表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

5:悪魔の子

 ってことで、読み始めたのはいいんだけど、なんせ前世は生粋の日本人。


 短い人生の間に、宗教に興味を持ったこともなく……

 しかも「シェネ教」なんて、聞いたこともない。


 目次みたいなもんはないので初めから読み進めるしかないのだが、興味がないからなんせ捗らない。


 赤ちゃんがいるから、寝室の利用頻度も高い。

 「母親」にバレないようにしようとすると、読む時間もあまりないのだ。


 そのため、読み進めるのにとてつもなく時間が掛かっていた。


 四分の一ほど読んだところでつまらなさが極限に達して、その後は少し放置していた。


 あの本を読んでいるよりは、妹を眺めている方がよっぽど楽しい。

 赤ちゃんってなんでこんなに見飽きないんだろう……


 そのかわいさが、妹に触れることができない事実を更に辛く感じさせる。


 最近「母親」はより一層構ってくれなくなったが、まぁ赤ちゃんがいるから仕方ないだろう。

 俺もまだ赤ちゃんなんだけどなぁ……


 本を放置し始めてちょうど1週間が経った頃、「母親」は鏡を買った。


 どうやらそのために以前から貯金していたようだ。

 この国では、鏡は高級品らしい。


 大事そうにしているところ悪いのだが、俺もちょっと拝借したかった。

 何故なら目覚めて10ヶ月以上、自分の姿を確認したことがなかったからだ。


 分かっているのは、「父親に似ている」「髪も目も真っ黒」ということだけだった。

 流石にこれでは気持ちが悪い。


 なんとか目を盗んでちょっと覗かせてもらおうと思って、母親を観察した。


 母親は、朝から晩まで妹の世話をしている。

 今の彼女には、自由など全くないだろう。


 生後2ヶ月の俺が泣かなかったことが、周りから見てどれだけ異常なのかが思い知らされる。


 泣くフリとかしたほうがよかったかな??

 今更遅いか。


 つまり、「母親」は隙だらけだった。


 しかし肝心の鏡は、どこかに仕舞われて見当たらない。

 てことで、とりあえず母親観察は続いた。

 そんなある日のことだ。


 俺はいつものように「母親」を観察していた。


 妹はいつもなかなか泣き止まない。


 赤ちゃんらしい声をあげて、平気で何分も泣き続ける。

 割と体力あるんじゃないの?と、疑うぐらい大声で。


 「母親」はやっと眠った妹をベッドに寝かせ、近くの椅子に腰掛けた。

 そして深くため息をつくと、ふと思い出したかのように立ち上がり、部屋の隅に向かって歩き始めた。


 ギクリ。


 見ると「母親」は、本に向かって一直線に歩いている。


 やばい……完全に忘れてた。

 気付いた時にはもう遅かった。


 母親は五冊のうち一冊に手を伸ばすと、本の山から引っこ抜いた。


 黒い表紙……「シェネ教 聖典」である。

 あぁ……もうダメだ。隠される……


 「母親」は数秒間表紙を見つめると、ぱたんと本を裏返し、背表紙を開けた。


 彼女の予想外の行動に、一瞬頭上に疑問符が浮かぶ。


 彼女は背表紙と最後のページの間から何かを取り出すと、もう一度本を閉じ、山に戻した。


 ひとまず安心。

 彼女の目的は、本を隠すことではなかったらしい。


 取り出したのは一枚の紙だった。

 それを手に、彼女はこちらへ戻ってくる。


 そしてもう一度椅子に腰掛けると、紙を見つめた。

 ……半分睨んでたけど。


 床に座っていた俺がそのままその紙を見ると、紙の裏に「魔法肖像画」と書かれているのが確認できた。


 肖像画の割にはただの紙切れに描いたんだな。

 ……それにしても、また魔法かよ。


 「母親」の顔を覗き込む。


 鬼のようだった。


 鬼のように真っ赤な顔をした彼女は、その紙をビリビリに破り捨てた。

 もう、本当にビリビリ。


 肖像画をビリビリ。

 ビリビリにされる人物に、俺は覚えがあった。


 紙のカケラが近くに落ちと、俺の目はそれに釘付けになった。


 それはちょうど、肖像画の顔の部分だった。

 そしてその顔に、めちゃくちゃ見覚えがあった。



 前世の俺だ。



 …………いや、冷静になってよく見ると、前世の俺よりはもう少し老けている。


 それに髪の色が薄い。

 白黒だが、黒髪でないことは分かる。

 見る限り、白髪になるほどの年ではない。

 

