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めぐる世界の幸せを  作者: 麻埜ぼったー
13/21

13

「やだ、やめろ……!! 近寄るなバカあああああああああああああああ!!!」


病室に尋人の大声が響く。

これはまた看護師が駆けつけてくるんじゃないのか?



「何だよ。今更おむつ交換くらいでどうのこうの言うなよ。今まで体拭いたり歯磨きだとか…尿溜めてる袋の処理だなんだも全部俺がやってたんだ――っと」


意地悪く笑う俺に枕が投げつけられる。

しかし筋肉のない尋人からの攻撃は俺に届くことはなく、投げられた枕はふわりと俺の腕の中に納まった。



「尋人もそのままじゃ気持ち悪いだろ? それとも看護師にやってもらう方がいいのか?」



ピタリと動きが止まる。流石に女性におむつを替えてもらうのには抵抗があるらしい。

涙目になりながら屈辱に耐えている尋人に向かって大声で笑うのもはばかられ、にやにやとしながらおむつを替える俺に、尋人は始終恨めしそうな顔を向けてくる。



「大丈夫、歩けるようになるまでの辛抱だ。リハビリ頑張ろうな?」



終わった後も眉間にしわを寄せて黙っている尋人の頭をクシャリとなでて言うと、しぶしぶといった顔で頷いた。







*****





まだベッドから降りることのできない尋人のリハビリは、ベッド上で行われる。

今まで尋人が寝ている間やっていたのと同じようなことをするらしいということで、リハビリの先生が来ていないときは俺が真似事をしている。

……ちゃんと看護師に許可をもらって。「無理をさせなければむしろ頼みたいくらいだ」と言われたから問題はない、と思う。


正直先生に来てもらう必要なんてないとすら思っているが、病院にいる限りはちゃんと専門の人にやってもらうのが一番なのだろう。

今はとにかく、状態を見ている段階なのだ。と自分を納得させる。



しかしリハビリの間、俺は病室から追い出されている。午前と午後40分ずつあるこの時間は暇で仕方がなかった。



「隣、いい?」



面会室で無料で飲める暖かいお茶を飲んでいると声をかけられる。

聞き覚えのありすぎる声に一瞬体を固くし、すぐに隣の席を勧めた。


「どうぞ。……来てたんですね、先輩」


「うん、さっきね。今日は授業が早く終わったんだ」



先輩は大学に進学したらしい。

高校卒業と共に孤児院を出た先輩に会うことはあまりなくなってしまい、どう日々を過ごしているのかはよくわからない。

しかしどうやら高校の時以上にバイトを入れているようで、こうやって尋人の面会に来ることは少なくなっていた。



「今尋人はリハビリ中ですよ」


「知ってる。さっき追い払われたよ。あの理学療法士顔怖いから苦手なんだよねぇ」



「俺はあなたの方が怖いです」とも言えず微妙な顔で頷く。確かにあの先生は厳ついおっさんで俺も少し苦手だった。



「ねぇ」


先輩にも苦手なものがあるんだな……と思っていると、先輩が声をかけてきた。

長い時間一緒にいて分かったが、先輩は無言の空間が嫌いらしい。これも苦手なものと言えるだろうか。……案外あるものだな、苦手なもの。



「なんですか」


「あのね、今楽しそうにしているキミにこんなこと言うのもあれだとは思うんだけどね?」


「……?はい」


珍しく戸惑っているような、気まずそうな顔をしている先輩にこちらが戸惑う。

どうしたんだろうか。



「……やっぱりあの子は、本当のヒロじゃないように思うの。どうにか本当のヒロに戻らないかなって」


「……」


「少しの間の記憶がないってだけで、尋人は齋藤じゃないんですか……?」


なんだか、納得がいかない。



「記憶ってのは、大事だよ。記憶と経験があってこその尋人の人格なんだ」


……先輩の言っていることはわかる。でも納得するわけにはいかなかった。

俺にとっての尋人はあの尋人でしかない。


しかし先輩を不機嫌にさせるのは得策ではない。何か適当にでも応えなければ……。



「日記でも見せれば、思い出すんじゃないですか?」


そういえば最初の時、ニュースで報道されていた証拠はCDと日記だ。尋人は日記を書いていたはず。



「日記? うーん尋人は日記なんて書いていなかったからなぁ…」


尋人は日記を書いていない? じゃあ俺たちを追い詰めたあの証拠品はなんだったんだ?

……先輩の、偽造?


……。まさかな。 きっと偶然あの時間軸の齋藤は日記を書いていた、それだけだろう。



「忘れた時と同じだけの衝撃を頭に与えるとか……」



「馬鹿なこと言わないでよ!ヒロにもう一回飛び降りろっていうのかい!?」


すごい勢いで怒鳴られる。冗談だったのに。……ヒロのこととなると冗談が通じない人だ。



「冗談、ですよ…」


「……わかってるよ。でも、冗談でもそういうこと言わないで」



「……。ごめんなさい。不謹慎でした」


……やっぱり俺の性根は腐りきっているらしい。一度死にかけた人間の親族に言う言葉ではなかった。何で人の気持ちを考えられないんだろうな俺は……。




「まぁ、いいよ。キミはそういう人だって知ってるから」


「……」


言われた言葉がズシリと伸し掛かる。



「そろそろリハビリ終わるころかな。僕はヒロに会ってくるけど、一緒に行く?」


「いえ、先輩も俺がいると邪魔でしょうし……」


「そう。じゃあね」



先輩は振り向きもしないで尋人の部屋に向かって行った。

俺は未だに、嫌われているようだ。……当たり前だよな。

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