17
尋人がいなくなってから1ヶ月。
尋人の介護をしていた時より格段に短い時間だったはずなのに、俺にはとても長く感じた。
「来年、真鍋は受験生なんだよな。……大学へは、行くのか?」
いつになく暗い声で齋藤が言う。
「……まだ、そういうことは考えていないな」
「何だ?唐突に」
笑顔で首をひねってみせた。
最近確かに『齋藤を中学校中退に追い込んだ自分が、のうのうと大学生になってもいいのか』という思いから進学を希望していいものかと悩んでいた。
それを察されてしまったのだろうか。
「俺は齋藤が望むなら――」
「これ」
伸ばされた腕に「進学なんてしない」と言う言葉はさえぎられた。ずっと傍にいて今までのように世話をするのが俺の義務だという話ではないようだ。
齋藤の手には数枚のCD。
「これを本来の意図で使えば……おれは真鍋の人生をめちゃくちゃにすることができる…らしい」
「それは――」
「盗聴データが入ってるんだって。兄ちゃんがくれた」
背筋が凍りついた。
……ああ、これは……これはいけない……。
また繰り返してしまう。あの生き地獄を。
「こんなおいしい餌、メディアが食いつかないわけがないって」
「……」
終わらせなきゃいけない。終わらせなきゃ。
早くリセットしてしまわないと。
足先も指もひどく冷たい。体の震えが止まらない。
頭はただ「これを終わらせろ」と警鐘を鳴らし続けていた。
「おれ、おかしいかな? きっとおかしいんだ。起きてから、真鍋のことが気になって気になってしかたない」
「……?」
「なのに真鍋は……真鍋はいつだっておれを見ているようで、全くおれを見ていないんだ……!!」
思わず「はぁ?」と言ってしまいそうになる。何を言ってるんだ、こいつ。
俺はいつだって齋藤の傍にいて齋藤を見てきたじゃないか。尋人がいなくなってからずっと。
「こうやって脅せば、少しは見てくれるかと思ったのに――全然、表情一つ動かさない真鍋が憎い。憎いよ……」
盗聴データを見せられた時の動揺は、どうやら伝わっていなかったらしい。
まずそこに安心した自分に呆れる。
「なぁ!なんで今も、目の前におれがいるのに……!!」
「どうやったら真鍋はおれを見てくれるんだ? どうやったら一緒にいてくれるんだ?」
……わけが、わからない。先輩並みに理解不能だ。やっぱり血は繋がってなくても家族は家族か。
そう言ったら先輩は喜びそうだな。
「そんなこと言わなくても、ずっといるさ。――だって俺たち…」
望んでいることを言おう。齋藤の望むままにいよう。それが俺の償いだろ?
「……友達だろ?」
傷ついたような顔をする。おいおい何でそんな顔するんだよ。
この言葉を、望んでいたんだろう?
「っ……そう、だな。そうだよな……」
「おれを見捨てないでくれたのはお前だけなんだ……真鍋だけなんだよ……」
俺にすがり付いて泣く齋藤は、やはり子供の精神のままなのだろう。
孤児院のチビたちにするように頭を撫でた。
*****
次の日、俺の携帯電話に先輩からメールが入った。
『ヒロが自殺した』
その一文だけ、記された
孤児院に向かった俺は、そこにいたチビたちに聞いて、病室の窓から飛び降りての自殺だったと知った。
先輩は一向に俺の前に姿を現そうとしない。……きっと俺を見限ったのだろう。
メールだけでも、送ってくれたことに感謝した。
……電話でなくメールだったのも、先輩は俺の声すらもう聴きたくなかったからだろうか。
もう彼が俺を責めることはない。その現実が無性に淋しかった。
盗聴のデータの入ったCDは、全て壊されてゴミ箱に捨てられていたそうだ。
せめて俺には迷惑をかけない、とでもいうように。




