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「尋人っ!?」
学校が終わってすぐに尋人の病室へ駆け込む。
どうか、何もなくそこにいてほしい。尋人はきっと、尋人のままでいてくれる……。
声に反応してこちらを見た尋人は――
俺をおびえた目で見て、肩を震わせた。
「あ……」
これは――こいつは、俺の尋人じゃない。
「どうやら、記憶を失っていた時のことは覚えてないみたいだよ」
後ろからやってきた先輩が、呆然としている俺に話しかける。
その内容が、俺の胸をずしりと圧迫する。
尋人がいない。尋人が消えてしまった。俺を忘れたくないと言っていた尋人は、もういないんだ。
「これ、ヒロのクラスメイトだった真鍋君。覚えてる?」
先輩が「これ」と無造作に俺を指さす。
「真鍋……あ、ああ」
この齋藤も俺を覚えていた。……当たり前か。半年近く同じクラスにいたんだ。
「4年間…ずっと、ヒロの面倒をみてくれてたんだよ」
先輩から放たれた意外な言葉に動揺して、勢いよく発言元を見る。
今までに見たこともないくらい、ニッコリと、笑っていた。
元の、前の齋藤が帰ってきて、ご満悦ということなのか?
尋人の時と、えらい違いじゃないか。
「もう、褒めたんだから素直に喜べばいいのに」
茶化して笑う先輩は、俺の知っている先輩とは別人のように見えた。
「え……ホントなのか?真鍋」
「……ああ」
なんというか……バツが悪い。今の俺は、苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。
「そっか。……ありがとう、真鍋」
「え……いや、こっちこそ、本当に悪いことを…した。償っても償いきれないものだと思ってる」
こいつは、何を言ってるんだろう。なんでそんなことが言えるんだ?
おかしい。おかしい。思っていたのと違う。
「……何言ってるんだよ。真鍋は何もしてないだろ?」
「見てて何もしないのは、最低じゃないか。それに――」
俺は一度、齋藤を殺した。見殺しなんかじゃなく。
「別に、気にしてない。それよりも……今ここにいてくれるのが、嬉しい」
「4年間も、見捨てないでいてくれて……ありがとう。真鍋」
何も知らない齋藤にそう言われることに、胸にグサリと刃物が刺さるような痛みが襲う。
違う。俺が欲しかったものと……違う。
俺は許してもらいたかったんじゃないのか?
別に罵られたかった訳じゃない。殴られたかったわけでも。罰は十分に受けていたと思っていたんだから。
じゃあ俺は何が不満なんだ?
本当は罰が欲しかったから?相手が、尋人じゃないから?
わからない。わからない。俺が何を望んで齋藤に関わってきたのか、急にわからなくなってしまった。
*****
「くそっ、何でこんなに動けないんだ……」
俺はそのあと、いつものようにリハビリに同行していた。
……尋人と過ごした日常を、これからは齋藤と一緒に過ごすことになる。
「どうした?」
無言のまま後ろを追う俺を、齋藤が不思議そうに振り返った。
「いや……もうちょっと、リハビリ時間増やすか?」
無理やり顔に笑みを貼りつける。
あいつが…尋人が頑張ってここまで動けるようになったのに。
それを知らずにこの齋藤は文句を言う。ここまで回復するのにどれだけ尋人が努力したと思ってるんだ…。
無性にイラついた。
尋人は文句なんて一度も言わなかった。弱音も吐かなかった。
やっぱりこいつは、尋人じゃない。