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僕らの革命 【改訂版】  作者: 片山 碧
38/45

都内 6


「息子さん?」

クーが聞いた



「ああ。当時中学二年。


もう10年になるんだがな。


…学校で虐められてな」


ハイライトをくわえて百円ライターで火をつけた


少し開けた窓にふぅーっ と煙を吐き出した。


窓の隙間に吸い込まれていく煙を見ながらおじさんは話しはじめた。

「…当時俺は商社の会社員でな。朝早くから深夜まで仕事に追われてて、息子の事まで気が回らなかったんだ。

てっきり楽しく学校に通ってると思ってたんだ…。

ある日学校と嫁さんからほぼ同時に会社に電話が掛かってきたんだ。


…息子は学校の裏山で首を吊ったんだよ。」


「…」

「…家の机の引き出しに遺書があって、何年も虐められてた事が解ったし相手の名前も解った。

悲しかったし悔しかった。


勿論抗議したさ。警察にも学校にも教育委員会にも何度も通ってな。


…でもな結局何にもならなかったんだよ。」


「どういう事ですか?」


「簡単に言えば虐められて死んでも死んだ方が損するだけだ。息子を自殺にまで追い込んだ奴らは学校や弁護士だけじゃなくて、国の法律や人権、プライバシー保護やら更正の余地やらで守られて大した責任の追及もなくて…結局、息子へのいじめの実態も解らずじまいさ。

調停も全部非公開。

親だってのに何にも解りゃしない。

本当の事を知りたくておこした民事裁判でも相手はのらりくらり。

苦労して出させた書類は白紙か真っ黒に塗りつぶしてあってな。

…虚しかったよ。怒りの鉾先を向ける相手の実体がないんだからな。

結局犯人たちは線香一本あげに来なかったよ。」


おじさんは遠い目をして言った


「…」


「俺はそのあと会社辞めて離婚した。

…俺が息子に代わって復讐してやろうと思ってな。

かみさん巻き込んだらいけないと思って離婚したんだよ。


…でもな、復讐なんてなかなかできるもんじゃない。



息子もかみさんも俺も奴らに人生狂わされただけだったんだ。


今はタクシー運転手だ。

ま、この仕事は嫌いじゃないし独り身にも慣れた。だけど復讐を忘れた訳じゃない。

…いつか偶然に犯人を客として載せたら俺が始末つけてやろうと思ってるんだ。」


ポケットから携帯灰皿を出してタバコを憎々しげにもみ消して続けた


「昨日は明けの休みでな、テレビ観てたらいきなりお前たちのニュースに切り替わったんだよ。

最初の方の生中継で逃げ出して来た学生がお前の名前を言ったんだ。

すぐに少年Aってリポーターは言い直したけどな


初めは単にバカな学生が適当な理由でもつけて、立てこもったんだと思ってた。

そしたらお前の事を詳しく説明してさ。

虐められて苦しんでる人たちの為にって言ったって聞いてさ。…もし、万が一にでも出会ったら援護してやろうと思って。

この界隈を流してたんだ。


…罪滅ぼしの真似事さ。

…父親として息子に何もしてやれなかったからな。


…しかし、まさか本当にお前たちに会えるとはね」


そう言ってニヤリと笑った。


目は悲しそうだったけどね





「さて、送って行ってやるよ

羽田に行くんだろ?

横浜の方から回りこんだら検問は少ないんじゃないかと思うんだ」


「…いえ、羽田には行きません。

どこかで安全に電車に乗れませんか?」


「電車かぁ…少し離れたら大丈夫かもな」


タクシーはコンビニ裏の薄暗い道を表通りに出た。

また僕らは重なる様に伏せていないといけない。


「すみません。どこかで服を買いたいんですけど、どこかないですか?」

クーが寝たまま聞いた。


「着替えるか?まぁそのアロハじゃ目立って歩けないよな。ダボダボだしな。」


おじさんはタクシーをしばらく走らせてビルの前に着けた。


看板に大きなナイキやアディダスのロゴが掲げてあるお洒落なスポーツショップだった。


「ここなら心配ない。ほら入れ。」

おじさんは先に降りて中に入って行った。


僕たちも付いて入る


平日の昼間のスポーツショップの客入りは知らないが、この店は客は殆どいなかった。


有名メーカーの色んなスポーツのシューズが壁全体にディスプレーしてある。

サッカー教室に行ってた時にはこういうショップに年に何回も来ていた。

ウェアも沢山ある。


おじさんはどんどん奥に入って行った。

僕らもカラフルなウェアの中を抜けて後に続く。

おじさんは奥の扉をいきなり開けて中に入った。


ドアには事務室と書いてあった。

中には応接セットや事務机があって普通の会社みたいだ。


奥の机にスーツを着たおばさんが電話してた。


「よう。ヨシエ。」


おじさんは軽く声を掛けた。


おばさんはおじさんや僕らを見ると慌てた様に電話を切った


「どうしたの?こんな時間に」

おじさんと僕らの顔を交互にみながらそう言った。


「ああ、紹介しとくよ。蒲生くんと彼女さんだ。…こっちが俺の元かみさんだ。」


僕らは頭を下げて挨拶した。


おばさんは僕の名前と顔を見て驚いた様な顔をした。

多分僕の事知ってたんだと思う。

「事情は後で話をする。悪いがこの二人を着替えさせてやってくれ。

目立たない様にセンス良くな。」

おじさんはそう言った。




クーが奥さんと服を探しに行ってる間におじさんがタバコをふかしながら言った


「かみさんはこの10年でこういう店を始めてな。今じゃ結構裕福なんだ。

…こういう店をしてたら息子位の年の子が来るだろ?

俺はツラくなるから止めとけって言ったんだけどな。

…最近思うんだよ。

敢えて怒りや無念さを忘れない様にこういう店してるのかなってさ。

…これがあいつの戦い方なのかもなって。」



「どうかしら?」奥さんがクーを連れて帰ってきた。

何ていうんだっけ…

ほら街を走ってる人…


「ジョガーなら都内は目立たないわよ」


そうだ ジョギングする格好だ。

帽子もサングラスも、スポーツリュックも背負っている。


「どう?走れそうに見える?」

クーは嬉しそうだ


「皇居の周りには沢山いるな。そのスタイルならサングラスしても目立たないな」

おじさんは言った。


僕の番だ。

更衣室に入る様に言われて次から次へと持ってきてくれる服を順番に着ていく。

サッカーとは全く違うウェアだ。サッカーは動きを妨げない様に緩いのに陸上用はぴっちりしている。


最後に時計とサングラスを持ってきてくれた。

更衣室から出ると奥さんは僕をじっと見て、「似合ってるわよ」と言ってちょっと寂しそうに笑った。




お金を払うと言ったけど受け取ってくれなかった。と言うか請求されても、とても払える金額じゃなかったと思う。

シューズ一足でもびっくりする位の価格だったし、しかも上から下まで全部有名ブランドだったから。


「ありがとうございます。…でもどうやって返したらいいか…」


奥さんは少し考えてたけど


「そうね…じゃあ、あなたたちが、いつか一段落したらここに訪ねてくるという条件でどうかしら?」にっこり笑いながらそう言った。


僕らは大きく頷いた。


いつか…それは僕が処分を受けてから…その前に今を生き延びてから…




ソファーの陰で新しいスポーツリュックに火炎瓶を入れる。



さぁラストスパートだ。




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