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めぐる世界の幸せを  作者: 麻埜ぼったー
12/21

12

俺は、言わなくてはいけない。

今を逃せば、きっと俺は言うことができない。




「齋藤、聞いてくれ」


「何だ?」



「……。齋藤が、こんなに長く眠りについていた理由を、誰かから聞いているか?」


「いや……。兄ちゃんも優さんも、何も教えてくれなかったから」



本当に言ってもいいのか?皆が教えたがらなかった事実を、俺が。

……いや、言いたくないのは俺の方なんだ。こんな考えが浮かぶのは逃げたいだけなんだ。

実際、先輩は俺にこれを伝えるなとも言わなかったし……伝えるための時間を用意してくれた。今しかないんだ。

心の中で自分に喝を入れる。



「……。全部――俺が、悪かったんだ」


「俺が、殺したんだ……」



全部話して許しを請う。今俺にできることはこれだけだ。

卑怯だとは、わかっている。記憶のない齋藤に謝ったって、本来の意味での許しは得られないと。








「覚えていないものは、許しようがないなぁ」


一通りの話を聞き終わった齋藤は、へらりと笑ってそう言った。



「おれはね、何も知らない。何にも覚えちゃいないんだ」


「だから、真鍋が謝るようなことなんて、何もないんだよ」


「謝るべき人はおれじゃないんだ」



分かっていた。こういう答えが返ってくることは。

卑怯者だと、暗に言われているように感じてチクリと心臓が痛む。



「……なぁ、だからさ、真鍋。『おれ』とは友達になろうよ」


「……はっ?」



「おれは真鍋の謝りたいおれとは違うから、今はおれと、新しい関係を築ければいいなって思ったんだけど」



「俺で……いいのか?」


こんなクズでどうしようもない人間で。

さっきの話を聞いてたら、絶対にそんなことを思わないはずなのに。



「真鍋と友達になりたいんだ。ずっとおれと一緒にいてくれた真鍋と」






*****







「待て、身の回りの世話って……もしかして、風呂もか?」


自分が寝ていた間のことを教えてほしいと言った齋藤――尋人に、俺の知っていることを話していた時のことだった。

相槌を打ちながら、しかしほぼ黙ったまま聞いていた尋人が、いきなり焦ったように声を上げた。



「風呂というか……タオルで全身を拭いたり、専用の道具で頭を洗ったりはしたな」


いきなりのことで驚きの抜けないまま、正直に答える。



「全身……」



(ああ)

男同士で何をそこまで気にするのかと思ったが、ようやくそこで尋人の言いたいことを察した。

……それはきっと、自殺の引き金だったものだ。簡単に触れていいものか躊躇する。

しかしここで『知らない見ていない』というのは無理があった。



「……背中のやけどを気にしているのか」


尋人の背中に大きく残るやけど跡。それを見た日、俺はこれが尋人が裸になることを嫌がった原因だと確信した。

どう見たって、普通にできるようなものではない。その日のうちに渋る先輩から事情を聴きだした。




「……そっか……知ってる、ならしょうがないか……しょうがないな……」


驚いたように瞠目するが、しばらくすると諦めたように「はは」と力なく笑う。

唾を飲み込むような音が聞こえ、尋人はゆっくりと伏せていた顔を上げた。


「昔、虐待されてたんだ。親父に」


「母さん、耐えきれなくなってさ。親父を刺殺したんだ」


「……そのあと自殺した。おれに『お前のせいだ』って言って」


「……」


端的に、勢いに乗せたように早口で言われたその言葉は、概ね以前先輩に聞いたままの内容だった。




「驚かないな。もしかして、全部兄ちゃんに聞いてた?」


「……悪いとは思ったが、気になってしまって……」


「いや、いいんだ。でも――」



うつむいて口ごもる。しばらく「うう」とも「ぐぅ」ともつかないくぐもった声を出していた尋人だったが、決心したように顔を上げた。



「これを見て、これを聞いて……おれのこと嫌いにならなかったか…?」


不安そうに揺れる瞳をまっすぐに見つめかえした。


「いいや、全然」


これは、この跡は、尋人にとって嫌われること、存在を否定されることの象徴なんだろうか。

もし本当に、これを見られたくなくて自殺していたのだとしたら……


実の両親が与えたトラウマは、幼い尋人の精神にとんでもなく深い傷を残したのだろう。……死という選択肢を用意してしまうくらいに。




いや、俺があんなことをしなければ、尋人は死ぬことなんてなかったんだ。これは責任転嫁でしかない。

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