そして
「清、昼食べにに行こう」
社長が声を掛けてくれた。
振り向くとアンパンマンのジャムおじさんみたいな丸顔にヒゲの社長がニコニコ笑っていた。
周りの他の従業員は殆ど居ない。お昼を食べに出たんだ。
気付かなかった。
他の従業員もお昼によく誘ってくれるけど殆ど行かない。
…みんなは僕があの『蒲生清』だとは気付いてない。
知ってたら誘う訳ない。
僕があの蒲生だと知られたらここに居る事もできない。
だから極力避ける様にしてるんだ。
名前も今は名字が変わっている。
眼鏡も掛けている。
度の入っていない伊達眼鏡だ。
体つきも、リハビリを兼ねて始めたジムで、すっかり筋肉質になった。
すっかり筋肉落ちちゃってたからね。
時計を見るともう1時前だ。
「はい…でも、僕はこれ終わってからにします。
どうぞ行ってきて下さい。」
「そうか。ま、あんまり根詰めるなよ。」
社長はそう言うと巨大な瓢箪を思わせる大きなお腹を揺すって事務所を出て行った。
僕は大きく伸びをしてからまた入力画面に戻った。
弁護士の紹介で会った社長は僕の事は全部知った上で雇ってくれたんだ。
北関東にあるパソコンのシステムを組んだりセキュリティーの仕事をしてる小さな会社だよ。
アパートの斡旋もしてくれて保証人にもなってくれた。家賃の補助までしてくれてる。
僕は今やってるプログラム入力だけでも終わらせておきたかったんだ。
社長に迷惑掛けたくない。
それに今週末には休みをもらわなきゃいけないから。
関東の医療少年院を出てから半年経った。
結局5年3ヵ月の間、院に居た。
色んな事があったよ。
吉岡が言った様に、逮捕から調停(裁判)まで通常では5%位の人にしか付かない付き添い人が、僕には最初から付いてくれてたんだ。
付き添い人希望してくれた人が何人もいた。殆どが売名目的の人だったけどね。
僕が選んだのは
藤井弁護士。
あの人質にとった藤井さんのおじいさんだよ。
人質にされた孫の祖父が犯人の弁護を引き受けるなんて異例中の異例なんだろうけどね。
勿論、僕からお願いした訳じゃなく、「孫とよく話した上で孫の贖罪を込めてやらせて欲しい」と言ってきてくれたんだ。
贖罪…藤井さんの贖罪と言えばやはり倉井さんの件なんだろうか。
詳しくは聞かなかったけど藤井さんもそれなりに苦しんでたんだと思うんだ。
今になったから話せるけど…今回の事で失った物は大きかったよ
あれはまだ審判が下る前の時の事。
雨の日だったな…
付き添い人の藤井弁護士が接見に来た時、いつもより暗い感じだったんだよ。
怒ってるみたいな、悲しんでるみたいな。
僕は病院にいる時からおかしいと思ってた事があったんだ。
それは、僕が逮捕された日から一回も親が来なかった事。
もしかしたら法的に親は会えないのだろうかとも思ってたんだ。
その事を前の接見の時に藤井弁護士に質問してたんだよ。
眉間にシワを寄せてテーブルの向かいに座った藤井は僕と目を合わせないように静かに話してくれた。
『…』
「?」
聞こえたはずなんだけど、傘が水をはじく様に、言葉が上っ面だけを滑り落ちて行った
『…君のご両親は亡くなったんだよ…』
え…?
空気がズンと重くなった。
全身の毛が逆立つ様な感じがした。
「…誰が?…え?…いつ…」
よく解らない言葉が口に出る。何て言ったらいいんだ?
