18
翌日、葬式が行われた。
俺なんかが入っていいわけもなく、孤児院の門の傍で誰にも見つからないように参加する。
今度こそ、今度こそうまくいっていると思ったのに。尋人がいなくなってしまったことにも耐えたのに。何で人間の感情というものはうまくいかないのだろう。
なぁ尋人……
結局、俺はちゃんと償えなかったんだ。齋藤に。
齋藤と『尋人』は、違うから。尋人は許してくれていた。でもそれは……俺の罪を、知らなかったからだ。
でも、大丈夫。これで分かったこともある。
次やりなおしたら――次こそはきっと俺は許される。尋人と一緒にいれる。
次は――
「大丈夫、ドラゴンボールでみんな生き返る」
「――えっ」
いきなり背中にかけられた突拍子もないセリフに振り向くと……少し離れたところに喪服の女性――優さんが立っていた。
「…そんな顔してます。あなた」
「……シスターもドラゴンボールなんて知ってるんですね」
俺の的外れな返答に優さんはクスリと笑うと、反して全く笑っていない目でこちらを見つめてきた。
「それは……私には、沢山子どもがいますからね。……尋人も好きだったんですよ、その漫画」
視線で身が抉られるのではないかと感じた。
「私は一目見たときから、あなたのことが嫌いでした」
「あなたのその目――私、大嫌いです。全てから逃げているような、現実を見ていない目」
「……」
齋藤が死んだことに泣くでもないこの人は、静かに俺を責める。
心当たりがないわけではなかった。確かに繰り返すうちに、一回一回の生への関心は薄れていった。
でも……尋人のことは、確かに好きだったんだ。
――好きだった。本当に。
「あなたみたいな目をした人を一人だけ、見たことがあります」
……? 何の話が始まるんだろう。
優さんは俺の足元を眺めるような視線のまま続ける。
「……その人は、まだここがちゃんとした教会だった時によくいらっしゃる熱心な信者の方でした」
「ある日突然、自分は預言者だと言い出したんです。自分は特別な人間だと。神が与えた2度目の人生を生きているのだと」
もしかして……それは俺と同じ境遇の人間なんじゃないか?
『これ』を経験している人間が自分だけではないということに、無性に心が躍った。
やっぱりこれは俺の妄想なんかじゃなかった!今まで誰にも肯定してもらえなかった自分の奥底の感情が救われた気がした。
「その人は……今どこに……」
思わず俺は口を挟んでいた。
「……精神病院に。彼は狂人でした」
「……」
精神、病院。
「彼は“将来この人は大量の人間を殺すから”と言って、ある教会の神父を殺しました」
「……それは……」
尋人たちの家の……?
「そんな事件の起きた協会は、神の加護など得られない。そうしていつしかその協会は……協会ではなくなったんです」
「彼の言っていたことは、もしかしたら正しいことだったのかもしれません。もしかしたらその神父は将来殺人鬼になっていたのかもしれません」
「でも、今生きている彼は、確かに立派な神父だったんです」
「彼だってそれを知っていたはずなんです」
「どうして、どうして殺す以外の方法で介入できなかったんでしょうか」
「どうして、今を大切に生きられなかったんでしょうか」
「……後に聞いた話ですが、彼は病室の中で「次はうまくやる。神よ早く私を次の世界に連れていってください」と言っていたそうです」
「確かに『もう一度』があるのなら、今回失敗しても次があるかもしれません」
「でもそういう生き方って……寂しいですよね。ゲームか何かのよう」
「そこに出てくる登場キャラクターに情なんてないのね」
「……でも、それはただの彼の妄想かもしれない。ただの……精神を病んだ人に神父は殺されてしまったのかもしれない」
「……」
口をはさむ隙間すらなく、優さんの話は終わった。
俺は、俺は、どうすればいいんだろう。
次なんて本当にあるのか?俺は精神病者なのか?
次があったとして、ここでの齋藤たちを不幸にした俺の罪はなかったことになるのか?
次って、なんだ……?
「……ごめんなさい。無駄話をしてしまいましたね。でもね、似てるの。本当に……。あなたにはとても、失礼かもしれないけど」
「いえ……」
その狂人は、俺だ。俺と同じなんだ。
尋人は尋人でしかなかった。何で最初から、自分から変えようと思わなかったんだ。
何でいじめているやつを止められなかった?
償うべきは『死のうとしたあいつ』、じゃなくて『あいつ自身』であるべきなのに。どうしてそんなことに気づかなかったんだよ……。
「……一方的で本当に申し訳ないのだけど、でも私、やっぱりあなたが嫌い。尋人を救えなかったあなたが大嫌い」
「……」
「でも…もしも……もしも、ね。次があるのだとしたら。今度こそ尋人を…いえ、あなたの人生を大事に生きて……?」
さめざめと泣きだした彼女から、俺は目を離すことができなかった。
しかし彼女が俺を見ることはない。きっと、もう二度と。
「……変なこと言っちゃってごめんなさいね」
しばらく無言で泣いていた彼女はそう言いながら、背中を向けて歩き出した。その姿は……まるで老婆のように見えた。
……俺は今まで何度、この人を不幸にしてきたんだろう。知っても、仕方のないことだけど。
リセットは、もうしない。
最初からしちゃいけなかったんだ。……これが俺の、人生なのだから。