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呪天の魔王  作者: こう茶
1章~黒水戦役編~
7/14

強さと弱さ

 木の上に坐し、気配を断つ。

 気を練り上げて、開戦の時を待ち構えていた。

 ソラの隣にはジルベルトがその目を活かして、敵陣の様子を窺っている。

 色鮮やかな魔法の数々が空を覆い、開戦が告げられた。


 瞑目し、青い気のオーラや魔力が漏れださないように、溜めこんでいく。

 魔力の解放は黒恵呪くろけいじゅの進行を早めることになるが、手を抜くつもりはなかった。出し惜しみせず、一撃で決める。

 ただ合図を待つ。そして、空に青い光が灯った。


「合図だ」


 ジルベルトに目くばせをしてから、片手を下げて、後ろにいるベルナールたちに待つように伝えた。


 ソラはゆっくりと刀を抜いた。その刀身は黒く禍々しい。それは魔剣と呼ばれるものである。ソラの魔力を喰らい、数多のモンスターと人の血を啜り、その存在を昇華させた。銘は【黒天】、抜群の切れ味に、闇属性と気の浸透性が高く、その攻撃力は非常に高い。しかし、魔剣よろしく、斬った者の憎悪と悲哀を吸い上げ伝えるといった負の特性を持つ。並大抵の精神力では持つことすら出来ない魔剣なのだ。

 黒天はそれ自体が生きているかのように、自ら気を発している。豪気、赤いオーラと柄についた黒い鎖が所有者を逃がしはしないと腕に絡みつく。

 ソラはそれを平然と受け入れると、錬気と魔力で押さえつけた。

 強力な力で縛られた魔剣は、その身にソラの力を受け、歓喜に震える。手を放せば、血肉を求めて独りでに飛び回るだろう。それ程の強い衝動を手に感じていた。


 準備は整った。破滅の言霊を紡いだ。


『求めるは永久の眠り、貪るは光、捧げるは幾千の英霊。

 顕現せよ、魔天明王』


 その身に神を降ろし、喰らい尽くす。

 超越者から激しい情動を奪い取ると、世界を黒く染め上げた。

 見開いた瞳は縦に伸び、金色に染まる。それはソラが討伐した地王竜テオ・ロワの力。雲のように広がる闇の密度を操り、それ自体に硬さを与える。やがて、黒く暗い何かが剣を模した形を構築し始めた。

 

「覇月黒葬」


 目にも止まらぬ一閃は、ソラの目に映るものすべてを世界から切り取った。 

 背を向けて逃げる、不可能だ。悲鳴を上げる、不可能だ。その正体を捉える、不可能だ。


 気づいた時には全てが終わる。


 風も、音も、光さえも喰らった一撃はパラディオン軍の後続部隊の全てを飲み込んだ。

 

 そこには深い傷跡がついた地面しか残らなかった。人も、草木も存在しない。そこに生命があったのかすらも疑わしい。


 何も無くなった、場所に着地するとその場に手をついて、冥福を祈った。痛みも、恐怖すら感じる間さえなかっただろう。


(あの世で恨みたければ、恨めばいい。だが、あえて俺は誇ろう。この力があったからこそ、護れる命もある)




