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あれから4年経った。未だに目覚めない齋藤のもとに、俺は毎日通い続けている。
高校生になった俺は部活にも入らず、数時間の世話をしたあと夜中はコンビニでバイトをする生活を送っていた。
その収入は協会に先輩伝いで優さんに渡しているが、未だに一度も受け取ってもらえていない。
その金は先輩がちゃんと管理してくれているそうなので、いざという時にはこれを使ってもらうつもりだ。
……優さんは先輩からのお金は受け取っているようだから。
最初親は毎日孤児院に通うことに反対していたが、大切な人が植物状態で…という話をしたら何故かうまい具合に誤解してくれた。
今では何も言わずに送り出してくれている。
毎日孤児院で顔を合わす伊豆さん…健太郎とはすっかり打ち解け、今では下の名前で呼び合うほど親しくなっていた。
今では唯一の友人と呼べる存在かもしれない。
先輩は――今では昔ほど冷たい目を向けてこない。でも俺は、この人が苦手だ。
俺がバイトをしている時間は、この人が齋藤の世話をしてくれている。
齋藤が『こう』なってしまった原因がわかるようになった子供たちは、きっと俺のことを軽蔑し、嫌うだろうと思っていた。
しかし、そんな様子はちらりとも見えず、彼らは今でも俺によく懐いている。
きっと――齋藤と過ごした日々が薄れて、俺との時間が上書きされてしまったのだろう。
俺も、最初やその次でいたはずの妻の顔すら、思い出せない。今の俺には、齋藤だけ。
人間の記憶なんてそんなもんなんだ。
あれからずっと寝続けている齋藤の体を、丁寧にタオルで拭く。
日にも当たらず、最小限の栄養しか取っていない斎藤は、身体が小さく顔も幼い。
まるで中学の時から時が止まっているようだ。
「一弥はホントに齋藤くんのことが好きだなぁ」
手つきがイチイチ丁寧!と笑いながら茶化してくる健太郎に使い終わったタオルを投げつける。
「いやいや、本気で褒めてるんだからな。いっそ看護師になればいいのに……向いてると思うぞ?」
「……。俺は、齋藤以外の人間の世話なんて勘弁だ」
そんなこと、考えたこともなかった。
だが斎藤をこんな状態にしておいて、自分がそんなまっとうな道に進むなんて…考えたらいけない。そんな権利、俺にはないんだ。
「ほんっと好きだなぁ…」
「……ああ、大好きだよ」
『この齋藤』は俺の希望だから。
「早く、起きてくれたらいいな」
「……。ああ」