10時
まーくが東校舎二階に着いたと同時に、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
思ったより遅かったな。
でも遅れてくれたおかげでスムーズに第一段階は終わったよ。
僕らは学校を武力鎮圧した。
外を見ると校庭側の塀の向こうに沢山の人が見えている。
野次馬も沢山集まってるんだろうな。
僕は携帯の電源を入れた。
既に掛かって来てる筈だ。
警察は僕の事を既に知ってるだろうから。
ヨシを二階廊下に見張りで待たせ、まーくに次の行動に移る様に指示してクーと一度職員室に戻る。
全校放送のスイッチを入れる。勿論校庭にも聞こえる。
『学校の敷地内に入った場合は人質の命の保証はできない。誰であれ絶対入るな!監視している』
…本当は全部監視できる筈ないんだけどね。
マナーモードにしといた携帯の着信ランプが光り続ける。
着信履歴も100件を越えている。
みんな見たことのない番号だ。多分警察だろう。
もうしばらく放っておく。
相手をイラつかせるんだ。
側で見ていたクーが聴いてきた
「ねぇガモ、電話出ないの?要求はどうすんの?」
焦った様な話し方だ。心配なんだろう。
「うん、まだ早いんだ。
焦らす目的もあるし、膠着状態にして時間を稼いでマスコミが集まるのを待つ。
僕らの行動は報道でみんなの関心が高まってからでいいんだよ」
「…」
「有名になりたい訳じゃないけど、主張は多くの人に伝えたいからね。
僕達はたった5人だから長期戦は厳しいと思うんだ。
…持って三日だな。
だから逆算して今日の午後に警察とコンタクトをとる様にしようと思うんだ。
夜のニュースに間に合う様に夕方位に、マスコミが騒ぐ中で一回会見したり要求したりすれば一度で済むだろ?」
「うん。解った。ガモに任せる」
クーはそう言ってニコリと笑った。
かわいい笑顔だ。
初めて見た。
クーの話を聞いた内容や状況から見ても、多分ここしばらく笑った事なんか無かったはずだ。
こんな笑顔ができる女の子をここまで荒廃させたのはどいつなんだ…
何だか胸が苦しくなった。
その笑顔を見て…巻き込んじゃいけなかったのかなって思った。
参加しなければ、またこの笑顔ができる時も来たかもしれなかったんだ。
今となってはもう、笑う事なんて出来ないだろうから。
階段下に隠した台車のダンボール三箱を職員室に運び込む。
まーくも上の理科実験室から様々な薬品を持って職員室に戻ってきた。
僕はダンボールに入れていたクロスボウを組み立て、まーくは薬品を並べて作業を始めた。
クーには指示を出して売店に行かせた。
「理論的には解るんだけど、作った事ないから…」
まーくは濾紙をハサミで短冊の様に切り、薬品に漬けながらそう言った。
「大丈夫。脅しに使うのが目的だから。
…使わないで済むならそれが一番だな」
まーくには幾つか武器を作るように頼んである。
僕は、説明書通りに部品を組み合わせてネジを閉める作業をして黒い大きなクロスボウを組み立てた。
ヨシに頼んで買ってもらっていたんだ。
矢の数は100本。
一本をセットして離れた職員室の後ろの壁に掛かってるホワイトボードに照準を合わせる。
引き金をひくと、手元でガシャっと音がしてドンという音と共にホワイトボードの真ん中に矢が突き立った。
本体は左右に張り出してて、かさばるのが難点だけど、強力な武器だ。
ガチャガチャと両手でナイロン袋を抱え、音を立てながらクーが帰って来た。
「こんな感じでどう?」
クーはうちの学校の制服に着替えていた。
ソックスや靴まで指定品になってる。
