都内 5
車が来ないのを見計らって中央分離帯から道を横切る。
目についたすぐ側の脇道に早足で入り込み、人目がないと解ったところからは走る。
知らない街はまるで迷路だ。
すぐに人通りの多い道に出てしまう。
人混みの中を走ると間違いなく目立ってしまうから歩かなきゃならない。
かと言って悠長に歩いてたら何時までも非常警戒されてるエリアを抜け出る事はできない。
僕らが見つからなければ、警察は捜索範囲は広げるだろうし…。
人の姿が見えたら取り敢えず近場の路地に入り込む。
くしゃくしゃなピンク色のチラシが風でカサカサと音を立て、捨てられたペットボトルが目に入る。
なぜだろう、少しホッとする。薄暗い路地に入ってホッとできるなんて良く解らない心境だよね。
「ガモくんっ」
手を引っ張られて真っ赤な自動販売機の影に隠れる。
「向こうからパトカーが来てた。
…この辺りは危ないね」
小学生の時、友達の家で見たゲームの…なんだったかな…そうそう、バイオハザードに似てるなって思った。
ゲームよりゾンビが少ないのは今の僕らには有利だけど、武器が無いのとリセットできないのは不利だ。
「なぁ、クーはこの辺り詳しいの?」
「私はウエストサイド専門だからこっちは解らないのよ。西へ向かえばあたしの知ってる所に出ると思うんだけど」
そう言うとクーは急に悲しそうな顔になった
昔のツラかった時の事を思い出したのかもしれない。
僕から話題を変えるように話掛けた
「このまま歩いて行くのは難しいな…車か電車を使おうよ」
「電車使う?
…近いのは、浜松町か田町だから山手線で新宿まで一本…
だけど…乗れると思う?
駅の周りは警官だらけよきっと。」
確かに僕たちが考える事位、警察が考えない訳ないだろう。
警察がどこへ向かうか解らない犯人を追うにはどうしたらいいか…犯人は子供だ。公共交通…バスか電車を使うだろうと思い付く事くらいすぐだよな。
そしたら駅前は一番に警戒するだろう。
まーく達はどうしてるかな…
あの二人ならそう簡単には捕まらないとは思っているんだけど。
携帯を取り出して掛けてみる事にした。
駐車してるバンの陰に入ってボタンを押す。
歩きながらは危険だ。注意力が散漫になって警官の近付くのに遅れたらアウトだから。
『ああ、ちょうど良かった。電話しようと思ってたんだよ』
一度のコールで繋がってまーくの声が聞こえてきてちょっとホッとした。
あの二人はまだ逃げられている。
『ガモ、すぐ着替えて。虹川さんのアロハは目立ちすぎる。
あと携帯での連絡はこれで最後だよ。
発信場所を特定されるから。
話が終わったら通話を切らずに何か移動する物に置いて離れて。
…僕らはこれから電車を使うつもりなんだ。
駅は警官だらけだと思うけど乗り込んでしまえばこっちのもんだから。何とかして向かうよ。現地で会おう』
そう言うとヨシに代わった。
『おうガモか?
俺さ、着替えたんだよ。サラリーマンみたいなんだ。何だかまーくと援交してるみたいでさ…それから…あ、時間無いんだよな。また後でな。』
通話は繋がってたからガサガサと音がしたけど懐かしい声は聞こえなくなった。
会話の内容をクーに話した。
僕たちも移動しなくちゃ。
バスかタクシーか電車か…それとも車を奪うか…
その前にまーくに言われた様に着替えなくちゃならない。
財布にはお金はまだある。
だけど…僕が買う事が出来るんだろうか。
街中のみんなが僕を知ってる気がする。
クーはそれを聞くと私が買ってきてあげるわと言った。 ただ店があったらねと付け加えた。
この辺りにはビジネスビルが中心で服を売ってる様な店がない。
路地から路地に移りながら移動した。
「!」
路地の向こうの通りを警官が二人通過して行くのが見えた。
繋いだクーの手がキュッと僕の指を掴む。
とっさに近くに停まってた佐川急便のトラックの陰に隠れた。
二人の警官はこちらに気付かなかったみたいだ。
冷や汗が滲み、心臓がバクバクいう。
見られてたらゲームオーバーだ。
路地は危ないと気付いた。
前から警官が来たら逃げ道がない。
でも、怖いから心理的に人通りの少ない道を選んでしまう。
…かと言って、大通りを歩くのも危ない気がする。
少なくとも警戒区域内を歩き回るのはマズい。早く遠くへ行くか、ほとぼりが冷めるまでどこかに身を隠すか…
まーくに言われた事を思い出して携帯をトラックのバッテリーの上に隠した。
隠して立ち上がった時
「おい、お前たち」
いきなり声を掛けられて驚いた。
振り向くとワイシャツにネクタイ姿のおじさんが立っていた。
「早く俺の車に乗れっ」
指す先にはタクシーが停まっていた
敵か味方か…
知らない相手が味方な訳がない
クーと二人ダッシュして逃げようとした瞬間
「止めとけ。この先は警官だらけだぞ。
…蒲生くん」
「!」
走り出そうとした脚が止まった。何で名前まで知ってるんだ?
