1―1 転移はしません。させる側の人間なので。
戦争とは、実にくだらないものだ。
何かを得ようとする代償として、より多くのものを失う。そこに勝敗の有無はない。
しかしそれを実感することになろうとは、思ってもみなかった。
つい半年前に終戦を迎えた世界大戦により、世界人口の三割が死滅した。その内の半分以上が、兵士として戦火に飲まれた若者である。
まあ、裏を返せば半分は一般市民だったわけなのだが。
当然、労働人口は激減。
溢れかえった難民は自分たちの命を守るため、暴動を頻発させ、自警団を名乗る者たちは無意味な虐殺を繰り返した。
世界大戦に加え、さらには一ヶ月に〇.一%ずつ人口の減少が続いているらしい。
勿論、権力者はその状況を打破しようとしたが、全て逆効果だった。争いは新たな争いを生む。その言葉通りである。
遂には、軍隊の派遣をどの国も諦めてしまう事態になった。
──私の国を除いて。
私の国も軍隊の派遣は止めたが、代わりにある政策を打ち出した。
労働人口が減少しているなら、若者を連れてくればいい。
どこから?
異世界から。
どうやって?
そりゃまあ、異世界召喚というやつでしょう。まあ、呼び出す役目を担っているのは女神なんかじゃなく、召喚士なんだが。
ともかく、その政策に納得した市民は一時暴動を終息させた。
結果を出せば、平和な世界に戻っていくだろう。
そんな世の中で、転職を余儀なくされた者が一人いた。
──はい、私のことです。
例外なく政府に招集され、異世界召喚の仕事を今日、始めます。軽くレクチャーはされたものの基本的にはアドリブの仕事です。まだ緊張が解れません。
ここまで聞くと、異世界から人を召喚するだなんて、大変な仕事に思えるでしょう。倫理的に様々な問題がヒレを付けてきそうですから。しかし、私が召喚士として請け負った仕事はたったの三つだけ。
一つは当然、異世界から若者を召喚すること。ただ、召喚される人物を指定できるわけではないので、子供や高齢者が召喚されたら、速やかに記憶を消して送り返します。
十八歳未満、あるいは四十歳以上の人々はみな、送還対象です。
二つ目は、召喚された人々の心のケア。
突然知らない場所に飛ばされるわけです。現状の説明をして、混乱させないことが重要だといいます。
尤も、異世界には魔法という概念がないらしいのですが……。
そんな世界の者をすぐに順応させるなんて、無理な話です。まったく……政府も無理難題を押し付けてきますね。
三つ目は、ジョブの決定。
転移者には悪いのですが、召喚された者に好きな道を歩ませるほどの余裕が現段階ではありません。だから相手を観察し、ジョブの適正資格を見極める必要があるそうです。
ニートにだけはなって欲しくない、というのが政府の本音でしょうが……。
それじゃあ召喚した意味がないですからね。むしろマイナスですね。
ちなみに、チートは与えられません。
この世界に召喚された者は、やたらチートアイテムやチートスキルを求めてくるようなのですが、そんな物があればとっくに問題は解決しています。
おっと、そろそろ時間のようですね。記念すべき一回目の召喚を始めるとしましょうか。
***
私、魔法少女マジカルもも!
を現在視聴中のマジカル高橋! 自宅の平和を守っているの!
今日も悪者は現れないから、魔法少女のあるべき姿について研究したり、私に力をくれるアイテム(フィギュア)の手入れをしたりしているわ。
──そんな何気ない魔法少女の日常は当然のように、ドンッという音と共に、見事に崩される。
【要約】背後のドアが勢いよく開いた。
なにかしら?敵襲!?
分かりきっていながらも、一瞥するように視線を向ければ。そこに立っていたのは、怪人『BBA』。
マジカル高橋史上最強と謳われるその怪人は、座り込んだ私を高い目で見つめていた。
「剛、いつになったら就職するの!いつまでも家でアニメばっかり見て! そんな暇があるならハローワークにでも行ってきなさい!」
そう言うと、怪人は手に持ったゴミ袋に次々と私のアイテムを詰めていく。
あ、ちょっと、限定品……。
オークションで十万で落札した物まで……。
なんて無情な……さすがは怪人、心が無いの?
