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めぐる世界の幸せを  作者: 麻埜ぼったー
15/21

15

「尋人……?」


恐る恐る病室のドアを開ける。




「一弥!」


その途端に響く、焦ったような上ずった声。

そのことにはあまり気を留めず、ちゃんと俺の名前を呼んだ尋人にホッと息を吐く。



「なんだ?」


「一弥!一弥!丁度良かった。なぁ、この人誰だかわかるか?」


そう言って尋人が指さす先を見ると、来客用のソファーに座るうつむいた男の姿。



「え……」



その姿は、見慣れた、見慣れすぎている人でしかない。


「先輩……」



「一弥の先輩なのか?」


「え、いや……そうではあるけど……」


どういうことだ。これは何が起きている。



「真鍋くん。ちょっと、いい」


力なく立ち上がった先輩は、俺たちの方に近寄ってきたかと思うと、返事を待たず部屋の外に出て行った。



「尋人、ごめん。ちょっと先輩と話してくるから……」


早く行かないと後で何をされるかわかったもんじゃない。



「えっ、ああ。早く帰ってきてくれよ」


何故か驚いたような表情をした尋人は、ニコニコと笑う。

無邪気に笑う尋人が今は怖かった。





*****





「キミ、……ヒロに何したの」


部屋を出たとたんにすぐ横から声がかかる。

ドアの傍にいるとは思わず体が跳ねる。


「ねぇ、何したんだよ……」


そう言いながらしゃがみこみ、今にも泣きだしそうな先輩にどうしていいのかわからず戸惑う。

とりあえずそのままの姿勢でいるわけにもいかず、先輩の顔を覗き込むように俺も膝をついた。


「あの、俺は本当に何も――」


ガッと胸倉をつかまれる。


「キミしかいないじゃないか!!キミが壊したんだ!また!!」



バタバタと看護師が駆けてくる音がする。

ああ、いつかのようだ。場違いにもそう思ってしまった。





*****





放心したまま尋人の部屋に戻る。



「一弥、大丈夫か……? おれのせいで、あの人に怒られたのか……?」




「何で、そう思うんだ?」


「おれが、覚えていないといけなかったんだろ? おれのせいで一弥にもあの人にも迷惑を――」



「違う。そうじゃない。俺が悪いことをしたんだ、あの人に。尋人は関係ない」


全部全部悪いのは俺なんだ。今の尋人は確かに少し様子がおかしいが、元凶は――



「……一弥、おれ、最近おかしいんだ」


ゆっくりと首を横に振りながら言う。

その言葉から、堰を切ったように尋人は話し出した。




「偶に記憶が混乱するのがわかるんだ」


「最初は食べ物。食べた筈なのに食べてないって言い張ったらしい」


「次はゴミ箱の位置が分からなくなった」


「次は、一弥の名前」


「次は病室の位置」



「……おれ、脳みそがおかしくなったのかな? どんどん『おれ』が消えていくんだ」



「起きたばかりの時以上に、周りのことがわからない」


「わからないんだ」



尋人は、やっぱりどこか悪い場所を打ってしまっていて、今頃後遺症がでているんだ。

あとで看護師に話しておこう。どこかに悪いところがあるのなら、きっと治せるはずだから。




「おれ、思い出せるよな?」


「一弥のこと、忘れないでいられるよな?」


「……一弥を忘れたくない。この大切な時間を、なくしたくない……」



「…………」



尋人は、俺と同じことを考えていた。俺との時間を大切なものだと思っていてくれた。




「大丈夫、大丈夫だ。尋人が忘れてしまっても、俺が尋人のことを覚えているから」


「何度だって、思い出させるよ」






尋人が俺と同じ気持ちでいてくれた。

俺はそのことが嬉しかった。嬉しすぎて……尋人の言葉の意味を、ちゃんと考えられていなかったんだ。



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