3―1 失敗は成功の素! らしいです。
今日も召喚に失敗してしまいました……。
張り切って今日は家を早く出たのですが、一時間程で帰宅コースです。案の定と言えばそうなのですけどね。やはり召喚されたのは高齢者でした。
この前六日連続で失敗したときも、その殆どが高齢者でしたね……。
なんと六人中、五人です。一人は幼い少年だったのですが。……そういえば、あの子は不思議でしたねえ。
何が不思議かって……話すと長くなります。
まあ今日はすることもないですし、その少年の話をするとしましょうか。
***
今日は大好きなママの誕生日!
だから今日は一日いい子でいるんだ。けどそれだけじゃつまらない。
ママが買い物に行っている間、夜ご飯を作ろうと思うんだ! 食材は冷蔵庫に何でもあるし、包丁だって使えるんだよ! 心配事はなにもない。後はママが買い物に行くのをじっと待ってるだけなんだけど……。
掃除やら洗濯やらで、ちっとも買い物に行こうとしないんだ。
だから僕はママにこう言ってやった。
「ママ、買い物行かないなら僕が行くよ!」
心配性のママのことだ、引き止めるに決まってる。
「買い物なら今から行くから、そうちゃんにはお留守番をお願いしようかしら」
……ほらね?
そして現在。
サラダは作り終わったから、いよいよお味噌汁作りに入る。たまに作っているところを見るし、なんとなく手順は分かるよ。……多分。
まずは鍋に水をいっぱい入れるんでしょ?
でも僕は水道水なんて使わない。食材にはこだわるんだ!
……これなんてどうかな?ボトルに入ってる黄色い液体。味噌汁の色にも似ているし。
なになに、
「て・ん・ぷ・ら…………読めないや」
手が届かないから台座を準備して……と、鍋いっぱいにてんぷらなんとかを放り込む。
そして着火。
なんかパチパチいっているけど、気にしない。きっと味噌汁用の水は、そういう音がするんだ。
あっ! いけないいけない。サラダをお皿に盛り付け忘れてた。誕生日のサプライズなんだし、キレイに置かないとね。
──もう十分も経ったのか……。
うーん……なんでうまくいかないんだろう。緑色の野菜に統一するのは、やっぱり間違いだったかな?
ジジジジジッ……ゴゥッ!
突然の爆音がして、反射的に鍋の方を見る。
「う、うわあっ! 」
そこには身長を超える程の大きな炎。それも天井まで届きそうなほどの。
驚いて思わず叫んでしまったけど、ここは冷静に。一度深呼吸をして、気持ちを調える。
そうだ、火には水だ。そうに決まっている。急いで洗面所の蛇口を捻り、風呂用の桶に水を貯め始めた。焦っているのか、水が貯まるまでの時間がとても長く感じられる。
──やっと水が溜まった。
もたもたしてられない。早くキッチンに持っていかなきゃ。
まだ僕には重たすぎるけど、この際そんなことは言ってられない。
ドタバタと足音を立てながらキッチンに到着。すかさず鍋に水を投げつける。
ジュッ……ゴォォォォ!
えええっ! なんで火の勢いが増してるのさ!?
水をかけられて飛び散った炎は、僕を囲んで逃げ道を失くそうとし、目の前に広がる煙は視界を奪う。
顔がヒリヒリしてきた。
そういえば……喉も。なんだか息苦しい。
このままじゃまずいけど、もうどうする術もない。
息遣いが荒くなり、力なく膝をついた。床も普通ではない温度なのだが、飛び上がる程の元気はない。
そのまま身体全体を横に倒してしまった。
(ああ、死んじゃうのかな。ごめんなさい……ママ )
外ではサイレンの音が鳴り響き、人々の悲鳴が聞こえる。
「──太! ──太! ──!」
ママの声が微かに聞こえたかと思うと、それは炎の轟音にかき消された。
***
「──大丈夫ですか? 少年」
聞き覚えのない声と、僕を揺らす腕。
目を開くと、視界の先に知っているものは一つもなかった。というより、僕を起こしたおじさん以外になにも存在しない。
しかし床ぐらいはある。黒いタイルが敷き詰められた床が見えるのだ。永遠に広がっているように思えるそれは、不思議と現実にあるものとは思えなかった。
(ここは……天国? )
ついさっきまで家で炎に包まれていたのに、突然見知らぬところに移動しているのだ。そう思わざるを得ない。
「今日も若者じゃありませんね……いや、若者ですけどね? 」
訳の分からない状況だけど、このおじさんが神様だってことぐらいは、判断できる。
死んじゃったら神様のところに行くんだよって話を聞いたことがあるからね。
けど……白いスーツに短く切られた髪の毛。以外と普通の見た目なんだな。神様って。
……そんなことはどうだっていいや。
今は、この状況の整理が最優先。
それをするには、この神様から情報を貰うしかない。だから質問する。
元気よく大きな声で話すってのは基本中の基本だ。
「……神様! 僕は……僕は、死んじゃったんですか?」
問いかける僕を見ると、神様は不思議そうに首を傾げる。
「……神様ですか。そういえば前に召喚した男の人もそんなことを言ってましたね……なんなんでしょう。異世界人は召喚士を神様と呼ぶ傾向があるのでしょうか 」
異世界人? 召喚?
初めて聞く単語が多すぎて、内容が頭に入ってこない。
「あ、質問に答えられてませんでしたね。死んではいませんよ。だからこれから還す作業に入るところです 」
……よかった。生きているんだ。
やっぱり言っていることは意味不明だけど。とにかく、じっとしていればいいのかな?
「いやー、それにしても炎に巻かれながら召喚されるなんて不思議なこともあったものですねぇ。魔法陣に不備があったのでしょうか……?」
なんか神様がブツブツ独り言を言い始めた。
不思議な空間にいて、子供特有の探究心を擽られているのは否定できない。それでも黙ってそのつまらない話に耳を傾けていられるのは、ついさっきまでの焦りが残っているから。
まだ炎の熱さで体が火照っているのが分かる。
「──少年。再転送の準備ができましたよ 」
「……え、あ、はい!」
少しのラグを生じて答える。
立ち上がると、突然床に綺麗な模様が現れて光を放ち、僕を包み込んだ。
良かった……以外と早くお家に戻れるみたいだ。またママに会えるんだよね。
「あ、言い忘れてましたがオプションということで、記憶は消しておきますね 」
……へ?記憶を消すってどういう──
***
今日は大好きなママの誕生日!
だから今日は一日いい子でいるんだ。けどそれだけじゃつまらない。
……えーっと、何をするんだっけ。
肩もみでもしようかな?