藤井弁護士はその細いシワの刻まれた指で僕の肩をトントンと叩きながら言った。
「落ち着きなさい…君が逮捕された日の午後の事だそうだ。
事故でね」
頭が真っ白になった。
僕は混乱しながらも事情を聴かせてくれと言った
僕たちが学校から移動する時、警察の現場中継で写った僕の画像を見たらしいんだ。
藤井弁護士の話だと父さんはそれまで警察に僕が犯人だと認めてはいなかったらしい。
事件当初から警察に呼ばれてた父さんは、少なくとも僕が関係してると解ったから、一旦自宅に母さんを迎えに行くために戻ることになったんだ。
その後で、二人で警察に戻ってくる事になってた。
家まではパトカーで送って貰って帰った。
でも警察に行くのは自分の車で行くと言った。
マスコミはかなり早くから僕の家の周りに集まってたらしい。
マスコミの前で両親揃ってパトカーに乗るのは嫌だったんだろう。
警察には息子はまだ容疑段階だからと言ったらしい。
移動する両親にマスコミが反応しない訳がない。
バイクや車で追いかけた。
…マスコミに追われたのが原因かどうか解らないが、父さんの運転する車は猛スピードで走り、電柱にぶつかった…。
車外に放り出された母さんは即死。車内に閉じ込められた父さんも救助されたが病院に向かう救急車の中で死亡した。
死ぬ間際に父さんは救急隊員に「息子は悪くない」と言ったらしい。
「…嘘だ。嘘ですよね…」
藤井弁護士は伏せた目を上げて僕をしっかりと見て言った。
「現実を受け入れるのは大変だろうが、真っ直ぐ見て受け入れないとね。」
そう言った。
キツかった。辛かった。悲しかった。
だけど今はそれで良かったんだと思う。
結果的に僕が両親を殺したんだ。
あの優しかった両親を…殺した事実は揺るがない。
週末 社長に休みの話をした
「ああ。構わないよ。この前の休みにも仕事してもらったんだし。
ただ親父さんにはちゃんと連絡しとけよ」
社長の言う親父さんと言うのは保護司の人だ。
元市議会議員で周りからの人望も厚い。
親の居ない僕は身元引受人がいなかった。
それを藤井弁護士から聞いて手を差し伸べてくれたんだ。
しかもこれから自分の名前を背負っていくのは大変だろうからと言って、養子にならないかと申し出てくれたんだ。
同居はしてないけど書類上は僕の父親になる。
規則として月に二回は顔を合わせることになってるんだ。
この人の養子になったから僕は別の名字と5人の兄弟までできた。みんな元少年院経験者だそうだ。会った事はないけれどね
みんな再犯を起こす事もなくそれぞれに生活してるらしい。
院に入って4年目の冬、藤堂さんから本が届いた。
『 あの9月革命 』
ストレートな題名の本だった
しばらく読む気にはなれなくて院の自室の本棚にそのまま寝かしておいたんだ。
出院が決まった日に思い切って読む事にしたんだ。
本の内容は事件のあらましを警察やマスコミ発表に加えて、藤堂が独自の取材で集めた資料を元に、中立な立場で再構成してなぜこの事件が起きたのか、何が僕らを動かしたのかが書かれていた。
僕の生い立ちから事件にいたるまで、そして事件の詳しい内容を僕の周りの人たちの事を含めて書いたノンフィクションだ。
読んでいると事件から何年も経つのに、昨日の事の様にカラフルにそして立体的に思い出した。
読み進めて行く中で後頭部を殴られた様に衝撃を受けた内容があった。
一つは武田へのインタビュー。
小学校低学年からサッカーの実力では同世代の子供より抜きん出てたらしい。
リトルでもジュニアでもエースストライカーとして活躍した。
親もその気になって力を入れてた。
中学の時も、敢えて学力の上の学校は狙わないでサッカーの強い学校を選び、学校以外でも地域で一番のサッカークラブに入った。
ある試合で蒲生のいるチームと当たった。
その日はサッカーの名門高校の監督が来てたんだ。
だから無理気味な反則ギリギリの行為をしてでもいい所を見せなきゃならなかったんだ。
試合中にゴール前で蒲生と接触した。
ヘディングで押し込む為にジャンプした時、確かに俺はスパイク面を蒲生に向けた。蒲生はそれを避ける為に体を捻ってこっちにもたれかかってきた。
バランスを崩し、もつれ合う様に着地した時に足を捻ったんだ。その上に蒲生が落ちてきた。
前十字靱帯の断裂と半月板の損傷。
手術が必要になった。
ところが手術+リハビリでも結果は思わしくなかった。
結局名門高校への進学は諦めなくちゃならなくなった。
俺は落ち込んだ。
両親の落胆振りもひどかった。母親はヒステリックに騒ぎ、父親は俺が反則を先に仕掛けたのが原因だから自業自得だと冷たく言い放たれた。
サッカー推薦で名門に入ろうと考えてた俺は、理詰め受験勉強をしなくちゃならなくなった。
塾へ通わされた。
最初はイヤイヤ通ったその塾で運命的な出会いをしたんだ。
由紀と出会ったんだ。(本ではYと書いてあった)
由紀を一方的に好きになった俺は猛烈にアタックした。
勉強も由紀と同じレベルになる様に努力した。
サッカーを奪われた怒りをぶつける様に参考書に取り組んだ。
全国模試で由紀と同じランクの高校が狙えるレベルになった。
俺は由紀と同じ高校に入ったら告白する気だったんだ。
由紀も最初はA高校を狙ってた。
勿論、俺もA高校に願書を出した。
ところが土壇場で由紀は女子高を受験してA高校の受験はしなかった。
俺は苦しんだ。
なぜだ!なぜなんだ!
