6:やっぱりここは異世界でした。
月日は巡り、2歳になった。
いつの間にか妹もよちよち歩きをはじめて、この前1歳になった。
あれからは、やはり「母親」は俺の動向に気を向けていた。
しかし暫くすると、すぐ元に戻ってしまった。
それどころか、またどんどん冷たくなっている気がする。
でも、もう大丈夫だ。
俺は自分の中で、そのことについては納得しているし、彼女も俺が嫌いなわけでは無い……はずなんだ。
なるべく迷惑かけないように、早く育とうと思う。
それよりも、大ニュースである。
今更だが、なんとこの世界は前世で生きた世界とはまた違った世界……いわゆる、異世界らしいのだ。
---------
1ヶ月ほど前のことである。
いつものように暇な午後を過ごしていると、静かに扉を叩く音が聞こえた。
いつもの周辺住民は、もっとガンガン扉を叩くし、
「いるなら開けてちょーだい!」
とか、
「おーい、開けてくれぇ」
とか言う人が多い。
なのでその時、少し不思議な気分になった。
「母親」は俺を隠すこともせず、すぐに扉を開けた。
扉の向こうに居たのは、上品そうな若い男である。
丁度いい具合に筋肉がついていて、男の俺でもかっこいいと思った。
着ているマントも、この町の住人の衣服よりきれいである。
驚いた。
「母親」が俺を隠すのを忘れるとは。
そんなに大事なお客さんなのだろうか。
取り敢えず近くにあった「母親」の服を手に取り、急いで髪の毛を隠す。
するとさらに驚いたことに、「母親」は俺に手招きしながらこう言ったのだ。
「よしなさい。今日は隠さなくていいわ」
俺はゆっくり2人の方へ歩み寄ったが、なかなか髪を見せる事はできなかった。
もちろん今まで他人に見せたことがないということもあったが、なにより彼はこの町の人々と同じ首飾りをしている。
「母親」はしていないが、以前鏡と共に大事に仕舞っているのを見たことがある。
妹もしていることを考えると、この首飾りが「シェネ教」と関与している事は明白である。
「この子がお伝えしていた子供です。
ほら、はやく」
「母親」に促され、恐る恐る頭に巻いた服を取り除く。
「……!?」
男が息を呑むのが分かった。
驚き方まで上品である。
ぱいでかおばさんとは大違いだ。
しかし彼の次の言葉は、俺の期待を裏切った。
「……悪魔、だな。どこから連れてきた」
「……っっ違うんです!!この子は本当にいい子で、困ったこともしないし、赤ちゃんの頃も静かで全然泣かなかったんです!その子が悪魔の筈がありません。きっと悪魔に憑かれているから、こんな髪の色をしているんだわ!だから今日、貴方を呼んだんです。ゴースト系の魔物に憑かれた人間からその魔物を追い出すことが、貴方の得意とする魔法でしょう!?」
「母親」は、息継ぎもせずにまくし立てた。
男はその彼女を、下賤な者を見下すように冷静に見つめながら、呆れて諭すように言った。
「つまり貴方の子供である、と。
あなたは全く泣かない赤ん坊を見て、おかしいとは思わなかったのですか。
悪魔に憑かれているだけなのかもしれないと、その気持ちは分からんでもない。
確かに私はゴースト系の魔物を人の体から追い出す仕事において、数々の実績を残してきた。
しかし悪魔はそれらとは違う。
私とて、そんなモノを祓ったことはない。」
母は半狂乱で男にすがりついた。
「そんなこと……そんなこと、言わないで下さい…!!!
私と幼い子供に、悪魔と暮らせと言うのですか!?」
グサリと心に突き刺さる言葉だった。
息も絶え絶え思いを訴える「母親」に、男はさらに追い討ちをかける。
「いくら出せるんですか?」
「……え?」
「いくら出せると聞いている。
因みに以前隣の国の王子から未知の魔物を追い出した時は、金貨100枚頂いた。
悪魔となれば、その倍は頂かなくてはなるまい」
金貨100枚……ここの通貨の価値が分からなくとも、それが大金であることは分かる。
その証拠に俺は、金貨など見たことがなかった。
「卑しい私どもめは、そんな大金持ち合わせておりません……
どうか、どうかお願いします……!!!!」
「困りますな、しつこくされては。
こちらも商売でしてね。
悪いが眠ってもらおう……『シュラーフェン』」
きょとんとする「母親」に男が手をかざすと、彼女は糸が切れたように崩れ落ちた。
男の手は淡く光っていた。
いろんなことが一気に起こりすぎて、頭がぐるぐるしてくる。
倒れた「母親」が心配で、とりあえず彼女の顔を覗き込む。
彼女はすやすや寝息を立てて眠っていた。
顔色もいい。
それで安心はできたが、どうして急に眠ってしまったのだろうか。
……男の言葉と、何か関係があるのだろうか。
本で見た言葉を思い出す。
魔物や魔法と言った言葉を、男や「母親」も平気で使っていた。
「悪いが眠ってもらおう」、そう言った彼は、何かを呟いた後で母親に手をかざした。
すると母親は、突然眠りについた。
その時確かに、彼の手からは光が発せられていたのだ。
……魔法、か。
今までおかしいとは思っていた。
前も言ったように、国や動物の名前も知らないものが多すぎる。
本の内容だってそうだ。
この前は本の間に、世界地図のようなものが挟まっているのを見つけた。
どこを見ても前世のそれと同じところはなかったので、これもどうせ物語の中の想像の世界地図だろうと見て見ぬ振りをした。
そうやっていつも考えないようにしてきたが、それにももう無理がある。
認めるしかなかった。
この世界は前世で生きた世界とはまた違う、異世界だということを。
ふと扉の方にに視線を戻すと、男はもうそこには居なかった。