Last gasp (始まり)
この話は人を不快にさせます
今はまだ、不快にはなりません
この話は長編です
とある大陸では、北に位置する【賢王】が統治を行う【シュテルン国】と、南に位置する【暴帝】が統治を行う【シュバルツ帝国】が、戦争を繰り広げていた。
だが戦況は圧倒的にシュバルツ帝国が有利である、もはや戦争は終結に近く、大陸の10分の9をシュバルツ帝国が支配していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「殿下!出陣の許可を!」
「ならぬ。下がれ」
「しかし!」
「……明日作戦を伝える、今は下がれ」
「ははっ!」
賢王に出陣を乞う、短髪の黒髪と、無精髭をたくわえ、赤い色をした目を持った、長身の屈強な男は。
賢王の考えを聞くなり、直ぐ様立ち上がれば、一礼をして、堂々とした足取りでその場を去った。
「……大臣、向こうの戦力は確か、兵が900万、重火器が500万、だったな?」
「はい、正確に数を知らせる理由も今は、御座いませんでしょう」
「そうだな」
肩まで伸ばされた白髪と、無抵抗に伸びた白い髭をたくわえた、優しい面持ちの男。
その顔からは、年齢を察することは出来ないが、確かに言える事は王であると言うことだ。
……賢王は神妙な面持ちで、中肉中背……中年男性の一人である大臣を見れば、一つ明確な意志を伝える。
「―――明後日の明朝……最後の戦いだ。住民に亡命勧告を」
「……はい、最後までお仕え致します」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
寂れた街、賢王が座する城に隣接している街は、一応この国の首都である、だが……最早そこにしか人々は、この国には居なかった。
一応、活気のあるこの街に、軽装の鎧を纏った兵士が現れた。
住民達は唐突の出来事にざわめくが……直ぐに理由は分かった。
「――非難勧告!非難勧告!兵士以外の人々は直ぐ様、シュバルツ帝国への亡命を済ませるように!妊婦、子供、女、老人、男、の順に非難するように!繰り返す!非難勧告!非難勧告――」
「っ!王が決断をなさったか」
先程賢王に、意志を訴えた男は街中で、伝令兵の勧告を聞くなり、微笑んでいれば。
……金髪の長い髪と青い目……少し膨れたお腹の女性が、いかにも心配そうな顔で男に問い掛ける。
「ねぇ、ケイヒル……本当に戦うの?」
「ああ……サナ、勿論戦うさ」
「勝てるの?」
「ああ!勝てるさ!直ぐにお前の亡命する国を凱旋してやる!」
「ぷっ…バカね、勝てる訳無いのに……それに25の癖に、髭まで生やしちゃって」
「俺はこの年で、この国の1部隊を率いる軍隊長だ!勿論勝たせるさ」
「……バカ、この子の為に、生きて帰って来てよ」
サナは膨れたお腹を優しくさすって、心配そうな顔で、ケイヒルを見上げれば。しつこく口を開こうとしたが……その口は直ぐに、ケイヒルによって塞がれる。
「んっ」
「んっ……さあ、早く行け!」
「ええ……生きて帰って来てね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃあ私も行くわよ?」
黒の短い髪をした、真っ白な肌と、光の無い目をしている、杖を持った、18歳ぐらいの女は。
後ろにやられた金髪と、緑色の目をした、19歳ぐらいの痩身の若い男に、問い掛けるように言葉を放った、すると男は息をすーっと、吸えば、口を開いて。
「――待ってくれ、レナ、好きだ、僕が生きて帰って来たら、結婚しよう」
「ポール……私、あなたが見えないのよ?」
「構わないさ」
「……家事も目が見えないから、何も出来ないわよ?」
「構わないさ」
「……あなたに沢山迷惑かけるわよ?」
「構わないさ」
「……私きっと醜い顔をした女よ?」
「この街で一番綺麗さ」
いつ死ぬやも分からぬ男の一世一代の告白、シュバルツの人々から見たら滑稽な物かもしれないが、女はみるみるうちに、瞳に涙を溜めていく。
「……私、我が儘だよ?」
「何を今更」
溜めていた涙が瞳から溢れると、くぐもった声で気持ちを伝える。
「……私、あなたが一番好きだよ?」
「ありがとう」
「死んだら承知しないわよ?」
「生きて帰ってくるさ」
男と女は唇を交わせば、互いに踵を返し、違う方向に向かって、歩みを進めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お前ら!行ってくるからな!」
「あああ!」
「うーあ!」
「あーう!」
「あなた、もう行くわね」
30歳の赤い髪と髭、紫色の目をした、筋骨隆々の大男は、3人の幼児達を撫でると。同じく30歳の赤い髪と、紫色の目をした女を見て、楽しそうに笑った。
「わはは!ガキ共!ママに迷惑をかけるなよ!?」
「あうー?!」
「うー!」
「あー!」
「アンリ……行ってらっしゃい」
「レイミ……じゃあな」
夫婦は、たった一言を交わし、互いに互いを信頼をしあった顔で、レイミは子供達を連れ……アンリは鎧を纏って、別々の道を行く。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
街中の人々が、勧告に騒然と慌てふためく中、一人の生気の無い顔と、髪も生えていない頭と、痩せこけた長身の、15歳程度の若者が、騒然とする街中に居た。
ニタニタと、気味の悪い笑みをこぼしながら、若者は街中で立ち尽くして居た。
「……」
「…………」
「ひひっ!」
「終わる!」
「終わるぞぉ!」
「最高だあ!最高だあ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
