9時
店を出る前にまーくからカフェインの錠剤をもらって規定より多く飲んだ。
駐車場で僕は、また制服に着替えた。
クーが100均のベルトやウエストバックを加工して作った武器を携帯するベルト(ヨシによればタクティカルベルトって言うらしい)を僕以外の三人は装着した。
三段警棒とサバイバルナイフをポケットに刺す。
「何だかガモを誘拐した三人組みみたいだな」
ヨシはそう言って笑った。
準備はできた。
車が学校のそばに近付いてから学校に電話を入れる。
「おはようございます。1-Aの蒲生です。脚に怪我をしてしまって歩くと痛いんです。
車で送って貰ってるんですが、生徒昇降口前まで車入れさせて貰いたいんですけど。」
『そう。じゃぁ正門じゃなくて裏門開けるからそっちから入って。降りたら車はすぐ帰って貰ってね。君はそのまま職員室に来なさい。テスト中だからくれぐれも静かに。』
電話に出た先生は普通に対応している。
当たり前なんだけど気付かれてない事を確認したみたいでホッとした。
A高校は門の開閉は職員室からモニターを見ながらボタン操作で遠隔開閉するんだ。無理矢理開けたり乗り越えたりすると警報がなって警備会社が来る。
電話を切ると目の前の裏門が開いた。
車を校舎に横付けしてもらい、リュックを背負う。釣り竿バックを持って僕が先に降りる。
校舎の入り口近くに誰もいない事を確認して三人に合図を送る。
三人は荷物を台車に積んで校舎内に運び入れた。
まーくはダンボールを抱えて廊下にある警備会社の警報装置の配線を辿って廊下を進んで行った。
警報装置はどこかでインターネット回線に繋がっている。
その電話やインターネット回線を切断するのが目的だ。
台車を音をさせない様にしながら階段下の分かり難い所に隠す。
それぞれが三段警棒とナイフを確認する。
僕とヨシはショットガンを袋から取り出す。
クーは第一計画に必要な物を詰めたカバンを担ぐ。
小さく頷くとヨシは銃を構えながら階段で二階に向かった。
校舎は上から見るとH型になっている。横に細長い三階建ての校舎が西と東に二棟あって真ん中に渡り廊下が付いてる。
東側に正門、西に裏門。南側に校庭と体育館。
東校舎には一階に正面昇降口、職員室、事務所、保健室、放送室、売店。
二階に一年生のクラスが4つとコンピューター室。
三階には音楽室と進路指導室と理科室、実験室、多目的教室。
西校舎には一階に裏昇降口、生徒会室、技術室。
二階、三階は二年と三年の教室と関連教室がある。
僕らの戦場は東校舎だ。
西校舎と二年生は切り捨てる。必要ないんだ。
三年生は今日は校外模試で登校していない。
クーを職員室の後ろの出入り口に待機させる。
職員室に入るとテスト中なので何人かの先生と事務の人しかいない。
体育教師の藤原先生が遅刻届けの用紙を持って近付いてくる。
「蒲生、この用紙に理由書いて…」
藤原先生の視線が僕のショットガンに止まる
「おいっ!何なんだそれはっ!?」
僕はショットガンの銃口をカウンターの側に座っている事務員の頭に付ける。
事務員はヒッと小さな声をあげた。
「動かないで!静かにしてください。
おもちゃじゃないですよ藤原先生。
引き金ひいてみましょうか?」
藤原先生の顔が歪む。ひきつる様に変な表情だ。笑おうとしているのかもしれない。
「ま、待て。お前自分が何してるか解ってるのか?」
その声で他の先生も気付きこっちを見ている。
「先生方!変な動きをしたら僕は躊躇せず引き金を引きますよ! 全員立って両手を挙げて!」
事態が飲み込めないのか先生達は動こうとしない。
「うっ!」
職員室の後ろから声が聞こえた。
用務員のおじさんが頭を抱えて座り込む。
「変な動きすんなって言っただろうがっ!!」
大声で言うクーの手には三段警棒が握られていた。
後ろの入り口から気付かれない様に入って変な動きをしないか監視して貰ってたんだよ。
計算済みだよ。
先生達を一カ所に集める。
