#4
間違いなく声がした。
辺りを見回す。
人っ子ひとりいやしない。
いるのはアヒルか白鳥かよくわからない水鳥一羽だけ。
【ガチョウ
オス
おいしい
呪Lv5】
……えっ何、呪Lv5って。
食べたらお腹壊しそう。
「ふむ。さては吾輩がお主に話しかけていることを理解していないな? いやわかる。わかるのだ。吾輩は名もなき家鴨とも白鳥とも分からぬしがない水鳥であるからな。人の子の想定する『誰か』など人相手にはおらぬものだろうよ。はてさて人語を解する家鴨(暫定)は『誰か』に定義されるや否や──」
渋いバリトンボイスが細っこい喉から絶え間なく吐き出される。
うん、頭が痛い。
私は校長先生のよくやる、熱中症で生徒をぶっ倒しそうな鳥のお喋りを遮る。
「ガチョウです」
「んん?」
「あなた、ガチョウだそうですよ」
人間だったらここでぱちくりと目を瞬きそうな間が空いた。
残念ながらどんなに私が暇人女子高生だろうとガチョウの表情検定など受けたことがない。
英検四級。履歴書に書くかどうか迷うレベル。
「なるほど鵞鳥という選択肢があったか。いや何やはり人語を解するなら白鳥だという可能性が一番高かったものでな。なにせあいつらは不可解なことに巻き込まれる才能が高い上に人間との境界が曖昧だ。ある日隣人が白鳥になっていたという事件など歴史上探せばいくらでもあるしそもそも隣人が白鳥になったのではなく白鳥が隣人であったのではなかろうかと吾輩などは考えるわけだがこの仮定を論じるのは流石に脱線が過ぎる。つまり吾輩も順当に考えると白鳥だろうということなんだが。しかしこの不肖の身ではせいぜい家鴨が相応しかろうと三日三晩考慮した末に暫定として決めてだな。うむ。鵞鳥か。腑に落ちたとはいえやはりその根拠を聞かぬ前には──」
「待って。ゆっくり喋って。端的に。早く結論を言って。無理。脳味噌が爆発する」
「む。すまない。なにせ記憶の限り対話というものは──もちろん己との対話を勘定から抜いた上で──これが初めてなのでな。加減を見誤っていたらしい」
話せばわかる鳥だった。
まだ長ったらしいけど。
ひとまず黙ってくれたからいいか。
「えーと。なんでって言われても、『ガチョウ』って書いてるのが見えたから、としか答えられない。でも私自身はアヒルか白鳥か、って考えたわけだからそれが私の決めつけとするのは変。そういうわけだから……あなた風に言うなら論証不可能?かな」
「いや……お主もしやマレビトではなかろうか? ここではない世から迷い込んだ異人のことだ。よく見ると他の人間どもとは何かが違う。他の人間とは記憶の限りでは出会ったことがないはずなのだが、どうやら吾輩はそれを知っているらしい。であれば、見えるものが違っていても不思議ではなかろうよ。何、論証できぬといっても新たな視野を授けてくれただけで儲けものだ。どうせ己が何者かという考察は真相が判明しようとやめれるものでもないのだからな」
ここでやっと異世界確定だ。
なんかよくわからないガチョウですら知ってるってあたり、あんまりイレギュラーな事態じゃないんだろう。
前途は明るい。
「って、人間が初めてって言った? もしかしてここ、人来ないわけ?」
「うむ。人どころか基本的に何も来ない。飢えだけはまあ凌げるがお陰で吾輩は日がな一日じっと思索にふけることしかできていないわけだ」
うわぁ。前途暗い。
「そういえば吾輩、お主の名前を聞いておらぬな。いやこれはもしや吾輩と同じように名無しであった場合名を問うのは失礼にあたるのではないかと恐れ、当方から聞くのを控えた結果なのだが」
「お気遣いどうも。黒香だよ」
ガチョウは多分頷いた。
「クロカよ。すまないが頼みがある。3つ程」
ああ。なんかすっごく面倒臭い予感がする。