第七話 お祭り その裏
「ふわぁ……あまぁい!」
「んー!ハニートーストの上にかかってる白い粉、はちみつの粉なのね~どうやって作ってるのかな」
アリスとはちみつに浸されたパンを焼いたものを口いっぱいに頬張りながら、服屋へ向かっていた。甘いモノを食べてるととっても幸せだ。
限定300食はちみつ菓子は、はちみつの在庫切れで丁度一番前に来た時に終わってしまったのだが、そのすぐにギルド員がやってくると、はちみつを補充していった。
アリスはギルドの人たちがもう少し仕事をしっかりしてくれれば。と前に言っていたが、大分変わってきてるんじゃないかなって私は思ってる。
本来なら国が仕切るべきお祭りなのだが、正直このアルトゥーナ公国は自治をするような騎士がまだ整っておらず、ギルド側が動いて足りなくなるような素材を冒険者から普段よりも割高に買い取るため、未だ人は賑わい続けているのだ。
それこそ怠けている役員だらけではこのお祭りは動かないほどに。一応ギルド側にも利益はあるけどね。
本当に腐っているのは本山にいる老害どもだけ。今や東西南北、どこのギルドもアリスの働きにより、大分冒険者の質も、ギルドの運営能力も上がってきていた。
「ねーねー。アリス」
「ん、どうしたの?」
「また、冒険者に戻るつもりはある?」
「ええ、ギルドの仕事が落ち着いたら、ブランクなんて吹き飛ばすくらい頑張るんだから。ユリもうかうかしてると私に抜かされるわよ?」
微笑みながら、聞きたかった言葉を紡いでくれるアリス。
ツキリと、頭が痛む。
「じゃ……じゃぁ、私と一緒に――」
「きゃあああああああああ!」
っ……。
どこからか、耳を塞ぎたくなるような甲高い悲鳴が響き渡る。
しかし、よもやこのお祭りの中で粗相を起こすものがいるとは思わず、すぐに居場所を割り当てることができなかった。
はたとアリスへ視線を送れば、どうやら声の主の位置を割り出せたらしい。
「どこから!?」
「ユリ!路地裏、少し東側から聞こえたわ!」
言うが易し、私はすぐに風の刻印を書いたブーツに力を入れ、アリスの言う方向へと走り、後ろにはアリスが続く形で向かった。
お祭中に不届き者はいらない。
だが、私は愚かであった。アリスと遊べることに気を緩め、あろうことか武器を忘れてしまっていた。
しかし、そんな事を気付く間もなく目的の位置まで辿り着く。
◇
そこには首筋から微かに血を流す女性。そしてその女性を腋に抱える、肌の白い男がいた。
「そこのあなた。今すぐその女性を放しなさい」
「おや……随分とお早い人たちだ。人払いは済ませてからやらせていただいたのですけどねぇ」
男の言葉で、手を抜く必要はないと考え、アリスには女性の救助。私は男を相手取ると視線で伝える。
「ぉぉっと。野蛮なお人だ!」
私は地面を蹴り、男へ掌打を打ち込もうと。アリスは男の背後へ回ろうと、即座に跳び、壁を蹴りあげる。
ほぼ同時に私の掌打、背後に回ったアリスの蹴りが男へ牙を向けるが簡単に受け止められてしまう。
男への警戒度をあげ、掴まれた拳を軸に地面を蹴りあげ体を反転させ、女性を抱える腕の肩へと、本気の速度で蹴りを加えるが、それさえも防がれ弾かれる。
突如背筋が冷え、男の後ろから攻撃を加えようとしたアリスもそれに気づき、掴まれていた手を引き離し同時に後退する。
「ぬるい、ぬるいですねぇ。私のしたことも気づかない愚鈍さ」
不意に頬から何かがこぼれ落ちる感触がし、手で拭えば、赤い血。
「いつのまに……っ」
「こいつ、強いわね」
アリスは袖に鋭利な刃物で切られた跡があり、私と同じように驚愕していた。
今の一瞬まで言わるまで気付かなかった攻撃。
「……本気で行きます」
危険すぎると判断し、余裕な顔を浮かべる男へと短刀を向けようと――
「な、ない」
「ユリ?」
宿屋にそのまま放り出してあることに気付き、愕然とする。
私が剣聖と言われるのは一つ訳がある。魔術の威力は基本アリスにも劣り、剣術、体術も技術は同等。
しかし、だ。私はそんなアリスを凌駕できる魔法回路が生まれつき備わっている。
発動条件は至って簡単。世界に八本しかない、かつて神が振るっていたと言い伝えられる剣。それを持つ時だけは、相手が誰であろうと負けない。
それこそ、私が敵と判断すれば一億の軍隊だろうと、世界の一端に触れる太古の魔術武器所持者であろうと、絶対に負けることは不可能なのだ。
だが、それがなければアリスと同等程度、否、それ以下の強さしか持たない人の子でしかなかった。
微かに滲むユリの橙色の瞳、腰に刺していない短刀で、アリスはユリの慌てよう、焦燥を理解し、一つ賭けに出ることを決意した。
「アリス……」
私の不安に揺らぐ声へ呼応するかのように、アリスは膝を地面につける。
「おやおやぁ?随分と諦めの早いお二方ですねぇ。私としてもあまり時間が無い身、今なら見逃すことも吝かではありません。速やかにお通し願いたい」
しかし、アリスの下げた顔は、その男の言葉に口元を弧を描いていた。
『誰が、諦めるって言ったのよ』
「な!?……っくく、やはりそうでなくては」
アリスの声が二つ、膝を落としていたアリスといつの間にか女性を取り替えして、肩に女性を抱えるアリス。
「アリス、それは」
『はいはい、ユリは早く行く!少しくらいなら耐えれるけど辛いんだから』
「っ……ごめんなさい、すぐ戻るから」
アリスの秘技、痛み分けと呼ばれる魔術。それは体、心、疲労、精神、思考、全てが二分裂させる私でも使えない魔術。
しかし実際にはその数十倍もの負担が身体的にも精神的にもかかり、持って数分……。
アリスから女性を渡され、すぐさま私はこの場から離れた。
離れる際に無言でいた男の顔が、やけに脳裏へ焼き付いていた。
「ごめんなさい……!ごめんなさい……!」
自分の実力を見誤っていた事だけでない。武器を投げ捨てておくなど、アリスの隣に立つこともできないほど愚かであった。
はらり、はらりと必死に走るユリからは、雫がこぼれ落ちていた。