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短編

終わりの先に続く話


「ここに、君が来るまでに読み終わってしまった本があります」


 いきなり学野がくのは一冊の本を俺に見せてきた。不気味な洋館に、大烏の絵が載った本で、題名は「烏屋敷殺人事件からすやしきさつじんじけん」。ずいぶんなものをお読みで。

「どんな話なの?」

 仕方なく聞く。どうせ殺人事件の話なんだろうけど。

「題名のまんま。殺人事件だよ」

「そう」

 ほら、やっぱり。

「殺されるのはその館で飼われていた烏とメイドさんと奥さん。で、犯人は館の主人と奥さん。奥さんが烏を殺して、主人の方がメイドさんと奥さんを殺したの」

 けっこうどろどろしていたりした。と言うか、それに何の意味があるんだ?

「主人は烏が大好きでね? それはもう大好きで大好きで大好きで。烏の翼の艶を美しくするために様々な石鹸やシャンプーを使って、食事にも気を使ったそうよ」


 たとえば人の肉。それも美しいメイドさんの肉とかね。


 学野はふふ、と笑った。それにしても、と俺は思う。なんでこんな殺人事件とかスプラッタじみた事を聞かされなきゃいけないんだろう。と言うか、そんなグロい話を嬉々として男子に話す女子ってのは、一般常識的にはどうだろう? そして学野は何が言いたいのだろうか?

「奥さんは主人の思考を嘆いてね、ああ、そう言えば事件の当日は主人のための誕生日パーティだったのだけど、お客さんがいっぱい泊っている夜に烏を殺してしまったの」

 ばらばらに。ばらばらにね。

 正直、そんなのは個人的にどうでもいいことだった。それよりも、俺は答えが欲しかった。けれど今、答えを要求したとしても学野はクスクス笑いをもらして、いいから聞いて、と続けるだろう。だから俺は彼女の話を聞き続けるほかはない。

 そう考えてはいる。だけど俺は学野の言うことが全く分からない! 学野がミステリアス少女なのは百も承知していたけれど、この話は想像を絶する不思議さだ。それが俺にどう関係がある? 全く、どうすればいいんだろうか? 俺の思考は振り回される。いつもそうだ。



 初めて言葉を交わしたあのとき。春、放課後の掃除が終わり、俺が鞄を取りにきたときに学野はのんびりと窓の外を見ていた。正直、ちょっと「おぉ」なんて思ったりした。だってさ、窓を開けて、教室の外に必ず付いている銀色の手すりの上に組んだ腕を置いて、顎を乗せて。それで長い髪を風にたゆたせて。なんかミステリアスな感じーって。思うだろう。思うだろう?!

 でもそのあとがもうグダグダだった。

「何やってんの?」

「ああ、哲道てつみち君……だったよね? うん、友達を待ってるの」

「ふ、ふーん」

 それだけ。実際、俺はもっと会話を弾ませたかった。何見てんのー? とか、そう言えば明日の宿題とかー、とかそういうのでいいから! ……けれどそんな会話はできなさそうな雰囲気を当てられてしまった。うわ、辛ぇ。

「お疲れ様でしたー」

 彼女が去る時にそう言葉をかけたけど、彼女は無言だった。


 訳が分からない。



「奥さんによってメイド殺しとして指をさされた主人。そして名探偵によって烏殺しが暴かれた奥さん。愛しの烏が殺されてしまった主人は、烏殺しを告白し、認めた奥さんを皆の目の前で殺してしまった」

 一瞬、その「単語」にドキッとさせられる。それでも学野による殺人事件のあらましは続けられる。淡々と、淡々と。俺の存在なんて忘れているのではないか、と一瞬錯覚させられるくらいだ。

