第三話 布と糸
句読点の位置をよく悩みます。
「ん……っ……う」
ようやく捌き終えた書類から目を離し、冒険者もいないことを確認すると両腕を伸ばして欠伸をする。
ギルド用に新しく誰でも分かるようなシステムや、対応方法を纏めているのだがこの分ではまだまだ掛かりそうだなと考えていた。
「アリスー!」
「わ、と」
不意に呼ばれてすぐに崩していた体勢を整える。見れば普段着ているような戦闘用の服装ではなく、透けたキャミソールとビスチェとデニムで、白い肌がとても映えるユリが走って来ていた。
「どうかなさいましたか?」
「遊びに来たの!」
今は仕事中なためどうしようもないのだが、まぁいいかとユリをカウンターの奥に呼び、私の席の隣へと座らせる。
それから食材の置いてある倉庫へ行き、果実を絞って冷やしておいた液体を、氷で作った器に注いでユリへと渡す。一応氷は溶けないように固定させてあり、取っ手は木で作ってあるのでずっと持ってられないということはない。
できればこれを冷やしても美味しいお酒や果物の飲み物ように広く流通させるか、ギルドに併設されている飲食店で使えないかと考えていた。
「冷たくて美味しいねー」
「それならよかったです」
ふと、彼女は何か思い出したようにポシェット型の次元収納BOXから、黒い布と裁縫道具を取り出す。
何をしているのか聞いても秘密と言い教えてもらえないのだが、着々と黒い布は裁断され、金色の糸を縫い付けられていく。
今日は全くと言っていいほど冒険者は来なく、酒を目当てに入り浸っている者もいるのだが、早朝に依頼を受けて行き、ほぼギルド内はガランとしている。
暫くするとあまりに静かなためか、隣を見るとユリは船を漕いでいた。針を持っているため非情に危ない。待ち針も布には刺してあるため注意する。
「ユリ様、眠たいのでしたら裁縫は止めてそちらのソファで眠ってください」
「んーんぅ……」
まるで駄々こねる子だが、仕方ないとそっと布を手放させ、頭をひざ上まで持ってこさせる。
「終わったらまた出来るんですから、子供は寝ることも大切ですよ」
「ん……」
その内ユリはすぅすぅと寝息を立てながら眠ってしまった。
ふとテーブルに置いてある布を視れば、糸がとんでもない素材だと理解する。
ここ数日ユリはギルドへ依頼も一切受けずに行方をくらましていたのだが、一体どれだけ無茶をしていたのか。
布のはただの市販された布かと思ったら糸からはじめから織ってあり、更にその糸は人魚族だけにしか作れない、退魔の糸。あの種族は未だどこから来るのか分からず、更には住居は海底と言われており、退魔の糸さえ幻の扱いをされていた。しかし書物によれば退魔の糸で織った布はあらゆる魔法を打ち消すという、恐ろしい効果を持つものだと言われていた。
「金色の糸は……一角神獣の角を糸にした物、ですか……」
一角神獣は清らかな乙女しか近づく事を許さないということを聞いたことがあるが、実際にこの子は会ってきたのだろうか。
しかし一角神獣は角を失えば命を落とす。
一体どこを駆けまわっていたのか、どうやってこれを手に入れたのか、そもそもこれはどうするのかと聞きたいことは色々とあったが、一つため息をつくと面倒になり、ただユリの銀色の髪を撫で続けた。
「あんまり心配かけないでください……」