事務員のお姉さんには気の毒だけど頭から銃口は離さない。
集まった先生達の手をクーが配線を束ねる為のビニールのタイラップで後ろ手に留めていく。
開け放った職員室と校長室を仕切る扉は開いていたけど、奥に校長の姿はない。
「教頭先生、今日は校長先生は?」
「…今日は私学の校長会で夕方まで戻らない…」
「なら、教頭先生が今はこの学校の責任者ですね。
この紙に書いてある事を校内放送で読み上げてください。
…もし一言でも違う事を言えば事務員さんは死にますよ。」
僕は教頭先生に紙を渡した。
受け取る先生の手は震えていたよ。
『全校生徒、職員のみなさん、教頭の加藤です。
緊急事態がおきました。
二年生は裏昇降口からすぐ校外に出てください。
荷物は置いておく様に。
何も持って出てはいけません。
一年生はそのまま教室に待機してください。
教室から出てはいけません。
廊下もです。
教職員は全員至急職員室に。
以上』
カチリとマイクのスイッチが切れる。
裏門は僕らが入ってきたまま、まだ開いている事を操作パネルの緑のランプで確認する。
「教頭先生ご苦労様。他の先生方の位置まで下がって下さい。」
教頭はゆっくりと他の先生のいる位置まで下がる。
クーは教頭の手を同じ様にタイラップで手首を縛る。
ガラリと職員室の扉が開き先生達が職員室に帰ってくるが、僕の状況を見て驚く。
僕は次々に帰ってくる先生におとなしくする様に、変な動きをすれば発砲すると説明して他の先生達と同じ様に拘束して集める。
最後に担任が入って来た。
「が、蒲生、何してるんだっ?」
引きつる様な顔をしてそう言った。
額には汗が吹き出している
「先生も原因の一端なんですよ。 ほらっ!早く手を挙げろっ!それとも先に先生から撃ちますか?」
担任はすぐ両手を挙げて他の先生のそばまで下がる。
こいつクズだ
クーが手際よく後ろ手に固定して、警棒を構えて少し離れた位置で監視する。
リュックから片手でトランシーバーとタクティカルベルトを取り出し着ける。
ヘッドセットのインカムを装着してトランシーバーと接続する。
トランシーバーは防水型だ。
中古品をヨシがリサイクルの店で探してきて直した。
携帯電話でも良かったんだけどタイムリーな連絡ができない上に回線を閉じられたら困るから。
「職員室鎮圧。」
耳の横に付いてるボタンを押して連絡する。
イヤホンからまーくの声がする。
〔二年生はみんな校外に出たよ。西校舎には誰もいないみたいだ。電話回線は見つけてカットしたから外部との連絡はできないよ。
あとトラップは仕掛けた。〕
次いでヨシから
〔一年生は動きなし。教室内は騒がしいけどな。Cクラスから友田の泣き声が聞こえるよ。
廊下に馬鹿が出てきたらどうする?〕
「まだ事態は知らないから姿が見えたら怒鳴ったらいいと思う。
先生と思って引っ込むよ。
まだ撃たないでくれ」
〔了解〕
こんな短い時間でもイジメるんだな…
僕は裏門を閉める操作をしてから、火災用の緊急スイッチを入れた。
職員室内にピーピーと電子音が流れる。
学校中の火災警報のベルが鳴り響く。
これで防火扉が閉まり、職員室とコンピューター室、放送室以外の全館のスプリンクラーから水が出る。
職員室の上の階からも叫び声が聞こえる。
「廊下に出るなっ!」
僕は全校放送のスイッチを入れて怒鳴る。
全員水浸しだ。
人質の環境を日常から切り離す事が僕たちには有利だってまーくが教えてくれたんだ。
試験中は教室内に筆記用具以外の持ち込みは禁止だ。
荷物はカバンを含めて廊下に出しておく決まりになっている。携帯を使って外部と連絡されると面倒だ。
もし携帯を教室内に隠し持っていてもスプリンクラーの水で使えなくなるだろう。
次第に廊下に水が溜まり始めたとまーくから連絡が来た。
スプリンクラーのスイッチを切る。
僕は事務員に言って職員室のブラインドを下ろさせた。
さて、本気である事を見せなければ…
