御苑
虫の鳴き声が聴こえる。
少し動くと広葉樹の落ち葉がガサガサと音を立てる。
何だか懐かしい音
厚さ約15センチ、高さ2メートルの塀一枚隔てた先は車の走る都会のど真ん中だ。
信じがたいけど
灌木の根元にしゃがんで外の様子を伺う。
走り過ぎる車の音は不定期に続き、工事の単調な音は絶え間なく続いてる。
気付かれてはいない。
目の前には黒く広い空間が広がってる。
海に潜って沖を見た様に、先に行くほど濃いグラデーションがかかり、先は闇になっている。
その闇の向こうから何かがこっちに向かって出てきそうで何だかゾクッとする。
目が暗闇に馴れるまでしばらくじっとしてる。
いつだったか猟銃を盗んだ時に隣の庭でこんな風にしてたのを思い出した。
あの時は貝塚の木の根元だったな…ずっとずっと昔の様な気がする。
クーと寄り添ってじっとしてた。
二人で闇を眺めているとポツリとクーが言った。
「…あたしね…ガモくんに会えて良かったと思ってる…」
横を見るとクーは真っ直ぐ闇を見たまま話していた。
「…ほら、ヨシくんや、まーくくんに出会ったら言えなくなるから、今の内にね。
…あたし、自分はもう要らないって思ってた。
親にも友達にも…誰にも信用されないし必要ともされない。
あたしも誰も信用しないって決めてたの。
でも昨日学校でね、レポーターの楠戸の偽物が来たでしょ?
あの時、あたしが偽物よって言った時、ガモくん疑いも確認もしないで、すぐに対応してくれたじゃない?
信用して貰ってるんだって思えてすごく嬉しかった。
その後、一緒に生きてくれって言ってくれた。
…あたしは生き続ける。そして出来るならいつまでもガモくんの側にいたいって思うの。
あのね、これが全部終わったら…」
なんだか切なかった。そして女の子に言わせちゃいけない気がした。
「僕もクーに会えて良かったと思ってるよ。
クーに頼みがあるんだ…
…どの位かかるか解らないけど
…僕が出て来るまで待ってて欲しいんだ。」
僕は言った。
クーは潤んだ目で僕を見てからにっこり笑って頷き、明るい声で言った
「最初に言ったでしょ?
あたしは裏切らないって。
…次に会うときにはガモくんが驚く位のとびきりの美人になってるからねっ」
二人で笑った
目が慣れてきて闇が後退して植え込みや立木の形が見える様になってきた。
僕たちはゆっくりと暗闇と暗闇を縫うように奥にすすんで行った。
御苑は広く静かだった。
まーくやヨシはどこにいるんだろう?
もしかしたらまだ御苑には辿り着いていないのかも知れない。
それに、ここの警備ってどうなってるんだ…
警備員が回ってるのかな…
植え込みは公園内の至る所にあるみたいだから、もし到着してるなら まーくやヨシもどこかに隠れてるんだろう。
いつの間にか月が上り、青白く庭園を照らしていた。
なんだかお金の掛かった映画か舞台のセットみたいな感じがしたよ。
何だか幸せな気分だった。
壁の外での僕の置かれた状況は最悪なんだけど、今、クーと手を繋いで別世界の様な空間を歩いてると何も心配なく未来永劫幸せでいられる様な気がする。
…このままで居たい
…そしてこのままここで終わってもいいな
そんな風に思ったよ
サクサクと二人が歩く音が耳に届く。心地いい
向かう宛はないけど日本庭園を抜け、英国庭園に向かう。
西洋石南花の灌木を抜けた時
「おい!止まれ!」
急に後ろから声を掛けられてビクッとした
振り向くとヨシが立っていた
「おせーよ。
なんだなんだ?なんでお前たちだけキメた格好してるだよ。
…俺なんかさ、栃木弁でコントしそうな感じだってのによっ
ごめんねごめんねー、ってさ」
そう言って笑った。
クーが吹き出した
僕も笑った
確かに警官の制服のブルーのスラックスに白いワイシャツ、それに赤いネクタイだとテレビに出て来る若手漫才師の片割れに見える。
「時間が無くて、キヨスクではネクタイがそれしか手に入れれなくてさ」
ヨシの後ろからまーくが女子高生の格好のまま現れてそう言った。
少し疲れてるみたいだけど元気そうだ。
これで4人揃った。
心底ホッとしたよ。
僕らは園内の掲示板で調べて管理棟から一番遠い芝生広場へ向かった。
