10時
僕は『裏をかく』という意味に関して詳しくは何も説明はしなかった。
ヨシとクーは何も聞かなかった。
まーくは何か言いたそうだったけど黙ってた。
最終段階だ。
みんなに学校脱出の為の準備をする様に言う
まーくは黙ったままカチャカチャと火炎瓶の手入れを始めた。
ヨシは弾薬やボウガンを運び出す準備。クーは持って出る食料と水の分配をしている。
人質の藤井たちにはテレビモニターの監視を頼んだ。
僕は今の段階で、しておきたい事があったんだ。
「ちょっと人質たちを見てくる。何かあったら呼ぶからその時はすぐ来てくれ」そう言うとヨシが軽く手をあげた。
あいつらに聴いておかなきゃならないと思ったんだ。
…虐められる側にも何かしら理由があるって藤井が言っていたのが、心のどこかで引っ掛かってたんだよ。
僕にも何か理由があるのか…?
僕は銃を持ってスタジオに入った。
伊東も田頭も目を閉じてぐったりしている。
伊東は机の上で時折ビクビクと体を震わせている。聴くのは無理かもしれない。
椅子に座った田頭のヘッドホンを外して話かける。
「おい。田頭」
話かけると目を開け怯えた様な顔でこっちを見た。
「…ひとつ質問だ。」
田頭は小さく頷く。
「なぜ僕をいじめのターゲットにしたんだ?」
田頭はそれを聞くと目線を逸らし消え入る様な声で
「…悪かった。ごめんなさいごめんなさい…」と繰り返し言った。
「…何で僕だったんだ?」
「…ごめんなさいごめんなさい許してくれ頼む頼む…」
埒が開かない。
そばに落ちてるナイロン袋を手に取ると それを見た田頭は怯えて汗をだらだらとかきながら吐き出す様に話はじめた。
「たっ武田が…武田が…やるからって…あいつをヤるからって言っ、言っ、言ったんだ。ほ、ほんとなんだって、ほんとなんです…信じて、ください」
引きつる様にそう言った。
話にならない。
やはり武田に聴かなくちゃならないのか…
僕は倉庫に入った。
薄暗い倉庫の真ん中に武田は横たわっていた。
涎も汗も引いた様だ。
目は開けないが物音を聞いてビクッと反応した。
目隠しのガムテープを引き剥がす。
武田の傍らにしゃがんで小さな声で話しかける。
「武田…何で僕をターゲットにしたんだ?」
「…」
表情も何も変わらない。
「何でだ?何か理由があるのか?」
「…」
何も言う気はないのか、話せないのか…
諦めて立ち上がると武田の小さな声が聞こえた。
「…気付いて…ないのか…バーカ…」
「何っ?」
武田は顔をしかめて言った
「…ほんとに、き、気付いてないんだな…E中の武田って…聞いた事ないのかよ?」
「…どういう事だ?」
「……そんなんだから…」
武田はそのまま目を閉じた
解らない…
けど武田はその後は何も言わなかった。
イラッとしたよ。
ハウ音を聴かせて話させるか散弾銃で脅して…と考えた。
だけど止めたんだ。
只の奴じゃない。話さないと決めたら話さないだろう。
…それより僕がイライラして武田を殺すかもしれなかったから。
…絶対しないとは言い切れない。
『E中の武田』…少し自分で考えてみる事にした。
…でも、あまり時間は無い。タイムリミットは移動が始まるまでだ
調整室に戻った。
ヨシもまーくも準備ができたみたいだ。
二人を呼んで田頭と伊東を倉庫に移動させて、スタジオを少し片付ける。
カメラが来るならやはりスタジオがいいだろう。
パイプ椅子を並べておく。
ここで拷問があったとは思わないだろう。
調整室との仕切りのガラスが割れてる以外はいつもの放送室だ。
「なぁガモくん、ちょっといいかな?」
まーくが僕に言った。
「…話があるんだ。」
真剣な目だ。
職員室へと移動する。
まーくは先生の机に座って話はじめた。
「ガモくん、もうあまり時間がない。だから聴いておきたいんだ。君は消える事についてどう思ってるんだ?」
まーくは一気にそう話した。
「…どうって?」
「気付いたんだよ。
君の動きを見ててさ。
…君だけが全部責任を負って消えるつもりなんじゃないかって」
僕は心を読まれた気がして怖かった。
「…何で?」
「幾つか思いあたる節はあるんだけど…まぁ何となくね。
君の思考は僕のと似てるのかもね。
人には思考パターンと言うのがあってね、色んな取り方や見方があるんだけど、大きく分けて精密な計画を立てれる人とそうでない人が居るんだ。
精密な計画を立てる人は最初から最後まで同じクオリティなんだよ。だけどそういう人はイレギュラーに弱いんだ。
君を見てて思うのはイレギュラーもないのに計画が急に粗くなったって事。
つまりはメインの計画は別にあって、それを粗い計画で隠そうとしてるんじゃないかってさ。
さっき見せしめに人質を殺すかどうかって話の時も。
君自身はあいつらを殺してもいいけど、仲間の僕らが手を出すのは困る様な口振りだったじゃないか?
