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11話 なかま

一年ぶりに帰ってきた

「へえ、財布すられたのか!お前さんも運が悪いね!かはは!」


「笑いごとじゃないですよ!」


 他人ごとと笑うテンネに、フランは憤慨した。一文無しの猶予の無さは当人にしかわからないのだ。マリーはテンネをたしなめる。


「もう、そんなこと言わないの。はい、酔い覚めのお茶。フランちゃんには紅茶ね」


「あ、あの私お金ないですよ……?」


 遠慮するフランに、マリーは微笑んだ。


「これはサービス。それと、行く当てがないなら、あなたもこの店に住みなさい」


 母のような慈愛に、フランは感極まって涙する。その光景をみて、ビーンズはつぶやいた。


「……天使のようですね」


 すると、ウルミが振り向く。


「はい?呼びました?」


 無邪気に自分を指さすウルミ。ビーンズは苦笑いした。


「ウルミのことじゃないよ」


 そう言った直後、ビーンズは、そういえばウルミの正体を知らないことに気が付いた。しかし賑やかな店内に紛れ、疑問は霧散してしまった。



 

 日が傾いたころ、ビーンズとウルミは席を立った。


「ごちそうさまでした。またお邪魔しますね」


「はい、また。今度鶏肉でパイを作ろうと思うので、ぜひ食べに来てください」 


 マリーが手を振る。ウルミはドアに手をかけたとき、はっと思い出したように、フランのほうを向く。


「あ。フランさん少しいいですか?」


 フランは疑問符を浮かべつつ、店のそとに連れ出される。ビーンズも意図が理解できず、ウルミを見上げた。


「どうしたの、ウルミ」


「ええ、実は神様から言われてたんですけど、近日ビーンズさんのほかに転生者がくるといわれていたのです。それが、たしかフランという名だと聞いていたのですが」


「え」


「いやあ、言うのを忘れていました」


 ビーンズはフランのほうをみた。自分以外にも、転生している者がいた……?


 トラックにひかれて死に、見知らぬ土地で生きていくこととなったビーンズは、ウルミというパートナーやテンネら賑やかな知り合いもできたが、どこか心のなかに寂しさを感じていた。


 手の届くことのない故郷の香り。強がっていても欲してしまう。


 そこへ同じ境遇の人間が現れたのなら、ビーンズにとって心の支えにならないはずがないのである。寂しさを共有できる仲間、それが今もっとも彼に必要なものといえた。


 フランは、金色髪をたれ下げ、首を傾げた。


「たしかに、私は転生者だけど、ビーンズくんもなの?」


「は、はい」


 緊張してしまうビーンズに対し、フランは緩んだ顔を浮かべる。


「よかったああ、心細かったんだあ。じゃあ、先に転生してたなら、ビーンズ先輩だね、改めてよろしく!」


 不安な気持ちだったのは、フランも一緒であった。ほっとして、ビーンズは、手を差し出した。


「よろしく!」




 それから数日後、ビーンズとウルミは久々にマリーの店に立ち寄った。すると、店先にふたつのぼろ雑巾が落ちていた。


「なんでしょう。ごみの塊が。マリーさんも抜けてますね。店の前にごみを置くなんて」


 ウルミは立てかけてあった箒を手に取り、ぼろ雑巾を払う。すると、もぞ……とぼろ雑巾は胎動した。生命がある。ウルミは驚いて後ずさった。


 そこで、ビーンズは気が付く。ぼろ雑巾に見えていたのは、薄汚れた姿をしたテンネとフランであると!


「うぐっ……おおガキどもおはよう」


 塊一号、テンネが産声をあげる。


「ああ、ご無沙汰です……朝はいまですか?」

 

 塊二号、フランがあくびをかく。


 二人の姿はホームレスそのものだった。テンネのほうは、元から野生児な風貌だったので、そこまで落差はなかったが、フランは汚れた金髪のせいで、没落貴族を彷彿させていた。


 ビーンズは頭をかく。なぜ店に入らず、こんなところで寝ているのか。聞いてしまったらなにか面倒ごとに関わってしまう気がした。自分たちは鶏肉のパイを食べに来ただけなのに。


 逡巡していると、ウルミが溜息をついて、なぜここで寝ていたのかを尋ねた。どうせ扉のまえをふさいでいるので、さっさと解決してどかすほかないと考えたのだ。


 すると、テンネはきりっと顔を引き締め、語りだす。


「実はな……」


 テンネは波乱万丈に事の顛末を語ったが、その物乞いよろしくな姿からはどんな物語も与太話としかならなかったので、以下に要約する。



 マリーの誕生日が近づいていたので、テンネは日ごろの感謝をするため、プレゼントを買いに行こうと、女子の好みがわかるフランを連れ、街へ出たのだという。


『私もマリーさんにはお世話になっていますからね。ご協力しますよ』


 あれ以来、マリーの家に居つくようになったフランは、にこやかに快諾した。

 