塾の最後の授業の日、俺は思い切って告白した。
由紀は俺の目を見てしばらく誰とも付き合わないと言った。
それまで付き合ってた男に振られたんだと聞いた。まだ忘れられないとね。…その男の名前も『蒲生』とね。
怒りで髪が逆立ったよ。
高校に入ったらそこに居たんだ蒲生が。俺の人生を悉く壊し、大事な由紀まで傷つけた当人だ。
しかも奴は最初の試験で1番を取った。
悔しさと怒りが噴き出した。
幸い俺と過去出会ったり由紀との事には気付いてない。
取り巻きのT(田頭)とI(伊東)を使って制裁を加えてやろうと思った。
人の人生や気持ちを踏みにじった奴に、心は痛まなかった。
藤堂はそのインタビューの後、サッカー関係者や整形外科医から事情を聴いていた。
サッカー関係者はその前の試合から武田の膝は弱い事を知っていたらしく、いつかやるだろうと思っていたと言い、本当に実力があると思えば故障してても推薦で入学させてるよとコメントしていた。
武田はあの事件で後遺症は残らなかったものの、世間からのバッシングを浴びてA高校には復学できず、また父親の会社も経営不振に陥り、他の会社に吸収され、武田一家は地方に引っ越した。
もう一つは倉井さんの事。
Kさんとして話が書いてあった。
倉井さんは僕が事件を起こす数日前に神奈川県内で薬を巡るトラブルに巻き込まれて暴行を受け入院していた。
倉井の女友達が組織から薬をくすねたらしく、同行して巻き添えを喰った形で、レイプされ暴行された挙げ句、河川敷に放置されたらしい。
河川敷の石で頭を殴られていたため脳に大きなダメージを負ったという事だ。
男とは縁が切れても薬とは縁が切れなかった様だ。
犯人グループはすぐ逮捕されたが未成年だったため名前の公表もなく、そう長期にならずまた社会に還ってくるだろう。
本が書かれた段階では倉井は未だに入院中と書いてあった。
僕はこの本を読んで何だか震えが止まらなかった。
武田の話を読むと心臓を冷たい手で鷲掴みされた様な気持ちになった。
藤井が『苛められる側にも原因』と言ったのが解った気がした。
「僕はとんでもない事をした…」
僕はその時本当に心からそう思った。
週末は晴れた。
朝早くからアパートを出て、電車とバスを乗り継いで両親の墓参りにいく。
墓前に手を合わせると両親の悲しそうな顔が頭に浮かぶ。
…いつか笑った顔が思い出せる様になるんだろうか…。
また違う電車に乗って都心に向かう。
地下鉄は使わない。精神的にも使えない。
最寄りの駅で降りてからしばらく歩く。
目的地まで近道を使って行く。
何回か通って知ったんだ。
最近まで気付かなかったんだけど、この道沿いに高校があったんだ。
フェンス越しに部活をしてる生徒とかを見ると懐かしさと同時に吐き気を覚えるんだ。
僕にもあんな時があったんだなぁってね。
学校の角を曲がって大通りに出る。
その先に目的地のスポーツショップがある。
「清くん いらっしゃい」
奥さんがにっこりしながら手を上げる。
そう。逃走してた時に助けてくれたあの店だよ。
「こんにちは。また来ました。」
「あなたの家みたいなものなんだから気にしなくていいのよ。ああ、もうすぐ帰って来るから待っててね」
そう言って奥さんはバイトの店員にディスプレイの指示を再開した。
僕は店の片隅にあるソファーセットに座った。