 前世の俺は髪も目も……

 そう、真っ黒だった。


 そして「母親」に肖像画をビリビリにされるような人物は、1人しか思い当たらない。


 そう、俺の父親だ。


 「母親」の言葉を思い出す。


「あの人に似てきたわね」


 続けて、


「髪も目も真っ黒ね」


 しかし当の父親は、髪も目も黒くない。


 この時点で、ひとつの仮説が立った。

 その真偽を確かめるには、ふたつのことをしなければならなかった。


 ひとつ目は、自分の顔を確かめること。

 そしてふたつ目は、あの本を読むことだ。



 鏡を覗くチャンスは、案外すぐにやってきた。


 子守に疲れて椅子に座ったまま寝落ちした「母親」は、あんなに大事にしていた鏡を床に落としてしまったのだ。


 彼女がもたれかかるベッドでは、妹がすやすやと眠っていた。


 鏡が手から離れても、「母親」は目覚める様子を見せない。


 これは好機と見て、鏡に近づく。


 俺の歩みはまだのろいので、床を這って行った。


 近くに着くと、今度はゆっくり様子を見ながら。


 彼女が起きないことを確認して、すぐさま鏡を覗き込んだ。


 落下の衝撃で割れていることも考えていたが、そのような素材ではないらしい。


 ピカピカに磨かれた金属に映り込んでいたのは、真っ黒の髪、真っ黒の瞳の俺だった。


 前世で母さんに見せてもらった、ある写真たち。

 そこには我ながらかわいいと思える、赤ん坊の俺がいた。


 鏡に映っていたのは、それそのままの赤ん坊だった。


 大きな瞳。

 瞼は一歳児ながら、くっきりとした二重だ。

 前世ではよく「ちょっと日本人離れした顔」とか言われたっけ。

 「どっちかというとかわいい系」とも言われたか。


 ただし幼馴染が「かなり日本人離れした顔」のハーフだったので、俺はあんまり目立たなかった。


 日本人には日本人の良さがあると思うから、それでもあんまり気にしなかった。


 なんにせよ、俺の将来はイケメン確定だろう。


 ……こんなこと、自分で言ってて恥ずかしい。


 ただし俺の場合、決して人生イージーモードだった訳ではないし、なんともいえん。

 あんなところで死んでしまったことを考えると、ベリーハードモードだったのかもしれない……


 自分の姿が確認できたところで、今度こそ「シェネ教 聖典」の続きを読み始めた。

 つまらないが、まぁ仕方ない。


 スピード重視で内容にはあまり気を配らず、いくつかのワードを重点的に探すことにする。


 今度は次々とページをめくることができた。

 毎日10分あれば5日ぐらいで読み切れそうだ。


 それに仮説が正しければ、それらの言葉はすぐに見つかるはずだった。


 そして予想通り、2日目には見つけることができた。

 しかも、一気に。



 ……「悪魔は世に災厄を齎す為、魔界からやって来る。漆黒の髪と瞳は、悪魔の象徴である。」



 やはり……


 「父に似ている」と「髪も目も真っ黒」

は、同じ意味で言われた言葉ではないのだ。


 「母親」や周辺住民が信仰している「シェネ教」における悪魔は、髪も目も真っ黒なのである。


 ……「母親」にとって、俺は「憎き元夫そっくりの子供」であると同時に、「悪魔」でもあるのだ。


 …………新しい子ができると、嫌いな男に似ていく上の子供から、段々気持ちが離れて行く。


 しかもその子供が自らと周囲が信仰する宗教において「悪魔」と呼ばれる立場であり、自分はあまり信仰深く無くてもやはり不気味なので、新しい子供に触れされたくない…………


 そういうことだろう。


 だから最近冷たいんだ。


 それだけのこと。仕方のないことだった。


 例えそうだとしても、俺が頼ることができるのは「母親」しかいない。


 彼女にとって「悪魔」である俺を、今までこんなに愛してくれただけで、そして今も育ててくれているだけで、感謝するべきなんだ。


 あの時のぱいでかおばさんは、きっと俺のこの黒い髪を見て叫んだのだろう。


 見ただけであの反応だ。

 他の人など頼れるはずがない。


 今の俺にできることは、なるべく彼女の気持ちを長く俺に繋ぎ止めるようにしながら、さっさと育って巣立つことだけだ。


 ……なのに、なのに涙が止まらなかった。


 その文章を何度も何度も読み返すことを、辞めることができなかった。


 本を閉じ、元の本の山に返した後も、長い間泣き続けた。


 声を押し殺して、泣き続けた。


 ふと、浮遊感を感じた。

 あの時と同じ、胸の温もり。


「どうしたの……私はここにいるわよ」


 顔を上げるとさっきまでベッドで寝ていた「母親」が、心配そうに俺を見つめていた。

 目が覚めたのだろうか。


「どこか痛いの?怪我をしたの?」


 そう言いながら、自らも俺を見て、触れて、確認する。

 その瞳には、焦りが見えた。


「ごめんね……ごめんね、私がちゃんと見ていなかったから……」


 その腕からは……

 確かな愛を感じた。


 なにかが吹っ切れて、声をあげて泣きじゃくった。

 彼女の胸に埋まって、ずっと長い間……


 彼女の気持ちはまだ、俺に繋がっている。


 その日、俺は誰かに愛されているいう事実が、これほどまでに安心感を感じるものだということを、初めて実感した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