おかしいんだ…仲間の誰があいつらを殺そうが警察にとっては同じだろ?どうせみんな消えるんだからさ。
つまり、君は、殺すのも罪を犯すのも君一人…我々仲間はガモに指示をされて厭々やらされた…という筋書きじゃないのかい?
そうすれば生き延びても僕らの罪は軽い。罪は全て君だけが背負って消える…こんな感じで考えてるんだろ?」
「…」
図星だ。
「どうなんだい?」
正直困ったよ。
その通りと応えたら仲間を裏切る事になる。
でも、最初から僕だけが死ぬと言っていたら誰も協力なんかしてくれなかっただろう。
僕の計画では最後に仲間達が知った時点で僕は既にいない筈だったんだ。
まーくが其処まで知ってるとは…
僕は話はじめた
「急に計画が変わった面があるのは認めるよ。
僕自身がヤケになってる面もあるだろう。
だけどここで消えるのは何か違う気がしてさ。
…確かに君たち仲間の命を消すのは惜しいよ。
君たち仲間には正直死んで欲しくない。
でもこれだけの事をやって誰も責任を負わない訳にはいかないだろ?つまり…」
遮る様にまーくは手を広げて言った。
「ガモ、君は解ってないんだ。もし君だけが逝くなら、残された僕たちがどんな気持ちになるか。
その後どんな気持ちで生きていかなきゃならないか。
…最初から仲間はみんな一緒に消えるはずだったろ?
最終的には消える事が前提で集まった5人じゃないか。
そんな僕らを君は置いていくのか?」
「…」
「さぁ、解ったなら、ここで今、約束してくれ。僕ら仲間は生きるも死ぬも一緒だってさ」
まーくはそう言って優しく笑ったんだよ。
それを見たら言うことはひとつしかないよね。
「解った。君たち仲間の命は僕が預かる。生きるも死ぬも一緒だ。」
まーくは頷いた。
「ただ、クーには僕から伝えるよ。」
僕はそう付け加えた。
僕が直接言わなきゃダメだ。
僕らは調整室に戻って僕以外の仲間3人と藤井たち3人に、これからの計画が決まった事を話したんだ。
飛行機には乗らない事。羽田に向かう途中で散開する事。
途中ヨシが「キャビンアテンダントのお姉さんに会えない…」と言いながらため息をついて苦笑いした。
クーもヨシを見て笑いながら頷いた。
藤井たちは悲しそうな顔をした。
友田は居なかったけど、僕らは本当の仲間になれた気がした。
…正確にはやっと僕が仲間になれた様な気がしたんだ。
職員室の操作板で校門を開ける。
パトカーと赤色回転灯の付いた灰色の警察のバスがゆっくりと入って来た。
調整室のモニターで見ると羽田の混乱してる様子かパトカーとバスが学校に入ってくる様子を映している局が殆どだった。
羽田は構造上B滑走路を封鎖するとAやC滑走路にも影響するらしく、午前の遅い時間からの離発着が出来ない便が続発しているようだ。
画面の離発着掲示板には欠航や調整中の文字がずらっと並んでいた。
上には文字が流れる様に欠航の決まった便名が続いている。
局によっては学校から羽田までの道順を予測している番組もあった。環状八号線で南下するか首都高を使うというのは前に羽田に父さんと車で行った事があったから知ってた。
今回もどちらかのルートを使う予定だ。
「二台とも校内に入ったよ。」クーが言う。
正門を閉める。
僕とヨシは銃を構えて出迎えに行く。
コンビニのトラックの前に横向きに二台が並んで止まる。
灰色のバスからアロハシャツの太った男と藤堂が降りてきた。
「藤堂さん!止まってください。運転手の警官に車から出る様に言ってください。」
藤堂は頷いてパトカーの運転席に行き二言三言話した。
アロハシャツはバスの中に向かって「降りてってさ」と言った。
降りてきた二人の警官は防弾チョッキを着た機動隊の服の警官だった。
丸腰とは言え、格闘させたら強いだろう。
警官二人をバスに手を付くように命令する。
僕が警官の後ろから銃を構えて動かない様に指示する。ヨシはバスの中を確認してカーテンを閉めていく。
中に特殊隊員が潜んでる可能性が高かったからね。
「中には誰も居ないよ。俺を殺させる気か?って言って乗らせない様に言ったんだよ。」
藤堂は豪快に笑いながら言った。
僕は警官二名に校庭の真ん中に座っているように指示した。
一人の若い方の警官はチッと舌打ちしてこっちを睨んだ。
もう一人の年上の警官が若い警官の肩を掴んで校庭に引きずる様に連れて行った。
