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1話 てんせー

はじまりはじまりです。

 少年は車に轢かれて、死んだ。17歳、あまりに早い死であった。



 青信号を安全にわたっていても、運が悪ければ事故にあう。交差点を曲がってきた乗用車にはねられた少年は、その身を宙に浮かばせた。



 それだけであれば、少年は助かっていたはずであった。この時点で負った傷は、打撲に、骨折が数か所。頭は打たなかったため、このまま病院には運ばれたのなら、彼はこれまでと同じ日常に戻っていただろうし、乗用車の運転手もこの事故のあとに飛び降り自殺をするほど気を病むことはなかっただろう。



 だが、少年が舞う空の下は、彼が住む田舎町でも特別に交通量が多い交差点であった。行きかう車はそれぞれの目的地を目指してスピードを上げている。彼は自分を跳ねた車の上を飛び越えると、そのまま地面へ向けて落下して……。





 後続していたトラックのタイヤの餌食となり。








 彼のからだはバラバラになった。








 〇


「ひゃあああああああ!!!」



 少年の目覚めは、素っ頓狂な叫び声とともに迎えられた。朧な意識のなか、彼がみた最初の光景は、両手を万歳して白目を剥いている幼女の姿であった。



 幼女は、のっぺりとした藍色のスクール水着を身に張り付け、頭にはゴーグルを乗せていた。わずかに濡れたその髪の毛から、ついさきほどまで水の中にいて、だんだんと乾いてきたところだと推測できた。プールに来て、親とはぐれた子どもだろうか。少年は周りを見渡す。すると、自分のいる空間の異常さに気が付いた。



 辺りには、幼女を除いてなにもなかったのだ。真っ暗な暗闇で、奥行きも高低も図れない。どこまでも続く闇の世界は、まるでブレーカーが落ちたプラネタリウムのようだった。風の音はなく、温度も感じない。しかし、どうにも普通の室内とも断定しづらいのは、地に足をつけている感覚がなかったからである。少年は、まるでその場に浮いているかのような、「その場に存在していないかのような」……彼の語彙能力では表せない、不思議な具合であった。



 体験したこともないその状態に、しかし少年はデジャブを抱く。



 そして、思い出した。これは空に浮く感覚……。



(そうだ……僕は、車にはねられて、空を飛んで、そのあと……トラックに……)


 生前の記憶に胸を痛める少年。彼は悲しさのあまり泣き出しそうになった。



 しかし、涙はこぼれなかった。



(あれ……?あれ?)



 感情と肉体の乖離に違和感をもった少年は目元に手をもっていこうとした。しかし、からだは動かない。


(どうしちゃったんだ、僕……?)



 少年は、自分が死んだ自覚をもっていた。だが、いまだにその実感は持っていなかった。



 なぜなら、彼はいま、魂だけの存在となって暗闇に浮かんでいたのだから!




 幼女は、かつて少年であったモノ、「白い球体」をしかりつける。



「びっくりさせないでよ、もお!君が来るって聞いたから、三途の川を頑張って探したのに、そんなところに浮かんでいるなんて!」



 理不尽な怒りに少年は委縮した。自分よりも何歳も年下に見える女の子が相手であったが、その怒声には迫力があったのだ。



(あの……ここはいったい?僕は、どうなっちゃったんですか?)



 それでも臆せず少年は事態の把握に努める。幼女は、大きくため息をつくと、少年の横に腰を下ろした。



「うすうす気づいているかもしれないけど、ここは死後の世界だよ。でも、地獄やら天国はもう少し先をいったところ。ここは魂の……休憩所ってところかな?死んだ人の魂は、三途の川を流れて、まずはここにたどり着くの。そして、その魂の行先が神様に決められたら、天国か地獄に行ける……ふつうは、ね」



 意味深なことをいう幼女。少年は、聞き返した。



(ふつうは?)



 幼女は、再び溜息をつく。



「たまに、神様が気まぐれにチャンスを与えてくれるの。元の記憶を持ったまま、よみがえって、新たな人生を歩めるチャンスをね。私は、神様に選ばれた魂を迎えに行って、生き返らせてあげるのが役目。……というわけで、運よく選ばれたあなたを迎えにきたものの」




 じろりと、幼いひとみが少年の魂を睨む。



「それなのに、なんで、それしか、ないのよ!」



(そ、それしか?)



 戸惑う少年をよそに、幼女は地団駄を踏む。



「ほんとうは、簡単な仕事なのよ!たまにしかないし、普段は寝転がって団子をのどに詰まらせて、お茶を飲んでむせる最高にのどかなニート生活を送れるから、この役目についたのに!」



 幼女は一通り恨み節を唱えたあとに、少年の鼻先……正確には、魂の先端に指を突き付けた。



「あなたの魂は、ばらばらになって、いろんなところに散っちゃったの!だからこれから、……くううーめんどくさい!回収しに行かなきゃならないの!」




 ほどなくして落ち着いた幼女の話によると、少年の生前の魂のうち、いま幼女に対面しているのは、全体のほんのちょっと、残りかすにあたる部分だけなのだという。



 トラックによって肉体がばらばらにされた際、少年の魂も同じようにバラバラに分裂してしまったらしい。それらの魂のかけらは、三途の川に飲まれてしまい、いつこの休憩所にたどり着くのかわからないという。



「いまあなたを転生させると、不完全な状態の生命体になってしまうの。でもだからといって、ここで残りの魂を待っていたら、ほかの人の魂がどんどん流れついて、あとがつっかえちゃう。ってことで、神様にお願いして、これを作ってもらったの」



 幼女は暗闇から、電話ボックスサイズの、巨大な筒を取り出した。



(なんですか、それ……)



 見た目に反した幼女のちからに気をとられながら少年が尋ねると、幼女はふふん、と鼻を鳴らした。



「コールドスリーパーZZZ!手順はこうよ!まず、あなたを不完全な生命体として転生させる!」


(不完全って、言い方……)



「そして、次の魂がこっちにたどり着くまで、この冷凍保存装置のなかで眠っていてもらうの!順次、魂をくっつけていって、最終的には完全に新しいあなたが完成するってわけ!」



(はああ……なるほど、ここじゃなくて、現世で待てってわけですね)



「その通り!それなら、君はこの真っ暗な空間で寂しく待ってなくてもいいし、なにより、数年から数十年単位で、君を起こしにいくだけですむ!わざわざ川さらいしなくていいぶん、私の手間が少ない。ナイスアイディアだね!」




(……理には適ってますね。わかりました。ではそれでお願いします)


 




 説明を受けた少年は、虚弱な赤ん坊として転生した。そして、幼女によって、コールドスリーパーZZZに入れられ、自分の魂がやってくるのを安らかに眠った……








 〇



「おはようございます」


 数十年後、コールドスリーパーZZZのハッチが開いた。



 挨拶の声の主は赤ん坊に、ようやく回収したひとつめの「魂のかけら」を注ぎ込む。すると、みるみるうちに赤ん坊は六歳くらいの男の子に成長した。



 六歳児はからだを起こすと、目をこすり、自分を起こしてくれた相手の顔を見る。



「あなたの名前は、ビーンズ。……あたらしい人生、楽しんでくださいね」



 そこには、宇宙服の少女が立っていた。


これからよろしくお願いします。

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