「そして最終的に主人も自殺してしまい、パーティ客はみなそれぞれの日常に帰りましたとさ」

 おしまい、とまるで昔話を締めくくるかのように学野は言った。

「で、どうでしょう?」

 どうでしょう? と聞かれましても。とりあえず、俺は忘れられていたわけではないらしい。そこだけはホッとした。

 大体、そうそうあることではない、こんなシチュエーション。放課後の教室で男子生徒と女子生徒が二人きり。女子生徒こと学野は椅子に座り、机の上の「烏屋敷殺人事件ミステリ」に視線を固定したまんま。男子生徒こと俺は、そんな学野の目の前に立ちつくしている。……いや、ここまでならあるかもしれない。なんたって広い世界だし。だけど殺人事件の感想を聞く、というエッセンスが加わるとそうそういないのではないだろうか。

「うん、相変わらずミステリはグロいし、それにそんな殺人はパーテイでする必要はないよね」

「まぁ推理小説とかミステリは基本的に『この話は暴力的表現が含まれます』っていう世界だからね」

 あ、主人はメイドをパーティの前に殺したし、パーティでわざわざ奥さんが烏を殺したのは主人の目が他の参加者に向くようにだよ。と、学野は別段どうだっていい補足をした。

「さてさて、ようやく本題です」

 前置きが長すぎる話だ。


「このあと、どうなったでしょう?」


「はぁ? 何言ってんのお前、さっき自分でおしまいって言ったじゃねえか。続きなんてねーだろ!」

 なーんて言える勇気は俺にはない。学野に嫌われたくはないし、つまらない奴だとも思われたくないからだ。言葉を慎重に選ぶ。

「でも、主人の自殺で物語は終わったんだろ?」

 そうだよ。とあっさり学野は首肯する。ならなんで聞いた。

「で、このあとどうなったでしょうか?」

 まだ聞きますか。

「さっき哲道君が言ったように、屋敷内で殺人やら殺鳥やら何でもやっとけ! 俺たちを巻き込むんじゃねーよ、狂人どもがっ!! って言うのが本音だよね。パーティ客の」

 名探偵は別かなー。と、学野は本を持ち上げて眺める。パラパラとページをめくっていき、一枚のページに目をつける。俺はいきなり激しい口調になった彼女にびっくり。物静かなイメージがちょっと崩れた。いや、ちょっとじゃないかなり崩れた。性格変化の切り替わり具合が激しい! でも激しく言いつつもかわいい声色だからミスマッチ! ミスマッチ具合がいい感じ!!

「あ、やっぱり。この名探偵は謎が解けた快感に酔い痴れてる」

 学野の言い方はすっかりいつもどおりに戻っていた。

「名探偵、ねぇ……」

「自称、だけど」

 また本を閉じると、学野は本を回し始める。角の一つを支点にして、両の指で器用にくるくる。

「で、名探偵とパーティ客の本音、どっちが今は大事なの?」

「パーティ客。名探偵は脱線」

 ごめん、と頭を軽く下げる学野。さらり、と髪が流れる。キューティクルとか天使の艶リングとかがもう色々素晴らしい。おっと、こっちも閑話休題。

「勝手に殺人劇に巻き込まれて、疑われて、で結局内輪もめでした。血やらなんやら散々見といてさ、じゃあ戻りましょうか、なんて日常に戻れる? 変化がある人だっているよね?」

 例えば疑心暗鬼になる人とか、烏に嫌悪感を抱いたり、他にも血に魅せられた人とかさ。なんて言いながら学野は大げさな身振り手振り。こんな学野は滅多に見られない。この後の結果がどうであれ、俺は少し得した気分になった。

「まぁ、そうだろうな。でも、そんなどうでもいい人たちの後日談なんて読者は読みたいと思わねぇだろ」

「だろうね。よっぽど個性的でないとスピンオフはやってもらえない」

 どの媒体であれ、そうだよね。久しぶりに学野の視線が俺の方へ向く。確かに、と俺は頷く。漫画であれ、新聞であれ、ある一面の固定視点から他の視点へ動くことはそうそうないだろう。小説になると一人称で次々視点が変わるのは初心者にはきつい、って言われているはずだ。

