脱出
僕は仲間と藤井たちを集めた。
深呼吸して話始める
「これから外に出る。
出てからはどうなるか解らないから先に言っておくよ…。
ヨシ、まーく、クー、藤井さん、山本さん、工藤さん、今までありがとう。
たとえ、はぐれてもヨシ、まーく、クーはさっきの打ち合わせの通り、合流地点に。連絡は絶やさない様にしてくれ。
藤井さんたちとは途中で別れる事になる。
三人には嫌な思いをさせて悪かった。もう二度と会うことは無いと思う。
…勝手な話だけど昨日、今日の事は悪い夢だったと早く忘れて欲しい。
後から警察の事情聴取は間違いなくあると思う。
その時は、僕らに脅されていたと言い切れ。
あくまでも被害者だと。
そうすれば罪に問われる事はないから。
さあみんな出発しよう」
仲間三人は頷き、藤井たちは潤んだ目で僕を見てた。
…クーが女の子三人を怖い目で見てたのが気になったけど。
これから四台の車に分乗して羽田に向かう。
まーくと僕で警察の動きのシミュレーションをしたんだ。
警察は僕らが銃を持ってる以上、一般道、246では仕掛けて来ないだろう。
簡単に通過させる筈だ。
市街地で銃撃戦はさせたくはないだろうから。
そうなると仕掛けてくるのは高速芝浦ジャンクションを羽田側に越えてから。
あの辺りになると海沿いに出て一般のビルが無くなる。しかも高架になってる。
その辺りで警察車両合流点か上下線でUターンができる地点を通過した先。
…多分目の前に来るまで先の解らないブラインドカーブを越えた所。
そこにバリケードを作る。
僕らをそれで無理やり停止させる。
そこに、後ろから合流したり、Uターンさせた警察車両を使って挟み撃ちにする…。
狙撃班は近くのビルの屋上から狙い、犯人と断定できたら射殺。
特殊隊員がバリケードから飛び出して来て突入。鎮圧。
まーくと地図を見ながら大体の場所の特定をした。
…警察側はそんな感じのストーリーだろう。
…だから僕らはその手には乗らないよ。
ヨシと一緒に出て行ったまーくが釣り糸を手繰りながら戻ってきた。
遠目に見るとまーくは女の子にしか見えない。
「この釣り糸を引いたら渡り廊下の仕掛けが作動するよ。ついでに余った火炎瓶や地図、パソコンなんかも置いてきた」
そう言った。
クーと藤井たちは簡単に放送室を片付けた。
証拠の隠滅だ。
田頭、伊東、武田に目隠しをするのは僕が買って出た。
武田に話さなきゃならない事があったんだ。
田頭、伊東に目隠しして調整室のクーに引き渡して職員室に連れて行ってもらう。
最後に残った武田は半眼で僕をみて言った
「…思い…だしたかよ?」
「いや。」
「…中学二年…の秋期大会でお前は…俺の…一生を狂わせた…。」
「…何?」
「…イエ…ローカード。忘れたのかよ?…ボンクラ…」
サッカーの話か?
僕は確かに中学サッカーチームではそれなりに活躍してた。
日頃のストレスを発散してたから。
イエローカードは何回も受けた…その一つ一つまで覚えていない。
僕はゴール前に切り込んでシュートするのが得意だったから、マークも徹底されてた。
だから当然、当たりもキツかった。
相手のラフプレーなんかしょっちゅうだった。
それに対抗して多少の無理なプレーもあったかもしれない。
審判は必ずしもいつも公平ではなかった。
相手の反則なのに僕にカードが出されたりした。
でも当たり前だけど意図的にラフプレーをした事はないし、審判の指示には従ってた。
E中との試合も確かにしたはずだけど…
僕の中で何だか朧気に、ゴール前で接触してホイッスルの音とイエローカードを出された映像が浮かんできた。
でも、果たしてそれが武田だったのかどうか解らない。
…その接触が武田の人生を狂わせた…?
そう考えた時、武田が言った
「…吉沢…由紀…の事もな…」
「由紀?」
由紀がどうしたんだ?
