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4:本と誕生日と妹と

 事件から半年……計算すると、目覚めてから9ヶ月が経過した。

 

 あれからの俺の成長は著しいものだった。

 

 まず2ヶ月ほど前に、つかまり立ちができるようになった。

 1ヶ月ほど前には、つたい歩きまでできるようになった。

 

 我ながら天才かもしれない……

 

 とか思ってたら、ついこないだ何も持たなくてもちょっとは歩けることに気づいた。

 

 離乳食にも少しずつ歯応えがでてきたし、少しなら言葉も話すことができる。

 

 赤ん坊の成長、恐ろしや……

 ついこの前まではハイハイもできなかったのに……(他人事)

 

 

 最近は少し、本を読んでいた。

 

 きっかけはひと月ほど前、寝室の端に置いてある本に目を通してみたことだった。

 

 我が家には部屋がふたつある。

 

 寝室の他に生活スペースとなる場所があり、納屋は無い。

 

 日中立ち入ることがほとんどない寝室は、納屋の代わりとしても使われている。

 

 荷物と共に5冊の本が積んであるのを見つけたのは半年ほど前だろうか。

 

 その頃から気になってはいたが、読めるはずがないと諦めていた。

 

 最近「母親」もあんまり構ってくれないし、そうでなくても歩けるようになったばかりの赤ん坊に文字を教えるような馬鹿馬鹿しい真似はしないだろう。

 

 しかしある日ふと気になって、見てみる機会があった。

 

 結論から言うと、読めた。

 

 表紙をめくるとそこにあったのは、見慣れた日本語の文章だった。

 

 どういうことだろうと疑問に思い、一度本を閉じた。

 もしかしたらここは親日国で、「母親」も例に違わず日本LOVE!なのかもしれない。

 

 そう思って5冊の本を床に並べる。

 

 体が小さいので、本を移動させるにも大仕事だ。

 

 図鑑のように大きくて重いその本たちは、基本的に全部ボロい。


 そして驚くべきことに、その表紙には全て日本語でタイトルが書かれていた。


(わぉ……かあちゃん、めっちゃ日本好きやん……)


 ってなんでやねん!!!!

 流石におかしいやろこれは!!!


 床に並んだ本は、左端から順に

 

「動植物図鑑」

「魔獣について」

「魔法の基礎」

「言語について」

「シェネ教 聖典」

 

 本のタイトルから溢れ出る厨二病感に、頭がクラクラする。


 しかし、そこには今一番求めているものもあった。


 「言語について」を、体の方へ引き寄せる。

 それは薄い本……だった。

 

 ……タイトルの割に他の本より薄かった。

 

 色褪せた緑色の表紙を両手でめくると、やはり日本語の文章が書かれていた。

 よく見ると、なんと手書きである。


 紙の手触りがシリコンとプラスチックの間みたいで、なんか変な感じだった。

 これがいわゆる羊皮紙ってやつだろうか?

 

 目次を見ると、どうやら三つの章に分かれているようだ。


 とりあえず、第一章に目を通してみた。

 

 内容を簡潔に纏めると、

 

 話す時と書く時では使う言語が違う。

 元はどちらも同じだったが、次第に変化していった。

 そして、どちらの言語も世界共通である。

 基本的に書物は高価で貴族のものであるし、庶民は文字を書く機会など無いに等しいので、読み書きはできない者がほとんどである。

 

 というものだった。


 なるほど、元は同じだったから「話す時」の方も覚えやすかったのか。

 そんな風に納得できるところも勿論あったが、読んだ感想としては違和感の連続だった。

 

 俺の知る世界では世界共通語など無かったし、それどころかここで耳にする「話す時」の言葉に至っては、前世では聞いたことさえない。

 

 しかも文中には、当たり前のように「魔獣」や「魔法」などといった言葉が登場してくる。

 

 そしておかしなことに、この本は至極真面目だった。

 だからなんというか……胡散臭い。

 

 でも、もしかしたら……デタラメを書いた書物なのかもしれない。

 

 そこで、今度は赤い表紙の「動植物図鑑」を手繰り寄せた。

 

 真ん中あたりのページに指を滑り込ませて開けると、そこにはヘンテコな動物がイラスト付きで説明されていた。

 

 いくらページをめくっても、見たことのある動物はいない。

 

 そしてまた、説明文には「魔法」「魔法」「魔法」だ。「魔法の力で〜……」だ。


 冒険譚や児童書ならまだしも、本の文体はいたって真面目で、いかにも本当のことを書いているかのようだった。

 

 もしかしてうちの「母親」は、自らの妄想を信じ切って書いたような書物が好きなのだろうか?


 ……いや、それはない。

 手書きである限り、これらの書物が高価であることは確実である。

 

 決して豊かではないのに、わざわざお金をかけてそんなものを集めるはずがない。

 ならば真実なのだろうか?