 ◆ ◆ ◆




 ソラの行動を目にしていた一同は茫然とその場に立ち尽くした。

 目の前にいる青年は生物としての格があまりにも違いすぎた。比べることすら烏滸がましい。

 その胸中を違背したのは畏怖だけじゃない、漠然とした恐怖もだ。

 もし、あれが自分に振るわれるとしたら? もし、自分の前にソラが立ちはだかるとしたら? 考えただけでも震え上がる。

 だが、そんな感想を抱いたのはジルベルトたち、後から仲間になった者たちだけ。

 ベルナールとアヴェリーは、この結果も当然と受け止めていた。

 恐怖を覚えないのはソラの弱さを知っているから。完全無欠なソラの姿しか知らないジルベルトたちがそう思うのも仕方のないことであった。

 自分の全力を見せる。言わば、ソラが作り出した分岐点。彼らにこのまま付いてくるか、それとも離れるのかという選択肢を提示したのだ。


 祈るソラの姿は自分の所業を悔い改めているようであり、それは紛れもなくソラの弱さであった。

 その魔王の背中はとても小さく見えた。辛い、悲しい、今すぐにでも逃げ出したいと思っているはずなのに、毅然とした様子で立ち上がった。

 独りだ。あのままでは独りになってしまう。誰かが理解し、弱さを曝け出していいのだと教えなければ。

 気づいた時に、足が前に動いていた。

 自然とソラの周りに仲間たちが集まった。


「大兄っ! 流石です! これからも付いて行くぜぇ!」


 励ますように二度石突を地面に打ち付けると、笑いながらその横を通り過ぎた。


「ソラ兄ちゃんっ! カッコ良かったです!」


 ノーラがその小さな手でソラの手を取ると、引っ張るように前を歩く。


「大兄、兄貴ともどもよろしくお願いしやす。いやぁ、お見事なもんですなぁ」


 相も変わらず、環は手を擦り合わせている。

 ベルナールは無言で肩を叩き、ジルベルトと並び立った。アヴェリーはじっと後ろで控えている。


 変わらない仲間がそこには在った。

 喜びを、安堵を無表情という名の仮面の下に隠して、ソラは鼻で笑い飛ばす。


「さあ、行くぞ」


『応!』


 この時、この瞬間から、正真正銘の仲間となったのだ。




 ◆ ◆ ◆




 本陣奥深くで指揮を執っていた者はソラの一撃で葬られ、前に出ていた指揮官が僅かに生き残った。だが、すでに正常な判断が下せるような状況ではなかった。


「に、逃げるなぁ! 敵は少数だ! 殺せ!」


 恐ろしいのだろう、逃げ出したいのだろう、その一心が現れた指揮は今まで戦っていたユトピア軍を無視して、前に展開させていた大盾を持つ重装歩兵部隊で壁を作った。

 その指示を受けた兵士は目撃する。

 魔王が微笑むのを。敵であり、人間であるとしてもその笑みは心からのものだと理解できた。

 風が艶のある黒髪を流すと、白い肌が露わになり、目尻が下がり口元が綻ぶのを、ほんの僅かな時間ではあるが、見せつけた。

 自分に向けられた笑顔ではなかったとしても、華やかで安らかな笑顔は、兵士の全身に奔っていた震えを止め、しっかりとした足取りでソラと向かい合った。

 敵わないと分かっていても、ソラに討ち取られるのであれば、と自分の身を差し出す気にもなった。

 そして、名誉ある死のために、決死の思いを抱き、鬨の声を上げる。

 それは全軍に伝播し、すでに勝敗を決した戦にその身を投じさせた。


「おうおう、元気だな。もう決まってるっていうのになぁ」


 ベルナールは後ろを振り向くと、ソラが無表情に戻るまでの一瞬を見ることができた。ベルナールもまた敵である彼らが士気を上げたのが理解できたのだ。それ程までに価値のある、魅力的な笑顔だった。


(おうおう、嫌になるねぇ。これだから美形は)


 理解できてしまったことに苦笑を漏らすと、迫る敵兵に向けて吠えた。


「かかって来い! 剛剣のベルナールがテメエらの介錯を務めてやるよ!」


 眼前の兵士を振り払うように大剣を横なぎに振るった。

 互いに死力を尽くしてぶつかり合うことこそが闘争。あるべき姿を目にしたジルベルトもまた奮い立つ。


「セエェェイッ!」


 ジルベルトは迫りくる壁を崩すべく槍を突き入れた。返ってくる感触は予想以上に硬いが、それ以上に胸の奥が熱い。やはり、先程ソラの弱みを見たことで、自分でも役に立つことができると確信したことが大きい。

 剛剣と豪槍が敵兵を打ち砕く。暴力と暴風の化身の双璧の前に為す術もなく、道が拓かれた。


 二人の真ん中を悠然と歩くソラの前には環が放った炎弾が着弾して、敵兵をまとめて吹き飛ばした。その攻撃から辛くも逃げきった者は音もなく近寄ったアヴェリーによって始末されていく。それに加えて、アヴェリーが戦う姿は味方が裏切ったのかと勘違いを起こして、士気を下げた。

 ノーラもまた、加護を使った拘束により、敵を近付けさせない。


 そして、ソラは一人の大男の前にたどり着いた。

 その人物は純白の鎧で身を包み、赤いマントを靡かせた偉丈夫であった。手に大きなウォーハンマー持った獅子頭の男は名乗りを上げた。白銀の鬣を逆立てるその姿はどこかの神話のワンシーンのように神々しい。


「我が名は銀獅子ガエル=カンデラなり!

 貴殿に一騎打ちを申し込む」


 ウォーハンマーをソラへと向けると高らかに宣言した。だが、彼の周りにはすでに味方の兵士はいない。その風格、威厳、たった一人になろうとも、誇り高くあろうとするその矜持は素晴らしい。だが、それに応じずとも嬲り倒すことは可能だ。


「ベルナール」


 ベルナールを近くに呼び寄せる姿を見て、ガエルは激高した。


「我と闘え! 臆病者め!」


 確かに憶病ではあるがな、と自嘲気味に笑うが、掌を向けて口を開いた。


「何も勝負しないとは言っていない。

 ベルナール、誰にも邪魔させるな」


「おう、分かったぜ。大丈夫とは思うが気を付けろよ?」


 そのやり取りに安堵し、笑い声をあげた。

 