「よく似合ってるよ」
と言うとクーは嬉しそうに笑った。
クーに売店に行ってうちの学校の制服に着替える様に言ったんだ。
まーくもヨシも着替えてもらう。
警察に突入された時や狙撃に備えて。
人質と見分けがつかない様に。
クーに売店で制服に着替えたら売店横の自動販売機の所のゴミ箱からスクリューキャップの瓶を集めて貰ってきてもらう様に指示してたんだ。
クーが両手で抱えて持ってきたナイロン袋はそれだ。
まーくはその瓶をチェックして漏斗と砂糖(職員室のコーヒーメーカーが置いてある所から持ってきた)、携行缶に入ったガソリン、薬瓶を持ってきた。
「これから充填するから、クーは暫く禁煙ね」
とまーくが言った。
クーは肩をすくめて吸ってたタバコを消して、ライターをブラウスの胸のポケットに入れた。
まーくが作ってるのは火炎瓶。
火を点けなくても割れたら化学反応で爆発するやつ。
なんとかカクテルって言うらしい。ヨシに名前を聞いたけど忘れた。
まーくが作ってる間に僕とクーは、まーくが持ってきたパソコンを立ち上げ、無料レンタル掲示板にアクセスして登録した。
掲示板の名前には『9月革命』と入れた。
インターネットを使うのはまーくの提案だ。
クーに声明文の書いてある紙を渡して入力を頼み、ヨシの様子を確認しに行く。
二階は静かなものだ。
ヨシに売店に行って着替えてくる様に言った。
その間、僕は銃を構えながら廊下のブラインドを閉めて回った。
ヨシが着替えて帰ってきた。
「こんな感じかな?どうだい?」
「ヨシ、何組の生徒だよ?」
僕はそう言って笑った。
インカムで入力の終わったクーを二階に呼ぶ。
さて、一時間だ。答えを聞こうじゃないか。
外をブラインド越しに見るとパトカーや救急車、灰色のバスみたいな警察の車に混じって、パラボラを屋根に載せた中継車が何台か来てる。
上からはヘリコプターの音も聞こえている。
学校を制圧して一時間。もう中継も来てるんだ。
マスコミは早いな。
クーが来たのでヨシに廊下を見張って貰って、まずはAクラスに入る。
中に入って驚いた。
武田と伊東が正座している。その前に田頭が仁王立ちしていた。
「あ、ガモウ、知ってるだろ?こいつら二人が先導してお前をいじめてたんだ。お前をヤレって命令してたのはこいつらなんだ」
僕はサバイバルナイフを抜いて田頭の首筋に押し当てた。
「猿芝居はよしなよ」
「いや…そう…じゃなくて」
「お前と武田が目配せしてたのが解らないとでも思ったのかな?」
「…」
田頭の額に汗が噴き出してきた。
「解ってるよ武田くん。田頭が懐柔されたフリして隙を見て形勢逆転…そんなストーリーだろ?甘いなぁ」
僕はナイフの柄で田頭の首筋を思い切り殴った。
ウェッと言って田頭は倒れた。
「やり直しだね武田くん、伊東くん、田頭くん。」
僕がそう言うと武田は僕をスゴい目で睨んだよ。
ほらね、こいつは腐ってる。
ヨシも呼んで三人を後ろ手にタイラップで固定する。
「時間をあげます。他のみんな、よく考えて話し合ってください。」
僕らはクラスを出た。
Bクラスはまともに話し合いをしてたみたいだ。
僕が指導してる事からいじめが原因だということ。
いじめと言えば倉井の件と話は繋がったようだ。
だけど話し合いは座礁していた。
3人の女のいじめグループは他のクラスメートから集中砲火を浴びていた。
でもいじめグループは倉井とは仲が良かったんだと言い張っている様だ。
「ふーん。仲が良すぎてあんな写真をアップしたの?」
僕がそう言うと3人は黙ってしまった。
一人が舌打ちしたのがはっきり聞こえた。
