうを覗いてきた。


「…………な、なんでしょう?」


「くどいてるんですか?」


「え」


 …………。ビーンズは、考える。美しい女性に対し、天使とほめたたえる手法の存在は知っている。おそらく、ウルミはそのようにとったのだろう。しかし、ビーンズの中身は思春期の、それも奥手な少年であり、そのような軽口を叩ける度胸はなかった。


「いや、あの可愛いとは思ってましたけど、その」


 ビーンズが動揺していると、ヘルメットのなかから、ふふふっと笑う声が漏れてきた。


「冗談です。まあ、そんなに上等で神秘的なヤツではないですよ、私は。せいぜい……」


 親指を立てたピースサインをヘルメットの上に置くウルミ。


「堕天使でえす」


 ビーンズは理解した。


「ウルミさんって、痛いひとなんですね。仲良くできそうです」


 ビーンズは、前世でクラスにいた、「痛い」女子のことを思いだした。

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