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忘れもしない、一回目の高校三年の冬……丁度受験の時期だった。人生における大きな分岐点、そんな大事な時に爆弾は放り込まれた。
その時の俺たちはすっかり齋藤のことなんて忘れ、明るい将来を夢見て学業に励んでいた。
いつもと変わらない毎日。いつもと変わらない日常をずっと生きていくのだと疑いもせず。
それを崩す小さな……そう、すぐに人々から忘れ去られてしまうような小さな事件が起こった。
ある日地方の報道局にいじめの様子が事細かく記録された数枚のCDと、一冊の古い日記帳が届けられた。
ある少年の死の事実と共に。
少年の両親は既に他界しており、差出人は不明。
誰をどう裁いてほしいという言葉すらどこにもなかったらしい。ただ、数年前ある学校で起きた事実だけが届けられた。
それはたちまち世間に広がり、俺たちクラスメイトは罪に問われることさえなかったものの、全員、大学進学はおろか就職にすらつけなかった。
推薦で決まっていた者も、取り消されたらしい。
それだけの影響が、俺たちにあった。……当時はそれが罰なのだと思っていた。
*****
「あれ?なに、知ってた?知ってて声が入らないようにした?」
男の声で、フラッシュバックされた苦い記憶は再び脳の奥へと戻って行った。
叶うことなら、二度と思い出したくない。
でも今――その元凶は俺の目の前にあった。
「……知ってるわけないじゃないですか。ドラマでそういうの見たことがあるだけです……」
「……だよね! だいたい、ヒロすら知らなかったわけだし」
勘弁してくれ……。腹の底から湧き出てきそうな怒りの感情は、本当は目の前の人物にぶつけるものではないのだとわかっている。
こんなの、逆恨みだ。本当に悪いのは、齋藤を死に追いやった俺たちなのに。
『よくも俺の人生を台無しにしてくれたな』
そんな言葉を吐いてしまいそうになる。どうしようもないクズなんだ。俺は。
「だからこそよくわからないんだけどなぁ。ねぇ、キミの名前は?」
「――真鍋、真鍋一弥といいます」
「真鍋……真鍋、ああ、思い出した。いつもどこかに行っている子だね」
ポンと手を叩き、にやにやと笑いだす。
「いじめっ子たちがたまに名前を出してた。男子で唯一直接的にいじめに関与していない子」
「何でそれなのに虐めにあってないんだろうね?顔がいいから?頭がいいから?スポーツができるから?……一匹狼のくせに人気者なんだね、真鍋君は」
「――そんな子だったら、ヒロを助けてあげられたかもしれないのに。酷い、酷い子だね」
嘲れている。軽蔑されている。そんな空気は伝わってくる。
でも俺の耳にはその言葉は一つも入ってきていなかった。
ただ唯一機能している俺の目に映っているのは――
「そんなに気になる? これ」
男はクスリと笑って黒い機械――盗聴器を俺の前に差し出す。
俺は思わずそれに手を伸ばし……途中で手をはじかれた。
「あげないよ」
叩かれた手がじんじんと痛む。
別に、それを取って壊したところで、未来の…いや、過去の俺が救われると思っているわけじゃない。ただ、反射のように手が伸びたんだ。
「ねぇ、異常だと思う?」
「……僕たちはね、家族を守るためなら何でもするよ」
男はニッコリと笑いながら、齋藤を隠すカーテンの向こう側を見ていた。