ほら、こいつらも腐ってる。
「よく解ったよ。後からまた来るから話し合いを続けて」
そう指示して教室を出る。
Cクラスに入る。
クラスに入ると友田が教卓の側に立っていた。
「友田がクラスの代表かい?」
と聞くと
「選んだんだから早く外せよっ!」
とさっき机に縛った奴が怒鳴った。
やっぱり友田か…まぁ予測通りなんだけどね。
「ちゃんと話し合って決めたんだよな?」
「当たり前だろうがっ!早く外せよボケッ!」
机に縛られてても威勢がいいんだな。
友田に頷くと友田はズボンのポケットからICレコーダーを取り出して僕に渡した。
それを見た生徒達は驚いてざわめいた。
再生スイッチを入れる。
『…友田!てめえが生け贄になれよ!せめて最期くらいはみんなの役に立てやっ』
『…なんで俺が…』『お前が苛められるからみんながこんな目に合うんだろうがっ!』
『友田!奴らにいらん事吹き込んだらてめえの家族もみんな殺してやるからなっ!』
『家族は関係ないだ…』
ガッ!ガチャガチャ…ドサッ
蹴られたか…
『…やめてくれよ…南…』
その後も殴る音が入ってる
ふーん。縛った柴田ってのと、南っていうのが主犯格なんだね。
柴田は僕の方を睨んでる。
腐ってる。
「南!前に出て来てよ。お友達の柴田はもう前に居るんだからさ」
「…」
クラスは水をうった様に静かになった。
「出て来ないなら、端から順番に撃っていこうか…」
そう言うとガタガタと何人かがもみ合ってみんなに押し出される様に一人が前に出て来た。
目つきの悪い男だ。 すごく汗をかいてる。
へぇ、怖いんだ。
友田相手の時には威勢いいのにな。
ショットガンを喉元に突き付ける。
「僕は話し合って代表を決めてくれって言ったよね?」
「…」
「しかも代表って言ったよね?生け贄じゃないよ」
銃口を強く喉に押し付ける。
「グェッ…ッ…」
「君と柴田くんが代表だね。クラス仕切ってたもんね。責任はとって貰うよ」
僕は喉元から銃口を外すと同時に鳩尾を思い切りショットガンで突き上げた。
グェッ!
ゲェゲェと胃液を吐きながらのたうち回る。
南の腕をタイラップで留めて柴田と同じ机に繋ぐ。
「また後で来るよ」
僕は友田も連れて教室を出た。
ICレコーダーをクーに渡してさっきのサイトにアップしてくれる様に頼んだ。
友田は廊下に置いてあるリュックからビニールに包んだ物を取り出して仲間に渡した。
小さなシェーバーみたいな機械だ。
「スタンガンだよ。扱いには気をつけてね。」
腫れた顔で、でも嬉しそうに友田は言った。
本当なら僕らと一緒に学校に入れば良かったのだろうけど、二人が一緒に遅れるのはおかしいと思われそうだと言って、友田には通常通り登校して貰ったんだ。
ICレコーダーは友田の案だ。
どうせヤられるから、せめて音声だけでも録りたいと言ったんだ。
ヨシと友田を二階廊下に見張りとして残して、クーと職員室に戻った。
まーくにも手伝って貰い、荷物を持って、僕らの最期の砦になる放送室に入る。
放送室は全部で三つの部屋から出来ている。
廊下からも職員室からも入れる調整機器室。その奥の放送室とスタジオ。更にその奥に準備室と倉庫。準備室は中庭に出れる扉がある。
パソコンも運び込んだ。
僕とクーは弾薬や武器、食料を運び込む。
インカムで状況を聞く。
[問題なし。静かなもんだよ。
Cクラスの馬鹿だけ騒いでるよ]
ヨシが言う。
気を付ける様に伝える。
一番怖いのは人質たちの強行突破だ。
こっちが数名しか居ないと解るとみんな一斉に逃げ出す可能性もある。
そろそろ警察と取引して数を減らすか。
時計は12時を回っていた。