一通りコレクションをゴミ袋に詰めると、怪人は私に言い放つ。
「十分以内に外に出なさい。さもないとこれは廃品回収行きだよ」
顔から血の気が引くのを感じた。
究極の選択。二年ぶりの外出か、五年分のコレクション。年中無休で自宅警備を続けてきた記録が打ち止めになるのは悔しいけど、背に腹は変えられない。
激情を通り越して、思わず素に戻ってしまっていた。
「覚えてろでござる……怪人!」
雑魚キャラのようなセリフを吐き捨て、着替えもせずに外へ向かう。
怪人がなにか言っているが、取り敢えず無視。早く外にでなければ、そんな使命感が襲ってくる。
玄関の戸を開けると、そこは別世界だった。
どうやら今年の夏は猛暑らしい。冷房で冷えた体に、日光の継続ダメージが刺さる。
……さて、何をしたものか……。
もちろんの事、ハロワに行く気などない。
ぶらつきながら怪人のほとぼりが冷めるのを待つか。公園にでも居座って三次元の希望たちでも眺めるか……。
ちなみに漫喫やネットカフェには行けない。慌てて出てきたせいで、金を忘れた。
しかしこのままじゃあ、日光に殺される。
実際、既に幻覚が見えている。足元に、半径五メートル程度の魔法陣らしきものが広がっているのが見えるのだ。さらにこの魔法陣、移動するとそれに伴って付いて来る。常に中心が私になるようになっているということだ。
「二年ぶりの外はハードモードでござる……」
重い瞼で長めの瞬きをして、目を開ける。
と、魔法陣は消えて見慣れない床が広がっていた。よく磨かれた黒いタイルは、確実にさっきまで足を乗せていたコンクリートとは違う。
ふと顔を上げると、白いスーツを着た男が覗き込んでいた。
「…………!」
驚いて、みっともなく尻尾を巻いて逃げようとする。
知らない人にいきなり覗かれたわけだ。家族以外の人を三次元で見るのも、二年ぶりのこと。こんなリアクションでも責めないでほしい。
「これは失敬。驚かせてしまいましたね。異世界人を初めて見たものですから、感動して。え……と、三十歳程度ですね。問題なしっと」
白スーツの男は、にこやかな表情のままメモ用紙にペンを走らせる。
な、なにを言っているのでござるか?
異世界人……? あ、納得。
勇者パターンでござろう?
そろそろ転移してもおかしくないんじゃないかって思ってたでござる。
「思いの外落ち着いてますね……。んじゃ、心のケアは省略ってことで」
この状況から察するに、ここは異世界。つまり私は、三十路ニートの勇者。典型的な主人公。
「神様! チートなら魔法少女になれるステッキがいいでござる! まあ美少女と会えるなら妥協して魔道士でもいいでござる」
グイグイ要望をぶちまける私に、異世界人と名乗る男は容赦なく怪訝そうな目を向けてきた。
「……ジョブに魔法少女はありません。ちなみに魔道士は戦争の火種になりかねないので要りません。そうですね……貴方は御者がいいでしょう」
……は?
御者? なにそれ? どんなスキルがあるの?
「それでは、田中剛さん。ようこそ異世界へ!! 充実した日々を送ることを心より願っております」
「え……ちょっ、待って! 御者って何?」
周りの黒いタイルが淡くなっていく。きっと異世界と現世の狭間から、異世界へ飛ぶのだろう。
無理やり話を丸め込まれた感じが否めないが、異世界に飛ぶ前に、なんとしても御者についてのことを聞かねば。
「あー、異世界の方ではあまりメジャーなジョブではないようですね 御者というのはーー」
自分以外の全てが眩しく光る。
最後まで聞けなかったが、マイナーな職業だということは分かった。つまり、冒険に関する職業であることに間違いないだろう。
「期待が高まるでござる!」
光が消え、おそるおそる目を開けると、私は馬車の運転席に座っていた。
──後ろにお客を乗せながら。
「なにやってるんだ御者! 早く出発しろ! 」
私が突然現れたことを他所にして、後席から叫び声が聞こえる。
「……覚えてろでござるぅぅぅう!! 」
この話の続きは第6部、異世界での生活編『人を見た目で判断してはいけません』より掲載しております。マジカル高橋の夢が……?