机の上の新聞には『少年法大幅改正』の文字があった。
これも僕が引き金なんだ。
「よお!早いなっ!」
僕の背中をバンと叩いた。
「この前にあるコンビニさぁ、がぶ飲みシリーズ少ないんだよなっ」
そう言ってソファーの僕の向かいにドカッと座った。
藤堂の本の内容が浮かんでくる。
吉田史郎
『少年Y 窃盗、詐欺、監禁幇助 等。
少年院送致。
1年6ヶ月で出院。
東海地方の専門学校を卒業の後、自動車の整備工場に入社。
勤務態度は真面目で技能も秀でている。
来年には自動車整備技能大会に出場予定』
結局、全国大会までは出られなかったが、地区で五位だったと聞いた。
「ちわー。あ、三番かぁ…。これポテト。みんなのも買ってきたんだよ。ほら食べてね。」
背も横もある男がフライドポテトを摘みながら入って来て斜め向かいに座った
友田芳春
『少年T 監禁、障害、殺人未遂、等。
情状酌量の余地あるも、少年院送致。
3年後出院。
叔父の経営する都下の印刷会社に就職。
夜学に通うも続きそうもないと話す。』
なんだかんだと言いながらまだちゃんと通っているらしい。
「やぁ。みんな元気そうだね。…友田は少し痩せなきゃ成人病になるよ。
手遅れかもしれないけど。
大体フライドポテトはね…」
フライドポテトの説明を始めた。
縁無しの眼鏡を掛けておしゃれな服装。
肩から掛けたバッグは重そうだ。
中は医学書だ。
琢磨涼一
『少年R 火炎瓶処罰法違反・同行使、凶器・武器準備集合罪、等。
医療少年院送致。
2年後出院。
親の用意した賃貸アパートに一人暮らし。
出院後、時期的にすぐ実施だった大検を受験し、合格。
一年後、難関と言われる某国立大学医学部合格。
将来は外科医か精神科医になりたいと語る』
多分、望み通りの職業に就けるだろう。…診療は受けたくないが。
「みんな来てたんだー。お疲れー。
店長、帰りました。
次の注文もお願いしますって事なんで、一つ上のクラス勧めておきました。」
「お疲れさま。今日は上がっていいわよ。」
「はーい。さぁてみんな、今日はカラオケ行くよっ!」
大久保久美子
『少女O 鑑別所送致後、一般病院へ入院。心療内科及び内科にて治療。半年後退院。
退院後、都内のスポーツショップに就職。
客の評判は良い。営業成績も良い為、新規店舗開店の際には店長候補とのこと。』
今は店長講習として本店(この店だ)で勤務。
…そして今は僕の彼女でもある。
僕はいつか一緒になりたいと思ってる。
僕ら5人はこれからも仲間だ。
ツラい事やキツい事もたくさんあるだろうけど5人でならなんだってやれる。
だって『革命を起こした仲間』なんだから。
僕はこの4人の戦友の楽しそうに笑う顔を見てそう確信した。
「さあ、行こっ!ガモくんっ」クーが僕の腕を取って笑った。
笑顔はキラキラと輝いてた
おしまい
読んでいただきありがとうございました。
一応の結末としました。
もっと違う展開になる予定で書き始めたんですが、最終的にこういう着地となりました。
クーやヨシはまだ続けようと言ってたんですがね…。
このような駄文にお付き合い頂きました皆様、本当にありがとうございました。
※内容不明・詳細間違い・時系列の違い・誤字脱字等 たくさんあったかと思います。
ひとえに作者の文章作成能力の低さに起因するものです。ご容赦ください。