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亀を買ひて放つ事

作者: 水ノ神 蒼

宇治拾遺物語「亀を買ひて放つ事」の現代語訳小説です。

勝手な解釈やオリジナル要素を含んでいます。

「このお金で、何か高価なものを買ってきなさい」

そう言って親に渡されたのは、五十貫の銭。

子供にこんな大金を持たせるのはどうかと思うが、それだけ信用されているということだろうか。

否、それは違う。

両親は共に忙しく動き回っており、とても買い物をする暇がないのだ。

何故、そんなにも忙しいかというと…。

「明日は皇帝がいらっしゃる大切な日なのだから、しっかり準備しておかなくては」

此処、天竺(てんじく)の皇帝が都より参られるからだ。

人々はその日を”祭り”として、毎年楽しみにしていた。

「くれぐれも、粗相のない立派なものを手に入れてくるのだぞ」

年端も行かぬ子供に言う台詞か。

両親に見えない圧力をかけられ、重い足取りで家を出た。


***


所変わって隣国、そこは更に賑わっていた。

料理に使う食材を売る者、それを買う者。

飾り付ける者、舞を練習する者。

誰もが祭りに向けて準備をしている中、何を買おうかと川沿いを歩いていた。

ふと傍らの川を眺めると、一隻の小船が浮かんでいた。

小船には人が乗っており、何か作業をしているようだった。

気になって見てみれば、小船から亀が首を突き出していた。

か弱い小さな生物に何ということをするのかと若干の憤りを感じ、声を掛けた。

「すいません、その亀は何に使うのですか?」

すると、小船に乗っている人は振り返り答えた。

「殺して、何かに使おうと思うんだ」

何の悪びれも無く言うその人に、怒りが込み上げてくる。

命を奪うだけ奪っておいて、後は何も考えていないのか。

「その亀を譲っては頂けませんか?」

何とか怒りを抑えて言えば、その人は首を振った。

「駄目だ。これは大事なことのために用意したやつだから、どれだけ金を出したところで売るつもりはない」

大事なこと、というのは恐らく祭りのことだろう。

料理に使うのか、はたまた皇帝の土産にでもするのか。

頑なとして断るその人に痺れを切らし、丁度手元にあった五十貫を差し出した。

「これでも駄目ですか?」

目の前に差し出された五十貫を見て、その人は顔色を変えた。

「否、そこまで言うのなら売ってやらんこともない」

そう言うとその人は五十貫を奪うように引っ掴み、逃げるように去っていった。

結局はお金目当て、利益を得れば簡単に退く。

暫くその背を見送った後、残された小船に飛び乗って亀を逃がしてやった。

「さぁお行き、もう捕まるんじゃないよ」

そしてまた暫くその背を見送り、息を吐く。

さて、これからどうしようか。

元々、あの五十貫は祭りのための高価なものを買うために持たされたものだ。

それを亀を助けるために使ったとすれば、両親はどんな反応をするのか。

否、考えずとも答えはすぐに出る。

当然怒るだろうし、最悪の場合、家を追い出されるかもしれない。

それでも、家に帰らないわけにはいかない。

別の意味で重い足取りのまま、来た道を戻る。

その道中、出会った人に声を掛けられた。

「あの、先ほど亀を買われていた方ですよね」

「?はい…、そうですけど…」

それが一体どうしたというのか。

分からずに首を傾げていると、その人は衝撃の事実の口にした。

「貴方に亀を売った商人なんですけど…、此処の下流の渡し場で溺死してしまったんですよ」

「えっ……」

聞いた話によれば、その商人は再び小船の方に戻ってきて、漕ぎ出したらしい。

また亀を捕まえるためか、はたまた別の獲物を捕らえに行くためか。

それは今となっては分からないが、心の中では安心していた。

その商人が死んだことは気の毒だと思うが、亀の安全が守られたことにただほっとしていた。


***


隣国までの道のりは長いが、考え事をしていたこともあって、それほど長くは感じなかった。

亀の問題は解決したが、まだ大きな問題が残っている。

大した言い訳も思い付かず、素直に謝ろうと決心して家の戸を開けた。

「ただいま……」

覚悟はしていたが、戸口にはやはり親が立っていた。

「えっと…、実は…」

本当のことを話そうと口を開いたが、それは遮られた。

「どうしてこのお金を返したんだ」

「………えっ?」

わけが分からず、首を傾げる。

親にお金を返した覚えはないが、一体どういうことか。

「あのお金は亀を逃がすのに使ってしまったから、そんな筈は…」

「亀?」

怪訝そうな顔で問う親に謝ろうと口を開くも、再び遮られた。

「黒い服を着た同じような姿の人が五人来て、それぞれ十貫ずつ渡してきたんだ。これが、そのお金だよ」

そう言って、親は五十貫の銭を見せてきた。

その銭は、不思議なことに濡れていた。

「あれ、何で…」

その時は分からなかったが、ある日、ある一つの考えに辿り着いた。

―あの時助けた亀が、五十貫の銭が川に沈んでいくのを見て、拾い集めて親の所に届けたのだということに。 完

何気に初古典もの…(汗)

少しオリジナリティを入れてみました。

皆様の解釈と違っていたら、申し訳ありませんm(__)m

因みに、天竺というのは現在のインドのことです。

いつか、物語集とか作れたら良いなぁ…。

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― 新着の感想 ―
[良い点] わかりやすい [気になる点] 本文にない動作を想像して書いている点 [一言] 他の作品もどうぞよろしくお願いします
2017/10/21 01:41 国語マスター
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