本当の私は、そんなんじゃない
「…では最後に、3分間で自己PRをお願いします」
「あ…」
穏やかな表情の面接官と目が合った時、頭の中が真っ白になってしまった。自己PR…自己PR?
…なんだっけそれ?なんて答えれば、正解なんだろう?いや、答えなんてなくて、そもそも私って…。
「…大丈夫ですか?」
「すいません…」
会議室が騒ついた。壁際にいた他の面接官も、横に座る就活生たちも一斉に私を眺めている。落ち着け。落ち着け私。大丈夫。あれだけ練習してきた。もう一度ゆっくり考えてみよう。そう、私は高岡ナツキ。努力家でリーダーシップがあり親しみやすく仲間内では潤滑油的存在で…そう、とにかく私は、御社の求める人材に、ぴったりの人物だ。そのことを早く伝えなければ…!
「…よろしければ、次に移ります」
「あ…!」
顔を上げると、目の前の試験官が悲しそうな顔で私を眺めていた。他の就活生達のホッとしたような、勝ち誇ったような顔が、ずっと私の瞼の裏に焼きついて離れなかった。
それからどうやってここまでたどり着いたのか、全く覚えていない。気がつくと、私は帰りの電車の中で揺られていた。窓の外では、見知らぬ他県の街並みが橙色に染まっている。夕景をその目に映しながら…実際には私は何も見てはいなかった。今は、目に入るもの全てを脳が拒んでいる。失敗した。最終面接だったのに。最後の最後で。真っ黒な思いが、目の前でぐるぐる渦巻いていた。
「ハァ…」
…何だかもう、とても疲れてしまった。だいたい、何が自己PRだっていうのよ。「自分はこんなに立派な人間です」って、みんなで嘘付き合って何になるっていうの?本当の私は、そんなんじゃない。本当はみんなに比べて努力家でもないし、親しみやすくもない。そんなものは面接用にとってつけた仮面だ。本当の私は…ありのままの私は…。
…あれ?
本当の私って、なんだったっけ?
だんだんと景色が見慣れた夜の街に変わっていっても、私はまだその答えを見つけられずにいた。
「……」
一人暮らしのマンションにたどり着くと、ただいまも言わず私はベッドに転がり込んだ。お腹はペコペコに空いているのに、料理をする気力も湧いてこない。意味もなく枕に頭を埋めて、声にならない唸り声を出し続けた。もう、ダメだ。このまま死んだほうがマシだ。ああ…そうか。やっと見つけた。これが本当の私なんだ。無気力で、ネガティヴで…ダメ人間。このままじゃ、明日の面接もままならない…。
「おかえり。もう帰ってたの?」
「きゃあっ!?」
突然耳元で声をかけられ、私は飛び起きた。目の前にいたのは、どこかで見たような顔の女の子だった。
「だれっ!?」
「忘れたの?わたしはあなたよ。本当のあなた。ありのままのあなた」
「何…!?」
同い年くらいだろうか、私が呆気にとられていると、その子はまるで自分の部屋にいるかのように近くのソファでくつろぎ出した。
「わたしを探していたんでしょう?」
「誰?」
「だから、あなたよ。わたしはあなた」
「そんな…」
まるで鏡を見ているような光景に、私は言葉を失った。夢でも見ているのだろうか?面接に落ちて、精神をかき乱されていたから、こんな妙な夢を見ているのかもしれない。しばらくじっと見つめていると、わたしが私に微笑みかけてきた。
「忘れちゃったんでしょう?本当のわたしのこと。だから泣いてた」
「別に、泣いてなんか…」
「誤魔化しても無駄よ。わたしはあなたなんだから。でも、もう大丈夫」
「え?」
わたしはそっと、私を抱きかかえた。ちょうど母親が、小さな子供をあやすように。
「わたしだけは、本当のあなたを…ありのままのあなたを知ってる。わたしの知ってるあなたは、ダメ人間なんかじゃないわ」
「ちょっと…!」
「思い出して。努力家で…とっても親しみやすかったじゃない」
「そ…そうかな…?」
暖かなわたしの体温が、冷えていた私の心に触れて伝わっていく。わたしの腕の中で、私は何だか幼い頃に戻ったような気分になった。
「『仮面』なんかつけなくても、本当のあなたはとても素敵よ」
「…!」
「さあ…もう夢から帰る時間…。安心して…目が覚めたら、わたしがそんな本当のあなたになってあげる…」
「え…?」
見上げたわたしの表情は、まるで聖母のように穏やかな笑みを浮かべていた。
「なんだ夢か…」
…目が覚めると、わたしはベッドの中にいた。時計を覗き込むと、ちょうど日付が変わっていた。どうやら夢を見ていたようだ。一体どんな夢だったのか、全く思い出せない。でも、何だかとても心が穏やかで…スッキリした気分だった。
明日もまた、面接がある。あれこれ考えるのは止めて、今日はもう休もう。毛布に包まりながら、わたしはそっと口角を上げた。大丈夫。きっと上手くいく。わたしは努力家だし、ダメ人間なんかじゃない…もう。




