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数日後、ようやく先輩から許可が下りた。
その日はバイトも休みを入れ、一目散に病院を目指した。
……『あの後』の齋藤に、初めて会う。指先の震えは何から来ているのか、自分でもわからなかった。
「齋藤……入るぞ」
ノックして一言かける。
今回の齋藤の病室は個室だった。せっかく目覚めたのだからと、優さんが奮発したらしい。
俺の貯金も、少しは役に立ってくれているのだろうか。
「あ……どうもです」
俺を見た齋藤は驚いたように目を見開き、小さく頭を下げたかと思うとニッコリと笑った。
この反応はきっと、俺のことには気づいていないのだろう。……流石に4年も経ったら見た目も変わる。
今は、気づいていない方がいいのかもしれない。齋藤の心の平穏のためにも。
「あの、おれが起きた時にいた人ですよね?」
「……。覚えてるのか?」
まさかあの一瞬の出来事を覚えているとは思わなかった。
そして、俺を見て喜ぶように笑う姿も……全く想像していなかった。それを嬉しいと感じている自分も。
「すっごく体が怠くて眠くて……目を開けていられなかったんですけど、ずっと声は聞こえてました」
「とても聞き覚えのある……懐かしい声だなぁって思ったんです。それまで会ったこともないのに、不思議ですよね」
「……」
ああ……健太郎の、言ってた通りだったな……
しかしこの時の俺の予想は少し外れていた。
齋藤は、自分を殺した『真鍋一弥』に気づかなかったわけじゃない。
――目覚めた齋藤は、中学に入学してからの記憶がなかったんだ。
*****
「おれ、なんかいきなり老けたなぁ…」
先輩に渡された手鏡を見て、半ば呆然とした様子で言う。
「そんなに変わっていないと思うが」
確かに頬は少し痩けてしまったが、俺の記憶している中学生の齋藤そのままのように思った。
齋藤が眠りについてから4年。成長期だったはずの男の体が、本人にしかわからない程度にしか成長していないということだ。
「昔のおれを知ってるんですか?」
「……」
思わず口をつぐむ。
助けを求めるように先輩を振り向くと、こちらを見て一度首を縦に振った。言っていいということなのだろうか。
「覚えてないかもしれないが、……元クラスメイトだ。真鍋一弥という」
「……クラスメイトで真鍋って…あの真鍋?」
俺たちの無言のアイコンタクトに訝しげな顔をしていた齋藤が、ハッとしたような顔で俺を見る。
「俺のことを覚えて――知っているのか?」
確か先輩に聞いた話では、中学に上がりたての時までの記憶しかないらしいのに。
「正直、おれにとっては昨日が中学の入学式の次の日だったからなぁ」
と言うと一度言葉を切り、照れくさそうに「へへ」と笑う。
「隣の席だったろ? 友達に、なりたかったんだ」
「随分と男前になったな~」とニコニコしている斎藤を尻目に、俺の心臓はパニックを起こしていた。
――これは、いつの齋藤なんだ。
正直、いつの時、席が隣だったかなんて、覚えていない。うちの学校は初日に引いたくじで最初の席が決まっていたから。
一番最初……もしこの齋藤が一番最初の齋藤なら……この『友達になりたい』と思っていた齋藤を、俺は殺したのか……? 直接、俺の、言葉で
「真鍋、真鍋」
齋藤の声にふっと意識が現実に戻される。
「お前、大丈夫か?」
「あ、いや……大丈夫だ。まさか齋藤が覚えているとは思わなくて、少し驚いた」
「相当、嬉しかったみたいだね?」
先輩がすかさずフォローを……いや、これはフォローなんかじゃない。ニヤついた笑みを貼りつけた、その目のギラつきは……昔の先輩そのものだった。
この人は、俺の考えてることも全部わかってるんだ。齋藤に分からないように、傷口を抉ってくる。
「……ああ」
「そういう風には見えなかったんだけどなぁ」
「じゃあ、僕はちょっと優さんのとこに用事があるから帰るよ。あとはよろしくね? 真鍋君」
ニヤニヤと笑ったまま出ていく先輩は随分とご機嫌のようだ。
……これは、俺にこれまでのことを全部話せって、ことなのか……? そのための時間なのか……?
俺はこの罪を、許してもらうことができるのだろうか。