第五話 思惑と我慢
「……どうしよ、かな」
ベッドに寝転がったまま、ただ天井を見つめる。その傍には2本の短刀が放り投げられており、仮にも剣聖と呼ばれる者の扱いではなかった。
もう少し、もう少しなんだ。
ギルドで受付嬢をしている、同じ髪色をした女性を思い浮かべる。まるで本当の姉のような人。ただ人の言うことを聞くだけでしかなかった私に、生きる意味を教えてくれた人。
「会わなくちゃ……」
そう呟く少女の姿は、どこか陰っていた。
***
「はい、確かに受注完了致しました。お気をつけていってらっしゃいませ」
「おうよ、嬢ちゃんも頑張れよ!」
依頼を受けた冒険者にありがとうございますと答えると、豪快に笑いながら依頼へ出かけていく。少女はギルド内を見渡し依頼を受ける人がいないことを確認してから、溜息をついた。
「アリス、どうかしたの?」
「わ、きゃっ」
「あ、ごめんなさい。またなにか書いてたの?」
大抵アリスは冒険者の相手、それに加えてギルドの内部書類を見ながら色々と書物をしているということを繰り返していた。それに加えてそろそろ一周期だろうか、毎日休まずに仕事を続けているのだ。アリスは本来ならば私と同じように迷宮に潜ったり魔術の研究をしているのだけれど、一度ギルドの手伝いをしてからそれ以来ずっと本業のように受付嬢をしている。
正直アリスがギルドの受付をしている間はかなり回転効率が早く、ギルド内は今のように閑散とする。
私から見ていても仕事内容はそんなに量は多くないと思うのだが、何故なのかいっつも疑問に思う。
「いえ、もう纏めることは全て終えましたので……」
「じゃ、じゃぁまた一緒に冒険できるの!?」
「まだやることがあるのでもう少しだけ、ですね」
「そっ……かぁ……」
アリスとは受付嬢をしている前からの知り合いで、「さん」と付けなくなったのはここ最近だが、何度か一緒に迷宮に潜ることがあった。
私と同じタイプの遠近万能型な戦闘スタイルを持つアリスとは、気分で前衛後衛で分かれていたけれど、私がどっちだったとしてもとても戦いやすかった。
だからまた同じように一緒に戦えることを楽しみにしているのだけど……
「あ、あ、えぇと、何かお飲みになりますか?冷やしておいた果実の飲み物がありますよ」
「ん、飲むっ」
「かしこまりました、少々お待ちくださいね」
アリスは冒険者登録を消すとギルド本山から脅されてずぅっと受付嬢の仕事をしている。もうそろそろで半年になるのか。
今のギルドではいけないとアリスは仕事の合間に様々な提案書、仕事を終えた後も迷宮には行かず、冒険者本山の不正事実を探っている。ちなみに不正の事実を流したのは私だ。
いつまでもアリスには受付嬢の仕事を続けて魔術師としての腕も、私でも敵わない剣術の腕も鈍らせてほしくなかった。
でも、それでもアリスは受付嬢を続ける。
もう何がなんだか私には分かんないから、強制的にアリスを引き抜ける組織作りをしている。誰よりも強者でもあり、差別もしないそんな人たちの集まり。
まだまだ時間はかかるけど、アリスだって頑張っているのだ。私だって頑張れる。
「そうだ、アリスアリス」
「はいはい?」
「魔術で空を飛べないかなって術式考えてみたから、時間があったら見ておいて欲しいの!」
「魔力切れ起こしたら危なそうな魔術ですねぇ」
「いっそ常に魔力を自分で補うんじゃなくて、循環させるような感じでできれば永続して飛べそうなんだけど~」
「ふむふむ……いっそ飛ぶ際には自力で魔術展開するのではなく、アクセサリとかを使って魔術を実行させるのはどうでしょうか」
「それだと耐久性に問題が出てきちゃうの!」
「んー……でしたら体全体を浮かせるのではなく、例えば泳ぐように手足だけとかそんな感じで出来ませんか?」
「おお~いいね!ちょっと帰ったら魔術式刻んで試してみるぅ」
「慣れなければ落ちることもありえますから、なるべく低空飛行で」
「分かってるの!」
でも、受付嬢の仕事をしていても構ってくれるアリスがいるから、少しだけ私は我慢できるのだ。
「一緒にお空で散歩しようね!」
「ええ、楽しみにしています」