 それは信じられなかった。

 

 困惑気味に残りの書物を眺めていると、「シェネ教」という言葉が目についた。

 

 そんな宗教は聞いたことがない。

 が、そうか。


 「母親」は独特な考えを持った宗教を信仰していて、この本全部それに関するものなのか。

 

 うん、そういうことにしておこう。

 

 ……うちの「母親」、お祈り?にも行ってないみたいだし、本当に信仰深いならこんなに無造作に聖典を放ったらかしている筈がないのだが……

 

 まぁ、そういうことにしておこう。

 じゃないとやりきれん。

 

 しかしそれなら勉強にはならないな。

 

 そう思って開いたままだった「動植物図鑑」を閉じようとした時……突然、後ろから本が奪い取られた。


 驚いて振り返ると、そこには「母親」がい た。

 彼女は本のタイトルを確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。


 俺に見られて困る本でもあるのか?それにしても、普通こんな子供が文字なんて読めるはずがない。

 それでも焦ってしまうほど見られたくないということ、なのだろうか。

 

 見るなと言われたら見たくなるのが人というものだ。

 だけど堂々と読んで「母親」に隠されてしまうようなことになっては困る。

 

 なので俺は、彼女の目を盗んで少しずつ本を読み進めることにしたのだ。


 とりあえず「動植物図鑑」は候補から除外して、まず手に取ったのは「魔獣について」だった。


 勉強にはならないのかもしれないが、どう考えてもありえない生物のイラストを見たり、どう考えてもありえない説明を読んだりするのはなかなか面白くて、あっという間に読み切ってしまった。


 どうしてこんなにたくさん、架空の生物が思いつくのだろうか。

 あの本の作者にはなかなかの才能があると思う。

 

 次に手に取る本は、「魔法の基礎」か「言語について」、もしくは「シェネ教 聖典」……

 

 ……そうやって迷っているうちに、急に家が忙しくてバタバタしだしたので、それから1週間は本を読むことなど忘れていた。

 

 

 バタバタしていた理由は、ふたつあった。


 ひとつ目は俺の誕生日だ。

 

 「母親」の目を盗んでの作業だったので、本を読んだり選んだりしているうちにいつのまにか目覚めてから10ヶ月が経過していた。

 

 はじめはそれでも早いと思ったが、よく考えれば俺の意識が目覚めたのは生まれて間もない頃ではない。

 

 目覚めてから10ヶ月なので、目覚めたのは生後2ヶ月ぐらいの頃だったんだろう。

 

 「母親」は最近あまり構ってくれなかったが、その日は朝からたくさん「おめでとう」と言ってくれた。

 

 俺はありがとう、と返した。

 正確には、「あやーと」。

 

 最近だいぶ言葉が話せるようになった。

 発音も練習してるんだからね!?


 それなのに、微笑み返す彼女の目はどこか哀しそうだった。

 

 以前のように顔じゅうで笑うことも、クスクス声をあげて笑うこともなくなった。

 

 そして、やはり俺を見つめて考え事をする時間はどんどん長くなっている。

 

 なんで?大丈夫?

 具合でも悪いの?


 言いたいことはたくさんある。


 だけどこの未熟な舌では、うまく発音することができない。


「まま、ちゅき」


 とか言って少しでも笑ってもらおうとするのだが、そうすると余計辛そうな顔をするので、あまり話しかけないほうがいいのかもしれない。

 

 

「……悪魔の子だわ!!」

 

 おばさんの声が蘇る。

 次に読む本は、「シェネ教 聖典」に決定だ。

 

 

 ふたつ目は、なんと妹が生まれたことだ。

 

 俺が目覚めたのが約10ヶ月前で、父親の顔を見たことはない。

 赤ちゃんがお腹の中いるのは10ヶ月……少し出産が遅れたと考えると、ギリギリ辻褄は合うが……

 

 ……オイオイ、別れる直前までヤってたってか?

 父親のことも、色々と気になってきた。

 俺は父親に似てるらしいし、ね?

 

 妹は家で生まれた。

 

 この家に大人は「母親」しかいないので、仕方なく助産師として近所のおばさんを雇っていた。

 

 もちろん、あのぱいでかおばさんではない。

 

 おかげで俺は半日ほど寝室に閉じ込められていた。

 一歳の子供にこんな仕打ち、普通はないだろう。

 

 まぁ仕方ないか。

 俺は見られたくない子、なんだから。

 

 俺の時は、父親が出産に立ち会ったのだろうか。

 虫唾が走る。

 

 

 生まれた妹はなんだか猿みたいだった。

 

 ほえー……生まれたての赤ちゃんってこんなんなのか……

 

 でもやっぱりかわいいなぁ……目が青くて、「母親」に似てるんだろうなぁ……

 

 羨ましいな……

 

 ゆっくり手を伸ばしその頬に触れようとすると、「母親」は鬼気迫る形相で俺の手をはたいた。

 

 彼女は俺に赤ちゃんに触れて欲しくないようで、ズキリと胸が痛んだ。

 

 うー……複雑。俺のかわいい妹……

 

 「母親」は最近、一層変わってしまった気がする。

 以前のように、愛してくれていない気がする。

 何としても早く原因を突き止めなくては……

 

 そして俺は、「シェネ教 聖典」を読み始めた。

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