まーく曰わく、芝生公園は真ん中に通路が無いから警備員が縁を歩く。すると警備員からはバックの木々の黒い影に僕らの姿が見えなくなるからと。
芝生公園の端に4人で座る。
後ろには森が広がっている。
「なぁ、ガモたちはどうやって此処まで来たんだよ?」
ヨシが言うので、僕たちの事を話すと
「派手だなー。でも甘いな」
とヨシが言った。
ヨシとまーくはタクシー拾って東京駅に行き、堂々と新幹線に乗って静岡まで行ったらしい。
「静岡?!」
「ああ。お茶の有名な静岡県だ。クー知らないのか?神奈川県の隣なんだよ」
「しっつれいねっ!知ってるわよっ」クーが膨れる
「静岡のバスセンターから東京行きの高速バスに乗ったんだよ。東京のバスセンターは品川、新橋、そして新宿だからね。まさかテロリストが静岡からバスで来るとは思わないだろ?」 まーくが言った。
あとをヨシが続けた
「でな、静岡駅の旅行代理店でバスツアーに申し込みしたんだよ。『夕暮れの東京ツアー新宿御苑・都庁・夕食付き』。
でさ、新宿御苑観光の途中で添乗員に胃が痛いって言ってツアーをドロップしたんだ。
夕食食べたかったんだけどな。」
そう言って悔しそうな顔をした。
「東京駅では前から公安官が来て驚いたけど、それ以外は問題無かったんだよ」
まーくが冷静に言った。
「そう!それなんだよっ。ガモ、クー聞いてくれよ!
お陰で俺はまーくにドーテー奪われそうになったんだよっ」
「バッ…バカッ!何言ってんだっ!あれはとっさに顔とヨシの服を隠さなきゃならなかったからキスのフリをしただけだろっ!」
慌ててまーくが訂正する
「いやぁ参ったよ。まーくに奪われそうになるとは…」
「…ヨシ…殺すよ」
まーくが低い声で言った
みんなで笑った。
その後も他愛のない話で盛り上がった。
都会のど真ん中の公園の端で夜は更けていった
「なぁ、ヨシは…一段落したらどうするんだ?」
僕は聞いてみた。
「…さあな。出て来てから考えるかな。…でもな、今回ガモと色々してきて俺でも何かできそうな気がしてるんだよ。」
「まーくは?」
「…大検受けて大学行こうかなと思ってる。医学部とかいいなって」
「…それ、まじ怖いから」ヨシ
「クーは?」
「あたしは…まだ決まってないよ。でもいずれデザイン系な仕事につきたいな。だからその専門学校とかかな。」
「ガモはどうなんだい?」
まーくが聞いた
「…僕は…そうだな…まだ解らないけど、一段落するまでに時間ありそうだから、ゆっくり決めようかなと思ってるんだ。」
子供の頃から本当にしたかった仕事の夢はもう叶えられ無いのは解ってた。
それどころか仕事自体をさせて貰えるかどうかすら解らない。
ただ仕事云々より、仲間と一緒に居れたらいいなと思ってたよ。
「明日の事は明日考える」
まーくが言う
「なんだよそれ?」ヨシ
「ビビアン・リー…映画の風と共に去りぬの中の言葉さ。
明日の事を今日から心配しないで今を楽しむ…。そういう考え方、いいと思うよ。」
…明日の事は明日…
僕は今まで、明日の為、未来の為に今を努力するという考え方をしていた。
目標があって、それに向かっていく為に今日という日と自分の本当にしたい事を犠牲にしてきてた…。
もしかしたら、その間に重要な何かが見えていなかったのかもしれない…
僕らはここを出たら警察に行こうと話をした。
自首して少しでも早く再会しようって。
「なぁ、喉乾いたよ。乾杯しようぜ」
ヨシが言った。
みんなジュースを取り出した。
「がぶ飲みココアかなくてな…がぶ飲みミルクコーヒーになったんだよ」ヨシ
「ジンジャーエールはあったんだ。」まーく
僕らは温くなったコーラ。
左手が使えない僕は歯でキャップを外した
「言ってくれたら開けてあげたのに…でもちょっと野性的で格好良かったよ」
クーが言った
なんだか照れる
みんな立ち上がる
「よし!乾杯の音頭は俺がするよ。
…コホン…では、我々9月革命の一応の成功を祈って、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
次の瞬間、目の前にコーラがこぼれてるのが見えた。
こぼれたコーラはどんどんと芝生に吸い込まれてた…
何か声が聞こえた様な気がする。
返事をしようと思った…
…そこで僕の意識はなくなったんだ。