とある民家、街中は騒がしいが、この家は、悲しみに包まれていた。一種の落ち着きともいえるだろう。
「ダニー、もう行くのね?」
「ああ」
「ダニー、死ぬなよ?」
「ああ」
平均的な体格、黒の短髪……青い目をした15歳の若人、ダニーが家を出れば、母と父の嗚咽と、嘆きが外に響いた。
ダニーは、悲しみに満ちあふれた表情をしながら、拳を握り締めて立ち尽くしていると、一人の茶色い長髪と黄色い目をした。
儚げな、ダニーと同年齢の少女がやってきた。
「君は本当に行くのかな?」
「アリサか……勿論だ、光栄に思っているからな」
「そうか、私は恋人の様に、亡命先で健気に君を待ち続けているよ」
「ありがとな……っ!」
儚げな少女は、ダニーを抱き締めると、直ぐ様、体を離して立ち去って行く。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……――非難勧告が警告されてから2日が経過していた。……あっという間に最終決戦当日である。
兵士達全員が、城の前の大広間で整列する中、王の間で、二人の軍団長が、宰相達や大臣……王の前で早朝から、熾烈な会議を繰り広げていた。
「だーかーら!籠城が最適だと言っているでしょう!」
「わーはっは!何を抜かす!?打って出て、会戦を仕掛けた方が兵達の心労が減り、本来の戦いを行えるだろうが!」
必死な顔で、皆に同意を求めながら、籠城を提唱するのは。年齢が40代とおぼしき顔持ちをした、知的な風貌と、片方に眼帯を付けた翡翠の目と、丸め込まれた頭の小柄な男……第一軍団長ラルフ。
そしてもう一方、堂々とした無骨な面持ちで、会戦での正面衝突を提唱するのは。赤い髭をいじりながらも、筋骨隆々の大男……第二軍団長アンリ。
上層部の意見は皆違うが、一つだけ当てはまるのは、上層部全員……本来政務を行う大臣や宰相達も、鎧を纏っていることだ。
それだけ、この国は追い込まれているのである、それに本来、軍団長も最初は10人…すなわち10個の軍団があったが、先の戦、【北方砦防衛戦】で8人の軍団長が討死、それにともない8個の軍団が壊滅……余った兵達は、アンリとラルフの軍に加入した。
その戦が原因で、現在この国は、絶対絶命の危機に瀕していた。
「兵力差を考えてください!大体、シュバルツの奴らは、どれだけの兵を従えていると思いますか!?900万ですよ!9130000人ですよ!そして!対する私達は1035264人!そんな奴らと正面衝突をして、勝てると思いますか!?」
「そんな大軍!一度に、かの暴帝とて、率いる事が出来る訳無かろう!?それに!今こちらに向かっている、暴帝の軍勢は、伝令によれば、約400万!……それに――」
「………――それに、400万の軍勢でも、自由自在に率いるのは不可能……と私が証明している」
「「殿下!」」 全員が立ち尽くしながら、議論を行う中、聡明なる王は、遂に、重い口を開く。
「狙うは暴帝の首!只一つ!突撃だ!」
そして賢王は、その意志を広間の中で、待つ兵士達に伝えようと、歩を進めれば……一人の男が体制を崩し、地べたを這いずりながら、行く手を阻む。
「殿下!お待ちを!会戦での突撃は余りにも!現実味が御座いません!」
「現実味が無い?何を抜かす。この城では、自由に兵も動かせん。それともシュバルツの重火器の餌食になれと?それに、暴帝は確実に、綺麗な勝利を目指している。民を人質にする事もあるまい、完璧に大陸を支配するために、暴帝は、我が民を受け入れると、のたまったのだろう?」
「っ!……はは!」
最早、駄目だ。一見王は、正論を述べているが、死にたがっていることが目に見えている、私には、変わった王を止める事が出来ない……アンリも本来ならば籠城を提唱するだろう、だが……アンリは変わった王を理解した上で会戦を提唱した。……ならば、私は、一人の軍人として最期の一花を咲かせる他無いか。
ラルフは立ち上がり、王を見送れば……ふとアンリを一瞥して驚愕する。
――そう、アンリは諦めていなかったのだ、たった一瞥するだけで分かる、その希望に溢れた顔は、今この場では、全くの異端である。
ラルフは確かめる様に、アンリを注視して、震える指をその男に向けては、確かめるように口を開く。
「もしかして……あなたは、諦めて無いのですか?」
「ふっはっはっは!……――勿論」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大広間の中、一人の王が、城から姿を現した途端、兵達は静まり返り、一斉に跪く。
――そして、聡明なる王は口を開く。
「――諸君、おはよう、ご機嫌は如何かな?後ろの者達に聞こえるよう、大声で話しているが、……聞こえているかな?」
王が問い掛ければ、瞬く間に、一番後ろの“諸君”が大声で、答えを返す。
「問題ありません!」
「ならば続けよう!これが最後だ……――現在!私達の状況は、見ての通り、最悪だ。昔はこの広間に、諸君等が、収まりきらぬ程居たが、今となっては、簡単に収まっている、どうだ?無様だろう?笑え!この無様な私を!蔑め!役に立たぬ私を!貶め!無力な私を!卑しめ!この!ただただずる賢い私を!……そして、ついて来い!今まで迷惑をかけた!勝とう!!!!」
「おおおおおっ!!!!!!!!」
王は兵を一瞥した後、城に姿を帰していく道程に、中肉中背の大臣が姿を現せば、労いの言葉を掛けていく。
「お疲れ様です、どうやらまだ薬は切れていないようですね」
「ああ、切れなくて助かったな。切れたら演説もままならん」
「殿下……伺いたいことが」
「“アレ”か?」
「……はい。 ――本当に、“アレ”を兵に配給なさるのですか?」
「“アレ”は最高だ、“アレ”さえあれば負けないさ」
「……」