20時
チェックしたナイフとスタンガンをみんなに配りなおした。
僕のスタンガンはクーに渡した。
一つ足りないから。
ヨシは新聞紙を敷いて散弾銃の分解清掃を始めた。
ネットや本で調べたらしいが手際良く分解する様を見ていると
「モデルガンと変わらないからな」と言った。
クーはテレビのモニターチェックを再開した。
さっきの解放の映像が繰り返し流れている。
走り出てくる110人の映像だ。
この110人は一生今日の事は忘れないだろう。
ふとした拍子に…例えいじめというキーワードを聞かなくても、扉が強く閉まった音を聞いたり、デパートの館内放送を聞いたりしただけでもきっと思い出す。
夢にも見るかもしれない。
110人の一人づつの脳に一生忘れない記憶を刻みつけたと思うと何だか不思議な気持ちがした。
火炎瓶をチェックしてたまーくがトラップを仕掛けようかと言った。
「トラップ?」
「ああ。三階に防火扉があるんだよね?それを開けたら火炎瓶が割れる様にさ。
机を置いて端に火炎瓶を置いとくだけだけどね。
割れて爆発したらここにいる僕らも気づくだろ?」
「そうだな…僕たちが割らない様に気をつけないとな」
今は放送室の占拠に留まり、他の校舎や校庭は警察との緩衝地帯だ。
でも《違法統治》しているんだから警察はきっと陣地を広げに来る。
「恐らく今夜あたり警察は動くと思うぜ。
例えばSITとかの特殊部隊を屋上に張り付かせたりな。」
ヨシが部品に油を塗りながら言った。
「あり得るね。西校舎や校庭の端の植え込みにも居そうだな。
少し離れたマンションには狙撃手も居るだろうしさ」
まーくも言った。
「警察に撃たれて死ぬのもいいな…」
振り返ると友田だった。
「…」
場が白けてしまった。
友田はふらりと部屋の片隅に行って座り、食料のせんべいをバリバリと食べ始めた。
やっぱり友田は普通じゃないな…
ヨシとクーにこの場を任せて、まーくと僕はトラップを仕掛けに行く事にした。
もしも銃を撃つような事があって火炎瓶に引火すると危ないと思ってボウガンを持って護衛する事にした。
ウィリアム・テルだっけ?
ランボーでもいいけど、そんな気分だったよ。
まずは屋上に通じる扉だ。内側から外へ押し開けるタイプだ。つまり警察は扉を引く。
扉の内側の取っ手に紐をくくりつけて片方を輪にして結び、手すりの上に置いた火炎瓶に掛ける。
扉が開けば引かれて落ちて爆発する。
簡単な仕組みだけど間違いない。
まーくは繊細に素早く仕掛けをした。
外科医が縫合糸を結ぶみたいだ。
三階の防火扉はもっと簡単だ。扉のすぐ外に机を置いて瓶を置くだけだ。
三階の仕掛けが終わった時だった。
「ガモくん!大変!早くっ」
インカムから叫ぶクーの声が聞こえた。
僕は階段を駆け抜けた。
まーくは火炎瓶があるから走れない。
「どうしたっ!!」
調整室に飛び込むとヨシとクーが隣のスタジオとのガラスの窓を叩いて叫んでいる。
ガラスの向こうのスタジオには散弾銃と火炎瓶を持った友田がいた。
「ああ、ガモっすまない。
まさか友田があんな事をすると思わなくて」
ヨシの額に血が滲んでいる。
「いきなり友田がガモくんの散弾銃を取ってヨシくんを殴って中に。鍵も掛けてるの」
放送室は大きく3つに分かれてる。
僕らの今いる放送調整室の奥にスタジオ。
その奥に倉庫と機材室が付いてる。
機材室には中庭に通じる扉がある。
つまり、スタジオを通らないと人質たちのいる倉庫には行けないんだ。
友田はそのスタジオに鍵を掛けて立てこもったんだ。
「友田開けろよ!」
ヨシがドアを蹴りながら叫ぶが調整室とスタジオは防音がしてあるから聞こえないんだ。
友田は火炎瓶を窓のそばに置いた。
僕の使っていたショットガンを持って人質のいる倉庫の鍵を外した。
「友田!止めろ!」
聞こえないのか聞こえないふりをしているのか友田は一向にやめる気配はない。
「まずい あいつ処刑する気だ
」ヨシが言う。
中から南をスタジオに引きずり出してきた。
まーくが調整室に入ってきて事態を把握したんだろう。
調整パネルの幾つかのスイッチを入れてマイクに向かって話す。
「友田、止めるんだ!人質は個人の為だけに殺しちゃいけない。これからまだ使い道があるんだから」
中に聞こえている。
南の顔色が変わったのが解る。
友田はスタジオの壁にあるボタンを押して話した。
『…みんなは甘いんだよ。甘すぎる。こいつら害虫は殺してしまわないと。
いずれまた遊び半分で誰かを追い詰める遊びを始めるんだ』
「だからと言って自分の為だけに殺めちゃダメだ。
鍵を開けてくれよ」『…いや、これから俺の復讐が始まるんだ。心配するなよ。すぐに殺したりしないさ』
友田はパネルのボタンから手を離した。カチリと音がしてスピーカーからの音声は途絶えた。
「ぶち破ろうっ」
鉈を手にヨシが言った。
「ヨシ、待って。火炎瓶の数が合わないんだ。窓の所以外にも置いてあるかもしれない。
ドアの向こうにあったら…」
「クソっ!」
窓の向こうでは無音劇の様に友田と南が何か話してるのが解る。南は泣きそうな顔をしながら何か懇願している。
命乞いか…
友田は南をスタジオに転がした。
南は後ろ手で括られたままなので這いずる様に逃げようとしている。
友田はスタジオ端に置いてある消火器を持ってきた。友田は消火器を頭上まで持ち上げる。
「止めてーっ!」
クーが叫ぶ声の中、消火器はスローモーションの様に南の膝の上に振り下ろされた。
防音壁やガラス越しに南の叫び声が微かに聞こえる。
南は消火器と一緒に床をゴロゴロと転がった。
友田はまた倉庫の中に入って行き柴田の髪を掴んで引きずり出してきた。
「クー!制汗スプレー持ってないか?」
ヨシが聞く
こんな時に汗を気にしてる場合じゃないだろ
クーが自分のカバンからスプレーを出すと缶の裏の表示を確認してから噴射させながらライターで火を点けた。
オレンジ色の炎が吹き出す。
小さなバーナーだ。ヨシはスタジオと調整室の間の窓の端を炙り始めた。
「足りないっ。誰か殺虫剤か芳香剤かのスプレーを探して来てくれっ!」
クーとまーくが調整室を飛び出して行った。
防音ガラスの厚さがどの位あるものなのか、どう割れるのか解らないがヨシがガラスに穴を開けようとしているのは解った。
制汗スプレーの炎が小さくなるとヨシはそばにあったペットボトルのお茶を口に含んで熱したガラスに吹き出した。
水蒸気と共にピッと音がして白い亀裂が走る。
そこにボウガンの矢を突き刺す。
細かい破片が飛び散るがなかなか割れるまでは至らない
中に目をやると友田が柴田の目に何か白い粉の様な物を入れている。
…何やってるんだあいつ…
クーがスプレーを持って帰ってきた。
ヨシはさっきと同じ作業を繰り返す。
まーくもスプレー缶を持って帰ってきた。
柴田には白い粉を目に入れただけで終わった様だ。
それをまーくに話すとまーくはイヤそうな顔をして言った。
「僕が想像してる通りなら最悪だね」