12
俺は、言わなくてはいけない。
今を逃せば、きっと俺は言うことができない。
「齋藤、聞いてくれ」
「何だ?」
「……。齋藤が、こんなに長く眠りについていた理由を、誰かから聞いているか?」
「いや……。兄ちゃんも優さんも、何も教えてくれなかったから」
本当に言ってもいいのか?皆が教えたがらなかった事実を、俺が。
……いや、言いたくないのは俺の方なんだ。こんな考えが浮かぶのは逃げたいだけなんだ。
実際、先輩は俺にこれを伝えるなとも言わなかったし……伝えるための時間を用意してくれた。今しかないんだ。
心の中で自分に喝を入れる。
「……。全部――俺が、悪かったんだ」
「俺が、殺したんだ……」
全部話して許しを請う。今俺にできることはこれだけだ。
卑怯だとは、わかっている。記憶のない齋藤に謝ったって、本来の意味での許しは得られないと。
「覚えていないものは、許しようがないなぁ」
一通りの話を聞き終わった齋藤は、へらりと笑ってそう言った。
「おれはね、何も知らない。何にも覚えちゃいないんだ」
「だから、真鍋が謝るようなことなんて、何もないんだよ」
「謝るべき人はおれじゃないんだ」
分かっていた。こういう答えが返ってくることは。
卑怯者だと、暗に言われているように感じてチクリと心臓が痛む。
「……なぁ、だからさ、真鍋。『おれ』とは友達になろうよ」
「……はっ?」
「おれは真鍋の謝りたいおれとは違うから、今はおれと、新しい関係を築ければいいなって思ったんだけど」
「俺で……いいのか?」
こんなクズでどうしようもない人間で。
さっきの話を聞いてたら、絶対にそんなことを思わないはずなのに。
「真鍋と友達になりたいんだ。ずっとおれと一緒にいてくれた真鍋と」
*****
「待て、身の回りの世話って……もしかして、風呂もか?」
自分が寝ていた間のことを教えてほしいと言った齋藤――尋人に、俺の知っていることを話していた時のことだった。
相槌を打ちながら、しかしほぼ黙ったまま聞いていた尋人が、いきなり焦ったように声を上げた。
「風呂というか……タオルで全身を拭いたり、専用の道具で頭を洗ったりはしたな」
いきなりのことで驚きの抜けないまま、正直に答える。
「全身……」
(ああ)
男同士で何をそこまで気にするのかと思ったが、ようやくそこで尋人の言いたいことを察した。
……それはきっと、自殺の引き金だったものだ。簡単に触れていいものか躊躇する。
しかしここで『知らない見ていない』というのは無理があった。
「……背中のやけどを気にしているのか」
尋人の背中に大きく残るやけど跡。それを見た日、俺はこれが尋人が裸になることを嫌がった原因だと確信した。
どう見たって、普通にできるようなものではない。その日のうちに渋る先輩から事情を聴きだした。
「……そっか……知ってる、ならしょうがないか……しょうがないな……」
驚いたように瞠目するが、しばらくすると諦めたように「はは」と力なく笑う。
唾を飲み込むような音が聞こえ、尋人はゆっくりと伏せていた顔を上げた。
「昔、虐待されてたんだ。親父に」
「母さん、耐えきれなくなってさ。親父を刺殺したんだ」
「……そのあと自殺した。おれに『お前のせいだ』って言って」
「……」
端的に、勢いに乗せたように早口で言われたその言葉は、概ね以前先輩に聞いたままの内容だった。
「驚かないな。もしかして、全部兄ちゃんに聞いてた?」
「……悪いとは思ったが、気になってしまって……」
「いや、いいんだ。でも――」
うつむいて口ごもる。しばらく「うう」とも「ぐぅ」ともつかないくぐもった声を出していた尋人だったが、決心したように顔を上げた。
「これを見て、これを聞いて……おれのこと嫌いにならなかったか…?」
不安そうに揺れる瞳をまっすぐに見つめかえした。
「いいや、全然」
これは、この跡は、尋人にとって嫌われること、存在を否定されることの象徴なんだろうか。
もし本当に、これを見られたくなくて自殺していたのだとしたら……
実の両親が与えたトラウマは、幼い尋人の精神にとんでもなく深い傷を残したのだろう。……死という選択肢を用意してしまうくらいに。
いや、俺があんなことをしなければ、尋人は死ぬことなんてなかったんだ。これは責任転嫁でしかない。