「さて、先生方、僕が狂ったと思ってるでしょ?至って冷静ですよ。」
僕は再び全校放送のスイッチを入れた。
「みなさんおはよう。Aクラスの蒲生です。廊下には出ないでください。教室すべての扉に爆発物を仕掛けてます。もし廊下に出れても外には銃を構えた仲間が何人も待機してます。
今からあなた達は人質です。人質は大勢いるので、抵抗、反抗した場合は容赦なく殺します。
以上警告しました。これから先、爆発したり撃たれても自己責任です。
冗談ではない事を示します。良く聞いてくださいね」
この放送を合図にヨシが散弾銃を廊下の天井に向けて発砲する。
ドーンという音がコンクリートを通して振動でも伝わってくる。
「解りましたね?容赦なく殺しますよ」
その後もドーンという銃声が何度も聞こえる。出ようとしてるやつが居るんだろう。
逃げられないよ。
と言うか…逃がさない。
ちなみにうちの学校の窓は15センチしか開かない構造だから窓から逃げるのも不可能だ。
僕は先生の方を向いて言った
「先生方お疲れさまでした。これから二分以内に校外に出てください。
二分だけ裏門を開けます。
もし一人でも校内に残るなら事務員さんも生徒達も死にます。
皆さんが門を出る姿はモニターで確認します。
ごまかしは利きませんから。」
「蒲生くん!考え直しなさい!」
「何をするつもりなんだね?」
「話し合えば解るだろ?なっ?」
「言いたい事があるなら聞こうじゃないか」
先生は口々に僕に考え直す様に言ったよ。
でもね、なんでそれをイジメをしてる奴らに言わないんだ?
なんでイジメられてる人間の話は一切聞かないんだ?
ここまで来て今になってやっと僕の話を聞く?
…ふざけるな。
担任に至っては目線を絶対こっちに向けない。青い顔してガタガタしている。
…最低のクズだ。
「先生方、僕がこんな事を始めた理由…解ってますよね?
さぁ、あと1分50秒ですよ。」
そう言うと教頭は他の先生の方を向いて頷いた。
それを合図に後ろ手に縛られた先生達はぞろぞろと職員室を出て行った。
クーが僕の側に来て事務員に言った。
「ねぇ、事務員さん、解った?みんな自分が可愛いのよ。
自分の保身の為なら生徒が居ようが女の子が人質に残ろうが我先に逃げるのよ。」
タバコに火を点けながら言う。
事務のお姉さんは泣き崩れた。
「あたし達は今までずっとそうだったのよ。
その時周りはどう?
火の粉を被りたくないからすぐに居なくなったわ。
イジメられて苦しくて助けてと言っても聞いてくれる人もいない。
みんな自己保身の為に必死で傍観者を装うかイジメる側に回るか…。
イジメが行われてきた現場の学校はどうよ?
『その様な事実は確認できない』
『そんなに悩んでいるとは知らなかった…』。
…何が聖職者よ!!ふざけないでっ!」
「…ごめんなさい…あたしは知らなかったの…ごめんなさい」
「遅いわよっ!」
僕はクーを手で制して続けた。
「イジメられて、逃げ道もない毎日苦しんでる気持ちや考えをみんなに伝えたくて努力しても伝わらない。
たとえ誰かに訴えても、我慢してもいじめはエスカレートする…。
いじめられた人間は夢も奪われ身も心もボロボロにされてもその後生きていかなきゃならない。
いじめた側の人間は何の咎めも受ける事もない。
そんなのおかしい。
絶対おかしい。
だから今回行動でいじめられた弱者の怒りを世間に示す事にしたんです。
今聞いた話は警察に伝えてくれて構いません。
できたら僕たちも誰も傷つけたくはないという事も伝えてください。
…もうすぐ警察も来ると思いますから。」
クーに指示して事務員を立たせて解放した。
事務員がふらふらしながら校外に出たのをまーくが確認してから門を閉めてロックした。
外部には通じないが校内のみブザーの鳴る警備システムをONにする。
クーと一緒に二階の教室に向かう。
二階廊下の天井は酷い事になっていた。
「なぁガモ、お前の学校の奴らはバカばっかりなのか?