正面にバスが横付けになってるので警察側からは僕たちは見通せない。僕らはテレビで警察側からの図は確認できる。
特殊隊員が隠れて接近してもすぐ解る。
藤堂とアロハを中へ案内する。
まーくが荷物を持ってきて僕らと途中ですれ違う。バスのチェックと同時にいくつか仕掛けをしてもらうんだ。
職員室を経由してスタジオに案内する。
僕の指示で藤井たちは校長室に待機させた。
クーにはバンダナで顔を隠してモニターチェックをする様に言ってある。
「ほお、ここが安田の中か」
「安田?」
「…ああ君たちは知らないだろうが、俺たちの時代に東大の安田講堂に立てこもった奴らも居たんだよ。安田講堂は革命派の象徴であり、最後の砦となったんだよ」
「学生運動ですか?」
「そうだ。よく知ってたな。
当時俺もあるセクトで闘ったんだ。まぁ、俺は早い時期に警察に逮捕されてしまったけどな。」
「一体何を目指したんですか?」
「…うん。色んな意見があるから一言で言うのは難しいけどな、革命を興して、日本を変えようとしてたのは確かだ。
一部には火器を使ったりするセクトもあってな…。暴徒と言うかテロリストになった奴らもいる。
そんな奴らでも日本を変えなきゃと言う理由を持ってたんだ。」
「…」
「…そんなおっさんの話はどうでもいいな。
そこで質問だ。君たちは一体何を目指してるのか聴かせて貰えるかい?」
アロハの持ったカメラに赤いLEDが点く。
僕は話したよ。
理不尽に苛められても、声すら上げられない人たちの心境と境遇を。
それを見つけ、対処すべき立場の人間が見てみぬふりをする実態を。
少し強い口調でね。
話が一段落すると藤堂の指示でアロハのカメラは止められた。
「…よく解ったよ。
あのさ、何年か前に文科省の教育審議会と云うのがいじめに対して各都道府県の教育委員会に通達を出したんだよ。簡単に言うと、教育委員会が率先していじめを無くす努力をしろってさ。そしたらどうなったと思う?翌年からいじめの実態はないって報告が返ってきたんだ。
昨年なんか東京都でも僅かな数だ。それについてどう思う?」
「僅かな訳ないじゃないですか。」
「じゃあ何でだと思う?」
「…」
「国や役人にも原因があるんだよ。文科省からの監査を恐れて出した嘘の数字だけで、そんな実態はないって言って踏み込んだ調査も何もしないんだからな。」
「みんなそれが解ってて何故声を上げないんだろう…。」
「だよな。だから君たちが今回とった行動は世間のみならず国や役人に向けたメッセージでもあるんだよ。なっ?」
「…確かにそうなんでしょうが…藤堂さんは何故それを知っていて声を上げなかったんですか?」
「何もしなかった訳じゃない。いくつかの雑誌に記事も書いた。…ただ、ジャーナリスト一人が売れない雑誌の片隅で騒いだって世論は動かないよ。
だから、君には国に向けてのメッセージを伝えて欲しいんだ。腐敗した政治に対してカメラの前で話して欲しいんだ。」
「…」
なんだか載せられた様な気がしたよ。
でもさ、確かに教師たちも見てみぬふりをしていたし、国がそれを認めないのはおかしい。
僕はアロハの持つカメラの赤いLEDに向かって思う事を話したよ。何を話したか覚えてないけど満足そうに藤堂が頷いてたのを見ると、藤堂の考えと、
そう違えては居なかったんだろう。
「今回撮った画像で君たちが不利になる事がないように注意するよ。信用してくれていい」
藤堂は笑いながらそう言った。
いつの間にかまーくも帰ってきていて。僕と眼が合うと頷いた。
「…さて、聞きにくい話をしなきゃならん。君たちは一体誰を射殺したんだ?」
ヨシが言いたそうだったから頷くと明るく言った
「誰も殺しちゃあいねぇよ」
「だってお前、あの血は…」
「血じゃねぇよ。絵の具だよ」
「…人質を撃ってなくて良かったよ。
…だけどな、その為に警察側は『狙撃止むなし』って事になってるんだぞ。
この件だけでも公表した方がいいと思うぞ」
「…いいえ。
…たまたま藤堂さんは知ってしまった訳ですが、警察には僕らが人質を躊躇わず撃つというイメージが必要なんですよ。
そうでなきゃとっくに特殊部隊に撃たれて終わってますよ。」
「狙撃されてもか?」
「ええ。リスクがあっても計画をやり切る為にはそういう脅しは必要です。」
「…ここを出たらすぐ解ってしまうだろう。羽田に着く前に道路封鎖されて強硬突入になるぞ。」
「大丈夫ですよ。考えてます。」
僕は冷静にそう言った。