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めぐる世界の幸せを  作者: 麻埜ぼったー
14/21

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「どうだ、ここまで歩けるようになったぞ!」



尋人が得意げな顔で振り向く。俺はそれに笑って手を振ってやった。



今俺たちはリハビリ室に来ている。

日々の欠かさぬ努力により、尋人の筋力は順調に回復していった。数日前からはこうしてリハビリ室でのリハビリをしている。

邪魔しなければ付き添いも許されるらしく、俺は両手で棒に掴まってよたよたと歩く尋人を眺めることを毎日の楽しみとしていた。


尋人もベッドの上にいたころよりもずっと楽しそうにしている気がする。



ああ、こうしていると、昔のことは夢だったんじゃないかとすら思う。

……今がこれまでの人生の中で一番楽しく、充実していた。本当に俺なんかが、こんなに満たされていていいのかってくらいに。


目覚める前の尋人の世話をしているときも、あれはあれで楽しくはあった。

健太郎や先輩、チビたちに囲まれて……でも、尋人をこんな風にしておいて、と自分を戒めていた。今はそれがない。


記憶のない尋人を齋藤だと、完全に受け入れているんだ。

……これが正しいのかはわからない。でも俺は今確かに幸せで、きっと尋人だって幸せに違いない。



「そうだろ?」



「ん?なんだ一弥。何か言った?」



「……何でもない。足、よく動くようになったな」



そう言うと尋人はパッと破顔した。


「だろーっ? もうおれどんどん歩ける気がする!もっと歩きたいんだ!」



尋人は本当によく努力している。俺がいないときもベッドで一人で足を上げたりしているのだと看護師から聞いた。それを俺には一言も言わない。

カッコいいなと思った。

こんなことになって落ち込むこともあるだろうに、そんな素振りを見たこともない。明るくて努力家で前向き。俺はそんな尋人が大好きだった。




「これなら車椅子じゃなくても、歩行器で歩くこともできそうですね」


後ろで俺たちの様子を見ていたリハビリの先生がニコニコと笑いながら言う。


「ホントですか先生!」


「ええ。座位も安定してるし、トイレももう病室備えのを使っていいんじゃないかな」


「えっ」

尋人がその動きをとめ、まじまじとリハビリの先生を見る。


「もちろん見守り付きでね。でももうおむつはいいんじゃないかな。尿意もしっかりあるし失禁することももうないんじゃないの?」


「マジでッ!?」

その言葉を聞いて尋人は勢いよくしゃがみこんだ。慌ててそれを支える。その体は小刻みに震えているようだった。



「おおおおおおお……! やった!これであの地獄のように恥ずかしいおむつ生活とはおさらばだ……!」



ああ、なるほど。それがそんなに嬉しかったのか……。それは車椅子から歩行器へのランクアップよりも喜ぶことなのか?


「俺としては、なんだか寂しいがなぁ…尋人のおむつを替えれなくなるのは」


「やめろよおい」



ドン引きした目で見つめてくる尋人に笑って「冗談だ」と返す。

でも半分は本音だ。尋人がどんどん俺の手から離れていくような気がして少し淋しかった。でもそれも、こうして明るく笑う尋人の姿には替えられない。


心から、今が本気で楽しいと思った。

こんなに楽しい人生を送れるのなら、最初から尋人と友達になっていればよかったんだ。

……次は……次こそはうまくやる。


早くリセットしてしまってもいいが、今はこの尋人との時間を楽しみたい。尋人が死ぬまで。

こんな風に考えてしまうのは、はたして友情と言えるのだろうか?

そんなことは……どうでもいいか。






*****





「ああ、今日もいい運動したぁ……」



「お疲れ尋人。お茶でも飲むか?」


歩行器を使って帰ってきた尋人は、いつもより疲労の色が濃いように見えた。

汗をかいたのなら服を着替えさせないとな……と考えながら、水分補給を促す。



「ああ、もらう。ありがとう――あれ」


ペットボトルを受け取ろうとした尋人の動きがピタリと止まる。



「どうした?」


「あ、れ……? ごめん、名前なんだったっけ」


「はっ? ふざけるなら――」



「いや、ホントに自分でもおかしいって思うんだよ。毎日顔を合わせてる友達の名前が思い出せないなんて」


「……」


「おかしいな……なんでこんな……」


パニックになったようなその姿は、ふざけているようには見えない。





この日から、尋人は少しおかしくなってしまった。


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