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「家族……。齋藤の、お兄さんなんですか?」
ずっと疑問だったことを口に出す。
それにしては全然似ていないと思った。
「……。そうとも言えるし、違うとも言えるね。それが血のつながっている兄弟を指すのだとしたら、答えはノーだよ」
「え……」
「僕たちはね、孤児院で暮らしてるの」
くるりと俺とは反対を向いたかと思うと、窓の外…ビル群から外れたさびれた町並みの方を指さす。
「旧商店街の近くにある古い教会、知ってる? あそこが僕たちの家」
「みんな、大事な大事な……家族だよ」
しばらく窓に手をついて外を眺めていた男は、少しだけ窓を開けるとこちらを振り向いた。
「僕は柴山栄。キミの通ってる中学の卒業生で、今は高2。好きに呼んでくれていいから」
「……。じゃあ、先輩で」
親しく名前を呼ぶ気にはなれなかった。
「ふぅん、わかった。じゃ、入ろっか」
「えっ」
「なに? キミもそろそろヒロに会いたいでしょう?」
「……会わせて、くれるんですか」
絶対に帰れと言われると思っていた。
「帰れとでも言うと思った?」
俺は正直にうなづく。この人の考えていることはまるで分らない。
「そうだねぇ、僕もできれば会わせたくなかったかな。でもね、場合が場合だから…」
シャッと病床を囲むカーテンを開ける。
そこには…こちらの騒々しさなどまるで気にかけず眠りについている齋藤がいた。
――『最初』の時以来、初めてまともに齋藤の顔を見たかもしれない。
久しぶりに見た齋藤の姿は、頭にぐるりと包帯が巻かれ、頬に大きなガーゼが貼られていた。
顔のところどころに擦り傷のようなものは見えるが、頭の一部がへこんでいるようなことはなく安心する。
当たり前か。この斎藤は死んでいないのだから。
「運よく木がクッションになってくれたみたいでね。骨も折れていなかったそうだよ」
「もう少し位置が悪かったら、串刺しかそのまま転落か……」
「運が、よかったんで――」
「運が良かっただって!?」
突然声を荒げる男に驚く。何か変なことを言っただろうか。「運がよかった」と、自分が言ったんじゃないか。
「運がよかったんなら……ヒロは目を覚ますはずだよ……」
「え……?」
「ヒロが、目を覚まさないんだ。頭を強く打ったって。……植物状態なんだって……」
カーテンの中には、想像もしていなかった現実があった。
死んでいないのなら元気にしているだろうと、単純に考えていた自分のなんと愚かなことか。
「ヒロを生き長らえさせるには、こうやって……点滴と鼻から挿した管で栄養を送り続けるしか、ないんだよ」
「いつか起きるかもしれない。でも起きないかもしれない。そんな不安定なものになってしまった」
「きっとヒロなら……家に…優さんに負担をかけるくらいなら死んだ方がマシだって言うんだろうね」
「でも僕たちに、ヒロを殺すことなんてできないんだよ……」
齋藤は、あそこで死んでしまっていた方が幸せだったかもしれないなんて。
……思うわけ、ないじゃないか。
「ねぇ…責任とってよ。……なんでこうなるのがヒロじゃなきゃいけなかったんだよ……」
「キミが、キミたちが死んでしまえばよかったのに」
無言の部屋に、先輩の大きな声を聞いた誰かが何事かと走ってくる足音が響いた。
その後、先輩に「帰って」と言われるまま帰路に就いた。
あの空気の中、そこに居続けられるほど俺は心が強くない。
やってきた看護師に平謝りして、俺は足早に病室を出た。