何度も何度も出て来やがって。」
ヨシが苦笑いしながらいう。
「ああ。脳無しが多いんだよ」
僕も笑いながら応える。
自分が落ち着いているのが解る。
クーと一緒にAクラスに入る。
みんなは僕が入ると教室の後ろに逃げるように集まった。
みんな怯えた様な目つきで僕を見る。
今までみんなから見られていた憐れみや見下した目つきとは違う。
「やぁ、みんなおはよう。」
「…」
「みんな理不尽そうな顔をしてるね。
命令するよ…なんでこんな事になったのかみんなで話し合ってください。
一時間したら答えを聴きにくるから。
もし答えが出ていなかったり話し合い自体がないなら責任をとって貰うと言うことで一人撃ちます。
冗談やはったりじゃないよ」
僕は天井に銃口を向けて安全装置を外して引き金を引いた。
音は無かった…と言うか聞こえなかった。
ただ煙が教室中に広がって肩が痺れた様にジーンとした。
聴力はジェットエンジンの様なキーンといった金属音と共に還ってきた。
煙が収まってくると天井に大きな穴が空いて、側の蛍光灯がコードだけになってぶら下がって揺れていた。
思ったより威力が強い。
みんなは口も利けずに腰を抜かしたように怯えてガタガタしていた。
僕は敢えて武田達を見なかったんだ。
だって見たらそのまま撃ってしまうかもしれなかったからね。
続いてクーと一緒にBクラスに入る。
Aクラスと同じ様な反応だ。
倉井さんの姿を探すが見当たらない。今日は休んでいるんだろうか。
Aクラスと同じ話をして天井に発砲して教室を出る。
廊下で空になった薬莢を出して次の弾を込める。
次はCクラスだ。
ここは対応が違う。友田が中にいるからだ。
「1時間以内にこのクラスから代表者を一名出してください。ちゃんと話し合って一人決めてください。」
そう言って天井に発砲した。
このクラスにはバカが居た。
廊下に出ようとした僕に一人が叫びながら突進してきたんだ。
ヨシが廊下側から入って来てくれてそいつを銃底で殴り倒してくれた。
多分こいつが友田をいじめてる奴らの一人なんだろう。
鼻を押さえてうずくまっているが見上げる眼はギラギラしている。
僕はカッとしてまだ焼けて熱い銃口を眉間に押し当てた。
「撃ってやろうか?
構わないよ。君が今までしてきた事を考えたら引き金引くのなんか簡単だ。」
ヨシに止められたから止める事にした。但し、クーに言って後ろ手にタイラップで留めて貰って更に机に留めた。
今度刃向かったら撃つと耳元で言ってやった。
相手は目線を合わせなかったから良かったけど、もし睨みつけでもしたら、僕は興奮してたから撃ってたかもしれない。
いずれ見せしめも必要なんだ。
生け贄を作るのは他の人質に言うことをきかせるのには有効だからね。
今、この場で生け贄を作っても計画には支障はないんだから。
Dクラスには入る事もしなかった。このクラスにはいじめらしい事はサイトで見る上では無い様だから。
警察との交渉になった時に最初の解放者になる予定だ。
ただ、反抗しなければだけどね。
〔一応こっちの作業は終わったよ。言われた通り倉庫にあったよ。後は東校舎の作業だ〕
まーくから連絡が入った。
東校舎に来るように言う。
西校舎はもういい。
渡り廊下にもまーくが予定通り仕掛けをしてくれたはずだ。
警察の突入があればこちらから見えにくい一階渡り廊下を使ってくるだろうから一階渡り廊下だけに仕掛けをしたんだ。
使わずに済めば一番いいんだけどな。
…まず無理だろうな…