おじさんは二ヤッと笑った。
そして急に真面目な顔になると
「ほら早く乗らないと捕まるぞ」
と言った。
僕らは観念してタクシーに乗ったよ。
「足元に伏せてろっ…見つかったらダメなんだろう?」
おじさんはダッシュボードの料金が表示される機械の横のボタンを操作して『回送』という表示にしてそう言った。クーと重なる様に後部座席の足元に伏せた。
クーの背中からドキドキしてる感覚が伝わってきた。
「大通りに出るから動くなよ。スモーク張ってあるからそう簡単には解らないとは思うけどな。」
おじさんはそう言うと無線を取った。
「307、307、ちょっと休憩してからヤマ行きます」
『…307了解…』
掠れた無線の声がする
タクシーは動き出した。大通りを左に曲がったのが解った。
「…ヤマってのは議事堂の事だ。安心しろ…。
この辺りは右も左も警官だらけだ。あのまま進んでたら捕まってるぞ」
おじさんは呟く様に言った。
幾つも交差点を越え路地を曲がり車は走った様だ。
勿論伏せたままだからどこをどう走ったのか解らない。
しばらく走ってから車はどこかに停まった
「今は起きていいぞ」
その声に体を起こす。
何だか暗い道だ。
「ここは俺がいつも休憩するポイントなんだ。
ちょっと待ってろ。
大丈夫、警察なんかに言いやしないよ。
引き渡すくらいなら最初から助けなんかしない。」
おじさんはそう言ってタクシーを降りて行った。
エンジンも掛けっぱなし、ロックもしてない。
逃げるべきなんだろうか…この運転手は一体何者なんだ?
「ガモくん…どうする?」
「…悩むけど、逃げてもすぐ捕まるよな。警官だらけだし。もう少し待とうか」
僕はそう言った。
確かに捕まえさせたければ助けずにパトロールの警官に僕らを指さしたらいいだけだ。
逆にこれからどうなるか解らない僕らに恩を売っても意味はない。それどころか僕の名前を知ってた以上、犯人隠避の罪は免れない。
罪を犯してまで僕らを何で助けてくれるのか解らなかったんだ。
ただ、ひとつ解ってたのは僕らはおじさんに助けて貰わなきゃ間違いなく捕まってしまうという事だ。
おじさんが戻ってきた。
「ほら飯だ。俺も休憩だ。
人間食わなきゃいい案も浮かばなけりゃ、運も掴めねぇ。
好き嫌い言わず食え」
そう言ってコンビニの袋を渡してくれた。
中にはおにぎりやサンドイッチやパンやお茶の他にタバコと缶コーヒーが入ってた。
「好きなの取れよ。但し、タバコとコーヒーは俺のだ。
ここな、コンビニの裏なんだよ。」
そう言った。
正直お腹は空いてなかった。
だけど貰わなきゃいけない気がしておにぎりを貰った。
紀州梅の梅干し
クーはサンドイッチを手にとった。
「安心しろ。食ったら適当な所まで運んでやるよ。
…ほらお茶はお前たちのだ。」
おにぎりは美味しかった。
いままではあまり選択しない梅干しだったのに、梅干しのおにぎりってこんなに美味しいものだったんだ…
クーもサンドイッチをパクついてる。
単に緊張して空腹まで気が回らなかっただけなのかもしれない。
食べ終わって一息つく
バックミラーで見てたのかおじさんが言った
「ほら、食べ終わったら何て言うんだ?」
「…ご、ごちそうさまでした」
おじさんは嬉しそうに笑った。
「…お前ら昨日から派手にやってるな。
いや、責めてるんじゃない。すげえって思ってな。
単にいじめた相手に復讐してるんじゃねぇと思ったら、相手は国じゃねえか。すげえよ。」
…なんだ単なる危ないおじさんか…そう思ったんだ。
次の言葉を聞くまではね。
「…俺の息子も負けずにそれ位やってくれりゃ良かったんだけどな…。」