「どの媒体でも、どのお話でも、そう」

 俺を見たまま、学野は話を続ける。俺は学野を見つめつつ、適当に相槌を打つ。

「ミステリでも、歴史でも、SFでも、そして――――」

 学野は言葉を溜める。じらされているなぁ、俺。何だかそわそわしてしまう。ああ、落ち着けない空気だ。

「恋愛小説でも」

 ようやく学野は口を開いた。ピッと俺の顔を指差す。

「少年が想い人に告白しようとして、悩んで、暴走して、そして様々な障壁の末、告白して終わるそんな話。でもそんなお話にも続きはある」

「振られたにせよ、成功にせよ?」

 そう、と学野は俺を指差したまま返事をした。


「だから、私に告白してその時点でやりきった感だしてる君が気に入らない」


 一気に突き落とされた気がした。ペタペタと俺は顔を覆い隠すように両手を皮膚にはりつける。そんな顔してたかなぁ、俺。え、本当マジで恥ずかしい。っつーか、話の真意ぐらい読み取れ! 俺!!

「赤いね」

「え?」

「顔」

 その言葉にさらに下へと突き落とされる。崖からの落下中に、上からブロックを落とされた感じ。

「さてそれでは」

 そう言うと学野は椅子から立ちあがった。すぐに反応できなかった俺は顔を抑えたまんま。そんな俺を気にかけることなく学野はさっさと帰る用意を進めていく。スクールバッグに「烏屋敷殺人事件」を詰め、そして肩に鞄を掛けると教室の前方、扉の方へ歩いていく。

 あー、これ俺フラれた。完璧にフラれた。かっこわりぃなぁ! うずくまって悶々とする。うえー、明日どんだけ奴らに茶化されるか……。ああもう、あーもうっ!

「どうしたの?」

 学野が不思議そうに首をかしげる。うるせーよ、フッた奴が憐みの言葉とかかけんじゃねーよ! 余計に俺が惨めになる!! さらに学野はねぇ、と言葉を続ける。

「恋人が帰ろうとしてるのに、一緒に帰らないの?」

 …………はい?

「え? えぇっ?!」

「私はこの時点でお話は終了、お疲れ様でしたーっ、という君の顔が気に入らないだけ」

「え、あ、うん……。だから……」

 はぁ、と重いため息をつかれた。呆れられたのだろうけど、分からないものは分からない。

「私からしてみればお話は、君から告白されて付き合うまで、ぐらいでしょうね」

 まぁ、ライバルとかが登場すれば、盛り上がるから一つの話として付き合う過程も成り立つだろうけど。学野は無表情。

「ごめん、全く訳が分からない」

「……チャンスは一度だけ。聞くよ?」

 その真剣そうな言葉に俺は勢いよく立ちあがると、学野の方をまっすぐ見た。視線と視線がぶつかる。


「誰も見てくれないようなつまらないお話の続きでもいいですか?」


 沈黙。

 俺は金魚のように口をパクパク。いくつもいくつも言いたいことはあるのだけれど、思うように出てこない。のどが異様に乾いて、あうあうしちゃって、俺は走って、途中にある自分のカバンをとって背負って、そのまま学野に抱きついた!

「――――――――――――っ?!」

「え、あ、あの、その、も、もちろんっ!」

 見なくても分かる、俺の顔は確実に真っ赤。でも学野だってそりゃもう真っ赤も真っ赤。どっちだろうな、自分のセリフの臭さにか、抱きつかれた恥ずかしさでか。

「よし、帰ろう! 荷物は俺の自転車に乗っけろ!」

「……っ! い、いいから離れてよ、バカァッ!!」

 思いっきり突き飛ばされる。幸せだから痛くないっ!


 ここから先は、お話の続き。二人だけの続きの話。



こんばんは、玖月あじさいです。

「哲学的な彼女」に投稿したものを、改稿したものです。

烏屋敷殺人事件は架空の物語です。

似たような話があったらどうしよう……。

それでは……。

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