 しかし、テンネの手持ちでは髪飾りひとつも買えなかった。そのため、テンネは所持金を増やすため賭場に行こうと、提案したのである。


(このときウルミは決して人間に向けてはいけない侮蔑の視線を向けた。)


 テンネは数あるゲームの中から、ルーレットを選んだ。だが、なかなか勝てず所持金は減る一方。そこへフランが手を挙げた。


『私の金運は最強なんです。一度、私に賭けてみませんか』


 このとき、フランは真剣なまなざしをしていたという。その眼には揺らぎがなく、まるで当たることを確信しているようだった。


 その表情は、テンネのギャンブラーの琴線に触れた。テンネはにやりと笑いながら、残りのチップをすべてフランに渡した。


『フラン……いいだろう、お前にベッドしてやる!』


『任せてください!全額黒の4番です!』


 高らかに宣言するフラン。チップを


『え、おい。全額?ダイジョブか?』


 コロコロコロコロ……。ピタリ。ディーラーが目を細めながら球の止まったマスを読み上げる。


『赤の8ですね。またのお越しをお嬢さん方』


『…………』『…………』


 その後自暴自棄になったふたりは、朝まで酒場を放浪していたという。もちろん、ツケで。


「大変でしたね……」

 

 ビーンズは形だけでも同情しておくことにした。でないとあまりに不憫だったのだ。

 


 対してウルミは容赦のない視線を送った。凍てつくような氷の視線は、テンネにとってまさに冷や水であった。


「そ、そんな目で私を見るな……あ、まて。行くな。扉を開けるな。マリーにはまだばれたくない。ちょっと待って」


「見苦しいですよ。サプライズはもう失敗してます。現実をみてください」


 しかし、テンネは震える手で、(酔いのせいではないと信じたいところ)待ったをかけた。


「待て、まだ策はあるんだ。おいフラン例の張り紙を」


「はいテンネさん。見てください二人とも。ギルドに貼られていたこのクエストを」


 フランは、懐から一枚の紙を取り出した。どうやらフランは、数日のうちに忠実なテンネの部下になっているようだった。ろくな関係じゃないな、とビーンズは思う。


 その紙はすでに日に焼けて、古紙となっていた。貼られてから長い間放置されていたことが窺える。


「万病に効く薬草、イスンギの採取。成功報酬100萬。……アッツアツですよ、これは!」


 フランは目をぐるぐるさせながら主張する。それにテンネは頷く。

「こいつを探し当てれば、マリーにとびっきりのプレゼントを渡せる。さらにたまったツケも払えるってわけだ。なあ、名案だろ?いくらか取り分やるから二人とも手伝ってくれねえか?」


 ウルミは腕を組んで、溜息をついた。明らかな泥船への乗船に難色を示すのは当然である。


「報酬が高額ということは、難易度もそれに比例して高いということでしょう?」


「そうだ、時間がかかる。だから手伝ってくれ」


 テンネは譲らない。ビーンズは、このままでは話が終わらないと察知した。そこで早めに折れることにした。


「いいよ、ウルミ。可愛そうだから手伝ってあげよう」

 

 途端に目を輝かせるテンネ。


「おお!ありがとよ!ビーンズ!お前いいやつだな!」


 ウルミはまた、溜息をついた。


「あなたがそう言うのなら、よろしいですが……テンネさん、取り分として2割いただきますよ、いいですね?」


「おうよ!やったなフラン!」


「ええ!仲間が増えました!これで成功確率も二倍ですよ!」

 

 はしゃぎだすフランとテンネのふたり。ウルミはやれやれと、首を振るう。


「山には魔物も出ますが、私はビーンズさんしか守りませんからね。お二人は自衛してください」



 ウルミは成功報酬しか交渉しなかった。無駄足になったときには、タダ働きということを了承しているのだった。


 なんだかんだ面倒見のよいウルミに、ビーンズは笑ってしまった。


 そうして一行は、さっそく山に足を踏み入れた。全員ラフな格好であり、みな日帰り登山くらいの気持ちで臨んでいた。帰ればマリーの鶏肉のパイが待っているのだ。おなかがすいたら帰ろう。みなそう思っていた。


 このとき、人生を決定づけるほどの出来事が起こるなど、誰も想像していなかったのだ。


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