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#1

 

 品行方正に生きてきたつもりだ。それなりに。


 鞍月黒香(クラツキクロカ)、十六歳。

 職業:花の女子高生。

 悩みは名前が絶妙にゴスっぽいこととミックスベジタブルのグリンピースをこの世から消すにはグリンピース農家の破産を考慮しなければならないということ。

 自称美少女。


 そんな何の変哲もない私は今、なんだかよくわからない場所にいた。

 光の差さない森。

 大きすぎる針葉樹。

 一本一本が樹齢百年みたいな様で、自分と見比べると私が細くなっちゃんたんじゃないかしらと思う。

 縮小をかけるみたいに。


 欧州だろうか、独逸あたりの。

 独りで逸れるなんて出来過ぎた当て字だこと。

 なんてのほほんと構えてられたらよかったんだけど。

 二時間も惚けたのに夜が来ないあたりで私は流石に気がついた。

 空の色はずっとオレンジだった。



 うん、やっぱり。

 どうやらここは異世界らしい。

 聞いたことがある。

 うさぎを追いかけて穴に落っこちるのだ。

 違う? 

 まあ大体どれも似たようなものでしょ。

 クローゼットもトラックも魔法陣も貴賤はない。

 原因皆平等。


 で、なんで正確に二時間ってわかったのかというと、時計があったから。

 ぴかぴかとひかる、ずっしりと重たい金色の懐中時計。

 私の記憶は胡散臭い骨董屋でそれの蓋を開けた時から途切れている。

 原因はもう完全にこれだ。

 だからタイムスリップの方に賭けてたんだけど。

 乙女の勘が二時間の思索の果てに否と結論を弾き出した。


 あーあ折角真面目に生きてきたのにな。

 信号無視もしたことなかったのに。

 私自身が特に嘆くことはないけれど、多分たくさん嘆かれる。

 人間はみんな悲劇が好きだ。

 悲観が好きだ。

 うら若き十六歳の純情無垢な女子高生が失踪。

 事件に巻き込まれたかというよりも厭世を真っ先に疑われそうで涙がちょちょぎれる。

 友達は作ろうね。

 いないと雑に雑な理由で人の脳内で殺されるから。


 こんなことなら大親友の一人や二人作っておけばよかった。

 せっかく人の脳味噌の中で殺されるのなら、劇的に殺されたい。

 大親友のお送りする悪い想像ってそりゃあもう、きっと凄まじいものでしょ。

 だって大親友なのですから。

 知らないけど。


 行方不明者が死亡扱いになるのは七年後。

 実質の余命宣告。

 いつかあなたの余命はあと何日ですって冷たい診察室で突き放されるのに憧れていたりしたんだけど、これはかなり味気ない。

 絶対に心臓がばくばくしてどきどきして、すわ恋かってなるはずなのに。

 死因はほぼほぼ恋煩いになっちゃうわけなのに。

 残念ながらここは鬱蒼とした森なわけで、事務的に話すお医者様もいない。

 まったく噛みすぎたフーセンガムみたいで幻滅だ。


 でも、そうか。

 私は一応死ぬわけだ。

 生まれてから二十三年が経った私の葬式で、十六歳の私が死ぬ。

 センスのないお母さんは遺影にお姉ちゃんのお下がりの染みのついたしわくちゃのワンピースと今にも着火しそうなボロボロの麦藁帽子をかぶって眩しいシャッターにうっかり目を細めちゃったあの写真を選ぶんだろうな、とか思うとなんだかなぁと思う。

 私、写真嫌いで笑うのが下手だから。

 正面顔でえがお(もどき)の写真なんてあれくらいしか残ってない。

 もうこの際証明写真でいいんだけど。

 ダメかな。

 ダメかも。

 あのガタガタの箱の中で撮った写真はおぞましく血色が悪くなるから。

 天下の美少女も写真写りが悪けりゃただのへちゃむくれだ。

 折角若くして死んだ(ことにされる)のに。

 あんまりお得感はなかった。



 さて、切り替えは大事だ。

 とりあえず森を出なくちゃ始まらない。

 行ったことないけど樹海っぽいし、木の間から覗く空は狭くて太陽も見えないから方角もよくわからないし、ていうか異世界の太陽が東から西に動く保証もなければそもそも動かない可能性だってある。

 夜が来なくちゃ暑くて人の住めない土地になるんじゃないかなとか思うから、きっと夜は来ると信じてる。


 私は夜が好きだった。

 なんだか空気が張りつめて、世界に私ひとりだけみたいな気持ちになるから。

 今は物理的にひとり。

 ウケる。

 結構厚着をしてるから日の差さない森でもそんなに辛くはないんだけど、流石に火の起こし方もわからないまま夜を迎えるのは避けたかった。

 まあ夕方っぽいなーと思いつつ二時間ぼうっとしてたんだけど。

 あははは。


 幸か不幸かおそらく幸、というか都合が良いことに今日は我が家の『お菓子買い出し日』で、一ヶ月分のお菓子が私の手にはあるわけなのだ。

 チョコレートにマシュマロ、ポテチに麩菓子にきなこ棒以下略。

 教科書はほとんど学校に置いてきてたから、ビニール袋からリュックの中にぎゅうぎゅうに詰め直した。

 なんだか遠足みたい。

 今にも狼と幽霊がわらわらと出てきそうな森の中、私はブレザーとスカートを整え、わくわくとリュックを背負い直す。

 よし、棒を倒して行く方向を決めようじゃないの。


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