「良いのか? 本当に応じてくれるとはな。さて、あと一つだけ応えてくれ。

 貴殿の名を教えてほしい」


 ソラは男として、そのプライドは理解できた。それに応えられるだけの余裕もある。すでに勝利は確定しており、ガエルがどう足掻こうとも、変わるものではない。それならば、戯れに付き合ってやっても良いかと考えた。


「魔王、神谷空だ」


 名前をこちら用に言い換えたりもせずにありのまま告げる。そして、それが闘いの号令となった。


 ガエルの体が大きくなる。否、その鍛え上げられた肉体から繰り出されたスピードが予想以上に速く、巨大化したように見えただけだ。最初だから様子見の一手ではなく、全力の闘術だ。

 上級闘術の【牙突猛進】だ。牙突の上位互換であり、突進力だけを極めた一撃だ。それゆえに速く、扱いやすい。ウォーハンマーの槌頭は大樽のように広く、身を逸らすだけでは避けきれない。

 だから、真正面からぶつかり合った。


 一瞬、ソラの体が宙に浮いた。その推進力をソラの体重と腕力だけでは抑え込むことが出来なかったのだ。

 その瞬間、珍しく吠えた。


「嗚呼ァァッ!」


 鍔迫り合いの状態から、重撃を発動させて加重し、カバーする。

 そして、拮抗する。


「なかなかやるなぁッ!」


 ガエルは心底楽しそうに笑った。そして、歯を食いしばり、気合でその硬直状態から動く。ソラもまた、即神術で自身を操ると対応してみせた。


「ムムッ、これもか!」


 やはり、その笑みは消えない。ソラが本気を出していないことは魔力を使っていないことから、明白である。敗北し、死を迎える未来も見えていた。それでも、最後に最高の戦士と打ち合えることが嬉しかった。


「ハハハ、そうだ。これこそが――」


 ソラの姿が眼前から消え、その直後背後から寒気を感じた。その感覚に従い、地面に投げ出すと、その一拍後に黒刃が通り過ぎるのが見えた。


「お喋りがしたいなら、あの世でゆっくりすると良い」


 それもそうだな、ソラの言葉に納得してしまう自分に、とんだ戦闘狂だと自嘲しながらも、黙ってその刃にウォーハンマーをぶち当てる。


 先ほどの失敗を活かしてか、ソラは決してガエルの正面に立とうとはしなかった。

 絶えず足を動かし続け、斜めから迎撃する。そのおかげで難なく力を受け流すことができていた。

 

 ソラはさらに強く踏み込み、さらなる連撃を仕掛けた。

 刀を上段に構え、斬り下ろす。黒い軌跡を宙に残し、ガエルに迫った。

 ハンマーを横にして受けるガエルの脇腹に蹴り飛ばすと、地面の上を跳ねるガエルを追って跳躍。すでに白銀の鬣は砂ぼこりに塗れ、くすんでいた。

 

 ソラの影を視界に入れると、咄嗟に横に転がるが、腕に激しい痛みが奔った。視認せずとも分かる。左腕が切り落とされたのだ。痛みの元を見るよりも、ソラの動きから目を離せない。

 経験から培われた勘で動きを予測するしかない。

 ソラの腕が後ろにわずかに引かれる。それに反応し、身体を斜めに逸らす。もはや、反撃どころではなく、防戦一方。それでも、まだ遅い。赤い液体が視界に広がり、視覚を奪われる。


 左からの殺気だ。後ろに後退しながら、身体を捻ってハンマーを振った。


 視界を奪ってからの初撃。勘のみで躱すガエルに驚くが、悪あがきに振るわれたハンマーを、左に跳びその範囲外へと逃げる。伸び切り、引き戻そうとする右手首を切り落とし、攻撃手段を消滅させた。そして、一閃。


 ガエルは満足げな表情を浮かべて、倒れていく。戦士の最期を看取ると鞘に納めた。


 周りを見渡すと、ベルナールたちが口々に労った。さらに遠くを見ると、予想通りの反応が見て取れた。

 味方であると言っても、桁外れの力を見せつけられて、何も思わない者はいなかった。息を顰め、ソラの挙動に合わせて離れていく。近づこうとしても、遠ざかる。


(当然の反応だな。だが、こいつらは……物好きだな)


 ジルベルトたち三人組も離れていくことなく、傍に居続けてくれていた。

 そして、ソラたちを真っ先に出迎えたのが、ニルスであった。


「見事な活躍だった。その名に恥じない働きだな。素晴らしい」


「そうだな。じゃあ、俺たちは奥で休む」


 これで終わる。誰もがそう確信した時、後方で新たな戦端が開かれた狼煙が上がった。


「まずい、あそこには聖女が!」


 理由のない不安に突き動かされ、ソラは走り出していた。

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