18話 せんしゅつ
次の日、予定通りカリエス一行は帝国にたどり着いた。
城の控え室に騎士団たちが荷物を下ろすなか、カリエスは帝王ほか目上の人間たちへの挨拶回りに追われていた。
カリエスは、あと何人に笑顔を振り向かねばならないか、指折り数えながら歩いていると、背後から声をかけられた。
「こんばんわ、カリエス嬢。相変わらず田舎くさいですわね」
甲高い声が廊下に響く。知った声質にげんなりとしてカリエスは振り返る。一応の作り笑いを添えて。
「こんばんわ、マルティーンさま。相変わらず高貴なことで」
マルティーンは高い鼻を、ふふんと鳴らす。皮肉の通じない様子にカリエスはまたいらつく。
マルティーンは帝国の王の4人目の愛人との子である。カリエスとは同い年であり、幼い頃には良き遊び相手としてともに城内を駆け回っていた。
しかし歳を重ねるにつれ、権力者然とした振る舞いが板についてきたマルティーンは、帝国から見て遠方に位置する周辺4国の人間たちを見下しはじめた。
城内では愛人の娘ということで肩身が狭い思いをしていた彼女にとって比べる相手が必要になるのはある意味必然だったのかもしれない。
カリエスは変わってしまったマルティーンに思うところがありながらも邪険にしきれない甘さを抱えながら彼女に接している。
「それにしても今回は到着が遅かったですわね。森のお仕事ですの?」
「普通に領土内の土地の視察よ。別に西の国の人間が、年がら年中森で暮らしてるわけじゃないから」
「あら失礼。でも私あなたたちのような狩猟民族的暮らしに憧れているのですよ。弓矢で獲物を狩るなんて、ドレスが汚れるからとじいに止められてしまいますもの。エルフは開放的でよろしいですわよね」
「……あのね、何度も言うけどエルフじゃなくてシルフ。私たちの民族名は」
「そうでしたか?まあ変わりないですわ」
西の国は国内各地に多くの森林が点在している。村間の交通は深い森を駆けなければならないことが多い。
その様を他の国の人間たちは「森の狩人」と揶揄する。
民族名もシルフだというのに、帝国の児童文学家の書いた作品で「エルフ」と名を変えて妖精として登場させられるほど偏見を向けられている。
マルティーンは実情を知りつつも、からかい目的でわざと間違えたのだった。
カリエスはため息をつく。
「あんたともだち少ないでしょ。そんなんでこの先やっていけるの?」
すると、マルティーンはふふっと笑った。
「ですから例年このお祭りを楽しみにしているのですよ」
「…………」
だからカリエスは、マルティーンのことが嫌いになれない。
マルティーン自身も気恥ずかしくなったのか、こほんと咳払いをして話題を変える。
「そういえばわたくしはセイレスさまからの伝言を伝えにきましたの」
「セイレスさまの……?」
セイレスは帝王の第一子である14歳の少女である。
男児女児問わず継承権が与えられる帝国の制度により、順当ならば将来帝王を継ぐ少女が、セイレスである。
「ええ、曰く、祭りの初日に四国対抗の格闘戦、御前試合を開くとのことです。西の国からの選出者を考えておくようにとのことですわ」
夜の立食パーティーで上品に、しかしハイスピードに物を胃に詰め込みながらカリエスは考える。
誰を出場させたものか。
西の国王や、兄にも意見を求めたが、この御前試合はただの余興に過ぎないとのことで、決定権はカリエスに一任された。
先日まで騎士団とともに仕事をしていたカリエスから見て、試合に選出しても恥ずかしくない腕前の人間はいくらでもいた。
騎士団長ルーズベルトなどはかなり腕が立つ男であるし、粒揃いの団員たちの活躍もここ数日で見てきた。
だが、立場がある。
もし対抗戦に、1番の実力者である騎士団長を出して万が一敗北を喫せばどうだろう。
西の国の国力は低い評価を受けるはずだ。
余興とはいえ、国の代表として戦うのだ。恥はかかせられない。
そうなると……。ちらりとある人物が脳裏に浮かぶ。
カリエスは、勝ちに行くことよりも、恥をかかせても問題の人間を出すことに方針を定めた。そして、マリスを呼ぶ。
「どういたしましたか?」
「対抗戦、あいつを出すわよ。逃げ出さないように監視しておきなさい」
「……本気ですか?」
「あいつには一度痛い目に合わせたほうがいいわ」
酒に酔いどれ大声で女を口説いていたみっともない男、リベンジjrを指差し、カリエスはほくそ笑んだ。
「よお!ねーちゃん!もっと酒持ってきな!」
翌朝、人通りの少ない階段にリベンジjrは座り込んでいた。二日酔いでぐったりしていたのだ。彼を見つけた現騎士団長ルーベルトは、一杯の水を渡した。
「おお、ルーあんがとな…….」
「こんなところにいたのか。マルスが探してたぞ、それにしても、まったく、だらしのない。親父さんが見たら泣くぞ」
ルーベルトは、先代騎士団長リベンジが鍛えた最後の弟子だった。リベンジjrと同い年ながら若くして頭角を現した彼は、入団から3年で騎士団長へと就任した優秀な若者だった。
「親父の話は、やめろルー。死んだやつの話なんてなんの価値もねーんだよ」
リベンジjrは吐き捨てるように言った。リベンジはあまり家庭のことを顧みない男だった。ゆえにリベンジjrにとって父親への情など無いに等しいのだった。
そんな父親が病床に伏して家で息を引き取ったときも、jrはそういうものだ、としか思わなかった。
jrがコネでカリエスの側近に就くと、周囲の人間から父親の英雄譚を聞かされた。尊敬している、あんなに凄い人はいない。
jrにとってそれは知らない人間の知らない話でしかなかった。
むしろ家族に愛情を向けずに「そんなこと」にうつつを抜かしているなど怒りにしかならなかった。
ルーズベルトはため息をついた。
「ふてくされているだけだろ、おまえは。せめて年相応の男程度にはキチンとしたらどうだ?」
リベンジjrはケッとつばを吐き捨てた。
「うっせー。大体お前らがありがたがってる親父だってなぁ……!」
荒げる声を遮って、冷静な声が響く。
「リベンジjr、見つけましたよ」
カリエスのもうひとりの側近マリスが立っていた。
「カリエスさまから直々の任務を、お伝えにきました。信頼されてますね、ジュニア」
ルーズベルトは、皮肉まじりのマリスの言い方に違和感を覚える。こんなクズ男に、大事な仕事を任せるわけがないのだ。裏があるに決まっている。
しかし愛に飢えた男リベンジjrは半分しか開いていない目を輝かせた。
「カリエスさまが!?おう!なんだ!?なんでもやってやるぜ!」
対して冷たい目でマリスは冷静に告げる。
「対抗試合に出てもらいます」
「対抗…戦?なんだかわからんが、俺ができるやつだってことを証明してやるさ!」
ルーズベルトはなにか裏があることを、リベンジjrに忠告しようかと考えたが、本人がやる気ならば止めるのも悪いかと思い直した。
これも仕事のうちなのだ。たとえそれが裏があったとしても、死ぬほどのことはあるまい。
おそらく。