「…自分で…思い出せ…自分の事…だろうが…」
解らない…。
一体何の話なんだ…?
「何の話だ!応えろっ!」
僕は武田の耳を引っ張り怒鳴った。
「…グアッ!」
武田の額から玉の様に汗が噴き出した。
ハウの後は当分の間、大きな音を聞かせると締め付ける様に頭に酷く響くとまーくから聞いていた。
「武田!応えろっ!」
「…グギギギ…」
歯軋りさせて苦しんでいる
僕の声を聞いてヨシが飛び込んできた。
「ガモ!」
僕はヨシに抱えられて武田と引き離された。
「ガモ落ちつけって!」
鬼気迫るものがあったのかヨシは僕を押さえて言ったよ。
「ガモっ!状況よく解んねぇけど落ちつけって。」
解ってた。
こんな風にしたら武田は更に話さなくなるって事。
だけど…
…いや、だからこそ武田に話させない様に、ああしたのかもしれない。
本心では聞きたく無かったんだと思う。
聞いたら僕のやってきた事が土台から崩れ落ちるかも知れなかったから。
武田はヨシが目隠しをし直して職員室に引きずって行った。
その武田の後ろ姿を見ながら自分の中の葛藤に息苦しくなった。
まーくとヨシを打ち合わせと称してスタジオに呼ぶ。
「まーくに聞いたぜ。
生きるも死ぬもガモに任せるって話しな。
俺は最初からそう言ってなかったか?」
そうヨシは笑って言って話を続けた
「…俺さ、消えちまいかったんだよ。
最初はさ、めちゃくちゃ暴れて世間騒がせてさ綺麗に散るってなんか凄くねぇ?
そこらへんの奴らじゃできないじゃんか。
だけどさ、実際にしてみたらガモたちとバタバタしてる間って凄く楽しかったんだよ。
何て言うかな…生きてるって感じ…このままずっと続けばいいのにって思ったんだよ。
それってさ、今までこんな仲間に恵まれた事なかったからかな…と思ったらさ…正直、生きててもいいかなって思ったんだ。下らなくてつまらない社会でも生きてたから仲間たちに会えたんだしさ。
…俺はガモの指示に従うさ。
もし、消えちゃう事を選んであの世に行っても今のメンバーなら楽しいかもよ。」
そう言って屈託なく笑った。
まーくは
「と、言うことだ。僕も。」
そう言ってニコリと笑った。
「…でもさ、このまま警察にお縄になるのはあんま格好良くないよな…。」ヨシ
「クーはどうしてこの場に呼んでないんだよ?」
まーくが聞いた
「クーにはこれから僕が話をするよ。
…計画通りにやる。付いて来てくれ。」
二人は頷いた
クーだけには僕から別に話したかったんだ。
セダンを表に回すために裏に回らなければならない。
どこで狙われてるか解らないから人質を連れて行けとまーくに言われてた。
人質と見分けのつきにくいクーと二人きりになるチャンスだ。
クーを呼ぼうとした時
「あたしが一緒に行くよ」
クーの方が先に言った。
僕ら二人が表に着いたら出発だ。
みんなは昇降口の下駄箱の陰で待機させておくとヨシが言った。
職員室から出て階段で二階に上がる。
一階渡り廊下は仕掛けがしてあるから通れないんだ。
二階踊場から三階を見上げるとキラキラと細い蜘の糸の様な物が見える。まーくとヨシが張った釣り糸だ。
トラップ。
触れたらどうなるかちょっと興味はあった。
勿論僕自身が触れる気はさらさらないけど。
二階渡り廊下に着いた。
明るい日差しが窓から差し込み、床のリノリウムで反射し、渡り廊下は全体が光ってるみたいだった。
静かだ。
どこか遠くでヘリコプターのローター音が聞こえて来た。
学校を出たらヘリが追尾してくるのは想定済みだ。
つまり警察側も準備ができたんだろう。
クーと並んで渡り廊下を歩く。
小柄なクーの頭が僕の左側で動いてる。
「何見てんのよ?」
「…つむじ」
「ハハッ。あたしは背が低いからね。
…あんま見ないでよ。ハゲたら困るから」
クーは笑って言った。
僕はその笑顔で自分の考えてた事が見えた気がした。
「…なぁ、クー」
「ん?」
あどけない顔で僕を見上げる
「……生きていてくれないか?」
クーの歩く足が止まる
笑いが急に消え、泣きそうな顔になって言った
「…何言ってんの…」
「クーには生きてて欲しいんだ」
「…あんたね…バカ言わないでよねっ!」
クーは顔をしかめて言った。
「バカじゃないよ。僕は本気でクーに生きてて欲しいんだよ」
「いい加減にしてっ!あたしは生きてても仕方ないの!
