都内 8
電車の下に何か燃える物があったのか線路に敷設してあるケーブルが燃えたのか解らないけど黒い煙りはどんどんと広がったんだ。
簡単な火災を起こしてここにしばらく電車を停めて置く。その間にどこからか地上に出ようと考えていた僕には予想外だったんだよ。
でも、大きな騒ぎになれば…
それならそれで使える
僕は次にどうしたらいいか考えたよ。
…まぁ、僕の行動はその場しのぎ…考えてどうにかなるもんじゃないんだけどね。
「ガモくん!あれっ」
クーが指す先…
反対側の軌道の先に電車のヘッドライトが見えた。
ライトは動かない。停まってる
確かにあの列車は進行すれば黒煙の中に入る事になる。
通信指令部から停車待機と言われてるのかもしれない。
僕らが乗ってた電車から火災に気付いたのか何人かが線路上に降りて来ているのが見える。
避難しているのか…
よし。これしかない
「おーい!こっちだ!あっちの電車へ!」
降りている乗客に大声で叫ぶ。
線路に降りた何人かが声に気付いて僕たちの方へ避難しはじめた。
「クー、行こう!こっちだ!」
僕はクーの手を掴んで反対側の軌道に停まってる電車に向かって走ったんだ。
『木を隠すなら森に隠せだ』
「助けて下さいっ!電車から黒い煙りがっ」
反対から電車の運転士と車掌が助けにこっちに走って来てたんだ。
すれ違いざまにそう言うと 二人は慌てて
「早くあっちの電車の後ろの方へっ」
と言って様子を見に先に進んで行った。
僕らの後ろからも、僕が乗ってた電車の乗客が沢山走って来ている。
僕らは車両に沿って後ろへと向かった。
「何があったんだ?」
見上げると電車の窓を少し開けておじさんが聞いて来た。
「前で車両火災だ!後ろへ避難しないとっ!」
と叫んだ。
そう。
パニックを引き起こす事にしたんだよ。
言った事は嘘じゃない
ただ、火災はこの電車じゃないと言わなかっただけだ。
すぐにその電車の中でも叫び声が上がった。
みんなが一斉に後ろの車両に走って行くのが明るい車内に見える。
先の方で扉を開けて何人も線路上に飛び降り始めた。
平日日中の地下鉄とは言え、二つの列車の乗客は数百人いるだろう。
地下鉄構内はあっと言う間にパニックになった人たちの叫び声や泣き声に包まれた。
周りの何十人もの乗客と一緒に後ろに向かって走る。
一番後方の車両は連結部の非常扉も開かれていて、どんどんと乗客が降りている。
しかもみんなパニック状態だ。
よし。これなら解らないだろう
しかも軌道上にこれだけの人が降りていればすぐに電車を動かす訳にもいかないだろう
僕は途中で投げ捨ててあった薄いウインドブレーカーを拾って着た。
ビール会社の販促用らしく派手な緑色だ。
多分持ち主は暑かったんだろう。
ポケットを探るとハンカチが入ってた。
少し進むと向かいから入ってきた消防の人達とすれ違った。
連れの具合が悪いと言うと毛布をくれた。
「歩けるか?もう少し進めば駅だから頑張れ」
消防の人はそう言ってくれた。
消防士さんごめん
僕はクーを貰ったオレンジ色の毛布でくるんだ。
「ガモくん、あたしは平気よ」
「平気で良かった。
でもこれから地上に出るのに少しでも人目を避けたいんだ。
暑いかもしれないけどさ、ちょっと我慢して」
「うん」
クーは頷いた。
緩いカーブの先に明るい駅が見えた。
暗い中にいると普通の明るさでもこんなに明るくみえるんだ…。
ちょっと自分の事に似てるなと思った。虐められてた暗い日々に、普通の生活が明るく輝いて見えていたあの頃を。
駅のホームの端の階段からホームに上がる。
そこには既に次の電車が入線していて乗客や警察、消防でごった返していた。
アナウンスは乗客は地上へ上がれと怒鳴っていた。
入線してた電車の乗客と一緒ならその乗客に紛れたかったんだけど、ホームの端から上がった乗客は駅員に誘導されて地上へ向かう階段やエレベーターへと進んだ。
僕とクーは階段を使う事にした。
エレベーターのドアが開いたら警官と出くわすのはイヤだったからね。
地上は凄い事になっていた。
救急車や消防車がずらりと並び、道路上には蛇の様にホースがのたくり、警官が野次馬の整理に追われている。
僕たち二人は待機している救急車の一台に乗せられた。
救急隊員は優しかった
「名前と住所教えてくれるかな?どんな具合?煙吸った?」
「…頭が痛いです…吐きそう…話すと気分が悪い…」
勿論嘘だ。
救急隊員はクーに酸素ボンベから出ているマスクを渡してから、何かを手板に書き込むと僕の方を向いて言った。
「君はどこが痛い?」
「僕は目と喉が痛くて…」
僕はハンカチを顔に当てていたんだ。
顔を隠す目的があったから。
チラリと見ると救急車の運転席には誰もいない
外は野次馬や報道関係者、警察、被害者などが集まっている
「一旦容態を本部に伝えて来るからここでじっとしてるんだよ。いいね。すぐ病院に連れて行くから。」
「あの…後ろのドア閉めてもらえませんか?音が酷くて…」
「ああ解った。じゃ、じっとしてるんだよ」
救急隊員は救急車を降りてリヤハッチを閉めた。
僕は近くにあった白衣を上から着て東京消防庁と書いてあるヘルメットを被った。
棚の上にあった紙マスクを掛ける。
そのまま運転席に移動する。
メーター類が光ってるからエンジンは掛かってる。
オートマチック車だ…きっと運転の仕方は変わらない。
左にあるセレクターレバーをDポジションにしてサイドブレーキを下ろすとびっくりするくらい簡単に大きな車体は動き始めた。
もし運転士がいたり、救急車がオートマチックじゃ無かったら、クーの持ってるスタンガンで脅して運転させて逃げるつもりだったんだ。
でもこれなら自分で移動できる。
ちょっとホッとしたんだ。だって救急隊員を傷つけなくても済むからさ。
少し進むと前の救急車が警官に誘導されているのに追いついた。後に付いて広い通りに出た。
前の救急車と同じように右に曲がる。
加速しながら前の救急車はサイレンを鳴らし始めた。
サイレンのスイッチ…
左のシフトレバーの下に黒く四角い箱がありボタンがいくつか並んでる。
赤色灯の文字のボタンの上のランプは赤く光ってる。
その横にサイレンと書いてあるボタンがあった。
押すとけたたましくサイレンが鳴り始めた。
「救急車らしくなったじゃない?」
後ろから顔を出したクーが笑いながら言った。
僕も笑った