大体、あなたが一緒に消えるって言うから付いてきたんでしょっ!
…まさか…ガモ…あんたもあたしを裏切るのっ!?」
多分過去の裏切られた事を思い出したんだ。
クーは怒った。
怒りに満ちた顔に悲しい目で僕を睨んだ。
「…クー聞いてくれ。
僕はクーを裏切らない。」
「嘘っ!あんたはあたしを置いて行くんだっ!あんたもあいつらと一緒!」
一瞬怯えた様な表情になった。けどすぐに怒りの表情に戻った。
「あたしだけ生きててどうすんのよっ!だったらあたしが先に死んでやるよっ!」
「聞けよ。」
僕はクーに向き合い肩を両手で押さえ眼を見ながら言った
「僕 も 死 な な い。
誰 も 死 な な い。
死 な せ な い。
まーくにもヨシにも言ったんだ。二人共、僕に任せてくれたよ。
考えたんだ。消えるか生きるか。
そして出た結論は…僕はクーと一緒に生きていきたい。
…だから…一緒に生きてくれないか?」
「…え?」
クーは驚いた様な顔をして僕を見た
「聞こえただろ?僕と一緒に生きよう。
これからもずっと一緒にさ。
言っただろ?
僕は裏切らないって。
クー、こんな時になんだけど
好きなんだ。」
「…」
怒った顔のまま僕をじっと見ていたが、つぅっと頬を涙が一筋落ちた。
「…無理よ…ガモくんはあたしの事、何にも知らないからそう言えるのっ。
…あたしの体は傷痕だらけだし、タトゥーの痕もあるし、頭悪いし、チビだし…」
言いながら目を伏せてポロポロと涙を流した。
気付いたら僕はクーを抱きしめてた。
クーは嫌がらなかった。
僕の腕の中で細い体を小刻みに震わせながら泣いてた。
「…そんな事問題じゃないよ。
僕がクーを好きになったのは今の、そのままのクーだ。
僕はクーと会って生きていたいって思ったんだよ
一緒に生きよう。
きっと二人でなら…嫌な事も乗り越えられる。」
クーは子供みたいにわんわん泣いた。
何度も頷きながら。
僕は決めたんだ。
クーと仲間と一緒に生きるって。
白いセダンの運転席はうちのシルバーのワゴンと同じだった。
大きさも似てるから、いつか駐車場でした練習の通りに車を動かせた。
ひとつ違ってたのは隣にクーが座っていたこと。
こんな状態なのに違う意味で緊張したよ。
…変だよね。
車を昇降口前のトラックの横に停めると、わざとらしい位オーバーにクーに銃を突きつけながら一旦校舎の中に入った。
クーに職員室から正門を全開にしてもらう様に頼んだ。
僕は携帯を取り出しリダイアルボタンを押す
「吉岡さん、これから出ます。約束は守って下さい。
門の周辺の野次馬や警察を退かせて下さい。
人質には通信爆弾を付けてます。勿論、こちらの通信機で爆破は可能ですが、他の通信電波も気をつけて下さい。
特に警察無線と航空無線に。
周波数帯は知ってますから。
これから出ます。次は羽田で。」
『…』
電話を切った。
車に乗り込む時、仲間同士で目で合図をした。
ちゃんと意味があったんだよ
[待ち合わせ場所で] ってさ。